聖戦記

桂木 京

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第2章:亡国の皇女

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ローランド王城・謁見の間

華美な装飾を好まず、城内はシンプル。しかし、要所要所に美しい花や、地産の調度品などが飾られ、荘厳な雰囲気を醸し出していた。

そんなシンプルな造りの部屋のいちばん奥、玉座に国王は座していた。


シエラは恭しく膝をつくと、

「頭を上げてくだされ。貴女は帝国の皇女殿下。我々のような一介の小国王など、立ったままで充分……と、堅苦しい挨拶はこの辺にしておこうか、シエラよ。」

ローランド国王は、玉座に深く座り直すと、シエラに向かい笑いかける。

シエラも安心したのか、

「ご無沙汰しております、おじさま。」

と、一礼し、微笑んだ。

「数年ぶりだが……いやはや、美しく育ったものだ。好い人のひとりやふたり、居るのだろうな?」

笑いながら言う国王に、シエラは、

「なかなか御縁がなく……。まぁ、未だ早いと思っておりますから。」

と、さらりとかわす。

「貰い手がなければ、儂が貰ってやろう。」

「では、20年後に独り身だったら……」

「儂の霊に嫁ぐか!それは良い!」

数年ぶりとは思えない、打ち解けた会話。
シエラは、この国王の寛大な在り方が昔から好きだった。

「ジェイコフも、変わらず壮健のようだな。」

ジェイコフは、無言でただ、深く頭を下げる。

「そなたがローランドに居たなら、騎士団を任せられたのだがな、剣豪」

若き日に『剣豪』として名を馳せたジェイコフ。彼は流浪の頃、皇帝と刃を交えたことがあり、皇帝の懇願により、帝国騎士団に入団した。
そのことを、皇帝はローランド国王に自慢げに話していたものである。

帝国の剣を得た……と。



「おじさま……教えて下さい。宰相派、とは?」

少々思案した後、シエラが国境より持っていた疑問を国王に訊ねる。

国王は、神妙な面持ちで語る。

「エリシャ自治州が落ちたのは知っているか?」

シエラとジェイコフが、顔を見合わせる。
エリシャ自治州といえば、守備に特化した騎士団を、『華将軍』と呼ばれる美しき女騎士が率いていることで有名。

その鉄壁な守備は、いかなる侵攻をも弾く、と。

シエラ自身、『華将軍』アインとは面識があった。
その力を、地位を鼻にかけない、ひたすら謙虚な、控えめな女性であった。

「まさか……あのアイン様が敗れたと言うの……?」

驚きを隠せないシエラ。
アインとは何度か手を合わせたが、勝つことは今まで無かった。



エリシャ自治州、陥落の報せ。

『華将軍』アインの戦死。

シエラには衝撃的な報せが、2つ同時にローランド国王より発せられた。

「自治州内の詳細は分からぬ。民は皆殺しになっていたそうだ。領主オスカーは行方不明。アインは弟によって葬られたらしい。まぁ、これも風の便り、ではあるが。」

エリシャには、大陸でも屈指の英雄が2人居たのだ。
オスカーとアイン。
オスカーは、かつて帝国騎士団に所属していた。
時期団長の声も上がっていたのだが……

それよりも、シエラは驚いたことがひとつあった。

「アイン様……弟がいたのですね……。」

何度かアインとは顔を合わせていた。会話だってもちろん。
しかし、その中で彼女が弟の話をすることは、ただの一度もなかったのだ。

「その、弟さんは……?」

アインを弟が『葬った』。……と言うことは、弟はエリシャ陥落後も生きていた、と言うことになる。

「行方知れずだ。ひとり、生き残ったとは言われているのだが……。なにぶん、私もアインに弟がいるのを知らされていなくてな。探そうにも見当がつかん。」

シエラは耳を疑う。
国王までもが知らない、『アインの弟』の影。
いったい何者なのだろうか………。

「隠さねばならない秘密があった、と言うことですな。」

ジェイコフが、口を開く。

「旅をしながら探してみましょう。帝国の敵なら、こちらの仲間になってくれるかもしれない」

シエラもその意見には同意。小さく頷いた。

「そうですね。……その前に。」

シエラは、これからの長い戦いに向けて、少しでも戦力を増やしていきたいと思っていた。

将も軍勢も分からない、謎の漆黒の軍。
対抗するためには、数人では不可能。

「おじ様……もし内乱が収束したら……力を貸していただけないでしょうか?帝国を、エリシャを滅ぼした漆黒の軍と戦うために。これ以上、悲劇を生まないために……」

その真剣な眼差しに、国王は頷く以外の選択肢を用意してはいなかった。

「もちろんだ。帝国の隣国であるこのローランドを拠点にしても良い。惜しみ無く協力しよう。」

国王の返答に、

「ありがとうございます。」

と、深く頭を下げるシエラ。そして……

「ガーネットの同行を許可して欲しいのです。」

と、現在の国内において、難しく感じる申し出。
国王は、神妙な顔つきで、言い辛そうに答える。

「ガーネットは、宰相派なのだ」

国王の意外な回答に、驚きを隠せないシエラ。
そんなシエラの聞きたかったことを、ジェイコフが代弁する。

「……恐れながら。宰相派とは、そもそもどのような派閥なのですか?派、と言うからには、陛下と志を違えるものと理解しておりますが……」

シエラも、はっ……とジェイコフの問いに頷く。

「帝国陥落の報せを受けた我々は、帝国を落とした、漆黒の軍勢への警戒を強めるよう命を下した。そのとき、宰相は、言ったのだ。」

国王の、険しい表情。

「漆黒の軍勢へ下ろう、と。」

ジェイコフの眉がピクリと動く。

「突然、素性も知れぬ軍勢へ下ろうと申すのを、私も黙って見過ごせなかった。戦うも協定を結ぶも、彼方の出方次第であろう、と申したのだ。そうしたら……」

シエラも、その先は想像できた。

「国王の考えは民のための考えではない!迫りくる恐怖を回避し、民を安定に導くのが王の役目ではないのか!……もうよい。私が、貴方に代わり国を統べましょう!」

突然の反旗。
国王としては、

「帝国を落とし、民を皆殺しにした軍勢へ下ろうとも、待つのは死、だけだ。」

あくまで慎重に対応しようという国王に、宰相は真っ向から対立した。

「そして……宰相は北の砦に同志を集め、『宰相派』として対立したのだ………。こんな時に国を分かつなど、国王失格だな……」

苦笑いの国王に、

「……宰相殿、何者かに唆されていると言う可能性は?」

ジェイコフは、あくまで冷静に問う。

「宰相は……そうかもしれん。漆黒の軍勢へ下ろうと言ったときも、取り乱している様に見えた。……もともとは、温厚な男なのだ……。」

背後になにか大きなものが動いている、とジェイコフは悟る。

「ガーネット殿は……?」

「ガーネットは、自らの意思で宰相派についた。別段、変わったところはなかった。忠義を貫けず、申し訳無い……と頭を下げられた。」

ガーネットは正気。だとしたら……

「ガーネット殿は、おそらく宰相側につかねばならぬ理由がありそうです。シエラ様……砦を攻めるのも、なかなかに困難ですな……。」

ジェイコフの冷静な推察。シエラは頷くと、

「私とジェイコフは、もし交戦が始まったら砦を攻めます。」

「……危険だぞ?」

「いえ、私たちだから、逆に安全なのです。ガーネットが相手なら、将軍クラスの力がないと、犠牲を増やすだけですから。」


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