新手の公爵令嬢ものがあらわれた! もううんざりだって? そう言わずに!

波桜みつき

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家族旅行 ~アマルトゥス王国~

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 壁アート通りを抜けた頃には、日がちょうど頭の真上に差しかかっていた。

 「そろそろ、お昼にしましょうか」

 お母様の一言に私たちは頷き、ロドルフォ叔父様の案内で街の中心にある小さなレストランへと足を向けた。
 半透明の天蓋が陽射しを和らげてくれる、風通しの良いテラス席。
 やがて運ばれてきた料理は、アマルトゥス王国らしく彩りも香りも鮮やかで、潮風に混じるスパイスの香りが、空腹をさらに刺激してきた。

 「ここの魚介は絶品だよ。 燻製にしてあるから、香りがすごくいいんだ」

 ロドルフォ叔父様は慣れた手つきで料理を取り分けながら、軽く笑ってすすめてくる。

 「ロドルフォ叔父様って、こういう場所にもお詳しいんですね」

 私がそう言うと、母様が微笑んで頷いた。

 「そうですわね。 ロドルフォさんは、子どもの頃からずっとこちらで暮らしているのですもの」

 「うん。ここのことは隅々まで知ってるよ」

 叔父様は笑みを浮かべたまま、さらりと答えた。


「──ところで、お義母様はお変わりなく?」

 一拍おいて、お母様が静かに問いかけると、叔父様は、ぴくりと肩を震わせ、視線を上げた。

 「元気だよ。 以前みたいに動き回るわけじゃないけど、毎朝決まった時間に起きて、体調もきちんと整えてる。 母さんらしいだろ?」
「お出かけは?」
「それはちょっと難しいかな。 あの場所は、人の目も多いし……。 なにより、あの頃の名残がまだ色濃くてね」

「あの頃……?」

 お兄様が軽く首を傾げると、叔父様はナプキンを畳みながら、少しだけ声のトーンを落とした。

 「昔、疫病が流行ったんだ。 アマルトゥス全体が、相当混乱した。 特に、体の弱い人たち──お年寄りや子どもたちが、大勢……」

 ほんの一拍、沈黙が落ちる。

 「医療も追いつかなくて、最終的にはセレスティアに救援を要請した。 聖女たちが来てくれて、ようやく持ち直したんだ」
 「……たしかに、そんな話を聞いたことがあるかも」

 お兄様が静かに頷く。

 私はというと、フォークを握ったまま、その話に聞き入っていた。
 胸の奥に、何か小さなざわめきのようなものが広がっていく。
 病? 聖女? お祖母様って、いったい……。

 気づけば、口をついて言葉が出ていた。

 「お祖母様は……今は、どうしていらっしゃるんですか?」

 「今は静かにしてるよ。 外に出ることはないけど、元気にはしてる。 だから、あまり心配しないで」

 そう言って、叔父様はいつもの調子を取り戻すように笑った。

 「さ、せっかくだから、料理を楽しまなきゃね。 これなんか、絶対リシェリアちゃんの好みだと思うよ」

 ──気遣いと、どこか絶妙な誤魔化し。
 でも今は、それ以上追及する気にはなれなかった。


* * *


 お昼を終えて、私たちは再び通りへと出た。

 午後の日差しは少し和らいで、時おり吹く潮風が心地よい。 港の方から香ばしい焼き菓子の匂いがふわりと漂ってくる。

 「では、次は市場ですわね」

 お母様がそう言うと、ロドルフォ叔父様が片手を上げて応じた。

 「こっちだよ。裏通りから抜けると近道なんだ」

 案内されたのは、路地を少し抜けた先にある石造りのアーチ。 その先に広がっていたのは──

 「わあ……!」

 思わず声が漏れるほど、色鮮やかな市場だった。

 果物、香辛料、絹のような布、手作りのアクセサリー。 屋台が並び、客の呼び声が飛び交い、なんともにぎやかで、見ているだけでわくわくしてくる。

 「どう? アマルトゥスの市場は楽しいでしょ」

 「はい! すごく……すごく楽しそうです!」

 気がつけば、私の顔も自然とほころんでいた。

 「ただし──」

 と、ロドルフォ叔父様が指を立てる。

 「買い物は帰る直前にね。荷物が多くなると回るのが大変だから」

 「……なるほど。 さすが、慣れてますのね」

 お母様が感心したように微笑んだ。

 私はというと、きょろきょろと周囲を見渡しながら、色とりどりの布や小物に目を奪われていた。

 「これ、なんですか?」

 「これは手染めの布だよ。 日差しに透かすと模様が浮かぶ」

 「わぁ……!」

 「こっちは蓄光ってわかるかな? 昼間に日光を当てると、夜になっても光るんだよ」

 「すごい……!」

 「こらこら、もう全部欲しくなってる顔してるぞ」

 お兄様にからかわれて、思わず頬が熱くなった。

 「べ、別に、そんな顔してませんっ」

 「してるしてる。 ほら、目がキラッキラしてる」

 「うぐぅ……!」

 そんなやり取りをしていたら、ロドルフォ叔父様がふと立ち止まった。

 「よし、ここが僕のおすすめ」

 そう言って指差した先は、こじんまりした屋台だった。

 「この店のミントシロップ、最高なんだ。 水で割ってもいいし、クッキーなんかにかけても美味しい。 リシェリアちゃん、お試しでどう?

 「えっ、いいんですか?」

 「もちろん」

 差し出された小さな紙カップの中には、ほんのり緑がかった透明な液体。
 恐る恐る口に含むと──

 「……っ、すごい、さっぱりしてるのに甘くて、爽やかで……! わ、わたし、この味……好きです!」

 「でしょ?」と叔父様が得意げに笑う。

 「お兄様と、お母様もどうぞ」

 そう声をかけると、母様は少しだけ微笑んで首を振った。

 「私はいいですわ。 ……でも、あなたが楽しそうで何よりです」

 なんだかんだで、こういう場所が一番好きかもしれない。
 華やかな観光地よりも、人の気配と匂いがする、こんな市場のほうが。

 「リシェリア、このコルク細工って面白くない? 一つあげるよ」

 お兄様がコインのようなものを手渡してきた。
 丸い金属のリングに嵌められたコルクが、展望台のシルエットに彫り込まれている。
 なにこれ凄い! まるで中国の工芸品みたい。 欲しい!

 「えっ、いいの?」

 「お兄ちゃんからの土産ってことで」

 「ふふっ……ありがとうございます、お兄様」

 そんなやり取りをしていたら、叔父様がふっと首をかしげた。

 「いいなあ。 おにいちゃんって呼ばれて」

 「……それ、今言います?」

 「もう遅いかな?」といたずらっぽく笑う叔父様に、私は思わず顔をそらした。
 ……ああもう、本当に油断も隙もない。

 そんなふうに、笑い声と潮風の混じる中、私たちはアマルトゥスの午後を、たっぷりと歩いて、味わった。
 夕方の街は少しだけ涼しくて、歩くたびに袋の中の香辛料や果物が、くすぐるような香りをふわりと漂わせる。

 ──こうして、楽しい観光の一日が、静かに終わろうとしていた。
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