聖戦記

桂木 京

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第6章:戦火・再び。

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様々な物語のあった、この日のローランド王国。

夜も更け、人々も寝静まっていく。



「……眠れぬのか?」


そんな中、城の屋根に座って物思いにふけるゼロと、そんなゼロに声をかけるヨハネ。

「……明日、戦争が始まるなんて保証はどこにもないんだけどな……。明日はローランドの情勢が変わる。そんな気がするんだ。」


何の根拠もないゼロの言葉。
しかし、ヨハネもうすうすその気配を感じてはいた。


「確かにの。セラが……あやつが行動を先延ばしにするような者とも思えぬ。どのみち戦うのであれば、こちらの戦力が整う前、つまり今日から2日以内が山場じゃろう。今夜のうちに仕掛けてこなかったとなると、明日か、明後日か……。どちらにせよ、こちらの動きも早くなければならぬ。」


今回は、敵のことを知り尽くしているヨハネ。
故に、今回はヨハネが中心になり戦うことになるだろう。
何より、魔法で戦えるのは、ヨハネしかいないのだ。


「……俺、今回はしっかりと、誰かを守ることが出来るのかな……。」


そんなヨハネにゼロが零した、一言の弱音。


「ジェイコフに負けて、ゼルドにも負けた。カミューは救えなかったし、先のこの国での内乱だって……俺はガーネットの弟を助けてやれなかった。もっとさかのぼれば、俺はエリシャを救えなかったし、姉貴も死なせた。……何が剣士だ。大切なものを何一つ守れないで、さ。」


夜風を浴び、ゼロが感じていたのは一抹の不安。
今度の戦いで、ゼロはかけがえのない命を救えるのか。
幾度となく、人の死を目の当たりにしてきたゼロは、そんな不安が脳裏にこびりついて眠れなかったのだ。


「ゼロ、そなたはどこぞの英雄譚の主人公かえ?……そんな、誰でも守れる、いつだって戦況をひっくり返せる、そんな夢のような人物が存在するならば、その者を王とした、戦いなど起こらない、起こさせない世が生まれていることであろう。今が戦乱の世であるという事は、そんな夢物語の英雄など存在しないという事じゃ。」

「でもよ……剣士って言うのは弱きを守るための……」

「そうじゃ。剣士とは弱きを守る剣となれ。……じゃがの『すべてを守る』ことは出来ぬよ。すべてを守るのは、ひとりひとりの想いを集めなければならぬ。そうやって、国は栄え、守られていくのじゃ。王がいても、民がいなければ、国は国として成立はせぬ。王がいて、そしてそれを支える民がいてこそ、国は存在し、栄える。」


ゼロの言葉を肯定するでもなく、持論を展開しながらゼロを諭していくヨハネ。


「良いか?人はひとりでは何もできぬ。じゃが、立ち上がった者は、その時点で人に何かを与えることが出来るのじゃ。お主は気づいていなかったかもしれぬが、この国での内乱も、お主が立ち上がったからこそ解決できた。アズマの戦いにしろ、そなたがシエラの命を救った。そして、エルシードの戦いでは、そなたの戦いぶりがカミューに、そして騎士たちに勇気を与えた。それは、まごうこと無き事実。そなたは無力ではない。それだけは、自分で知っておくのじゃ。」


まるで自分の子をなだめるように、ヨハネはそっとゼロの頭を撫でた。

「……正直、今回の戦いでシエラの帝国奪回の可否が決まる。」


優しさ一転、ヨハネは立ち上がるとゼロに真剣な表情で言った。


「帝国の隣国であるローランド。ここを制圧されなければ、帝国に陣を取ったアガレス軍は、東へ侵攻されない。西に進むしか手が無くなると言っても良い。いわば、ローランドはアガレス軍から大陸を守る、『砦としての国家』なのじゃ。故に、この地を決して落とされるわけにはいかぬ。」


ゼロの背筋に、一気に緊張が走った。


「ローランドの内戦も、もとはと言えばアガレス軍のものが宰相を唆して始まったもの。それほど早くにローランドという国を彼奴らは欲しがったのじゃ。今度は、本気でこの国を潰しに来るであろう。」


百戦錬磨の大魔導士。
そのヨハネが真剣に国の情勢と戦地としてのローランドの意義をゼロに説く。
それがどれほど大切な事か、ゼロは黙って聞くことで理解した。


「そんなに大切な戦いで、何故民の警護などに力を尽くさねばならぬのか?自分の力をもって、敵将を討ち取り、今後の脅威をひとつでも摘んでおかねばならぬのではないか?……きっと、お主はそう考えておるのであろう?」


ゼロは、驚きのあまり目を見開いた。
言葉に出さなくても、ヨハネはそのゼロの表情で全てを悟った。


「確かにお主は強い。いくらアガレス軍とは言えど、雑兵程度ならそなた一人でどうにかなるじゃろ。しかし、アガレス軍に、将はあと何人いる?彼奴等が言っていた『四将』であれば、ジェイコフ、ゼルド、セラともうひとりであろう。しかし……果たしてその『四将』はアガレス直属なのかの?『四将』を率いる将がいたら、どうする?逆に、『四将』ひとりひとりにお主と同等の力を持つ将がいたら……?」


ゼロの表情が青ざめていく。


「今回は、攻める戦いではない。ローランドを守る戦いじゃ。そしてゼロ、お主が守るのは……ローランドの『未来』じゃ。」

「未来……?」


ゼロが、ヨハネの顔を見上げる。


「そう。いくら国土を守ったとしても、民が死に絶えた国土で何が出来よう?民がいてこその国。お主はその民を守るのだ。そしてその民はローランドの民でありローランドの民のみにあらず。」


ヨハネの昔ながらの言い回しは、時々ゼロの理解を超える。


「どういう……ことだ?」

「ローランドの民が守られ、ローランドがアガレス軍打倒の拠点となれば、そこに活路を見出した人々が集うであろう。そして此処はいつか大きな光あふれる場所となる。……そう、お主が守るのは、『世界の希望』なのじゃ。ゼロ……胸を張れ!」




ヨハネはこの夜どうしてもゼロにこのことを伝えたかった。



「意味の無い役割などないのじゃ。すべての大切な役割をしっかりと達しはじめて、目標に近づいていくのじゃ。」

「俺……寝るわ。」


ヨハネの言葉をかみしめるように心の中で反芻したゼロは、吹っ切れたように立ち上がり、ヨハネに言った。


「気持ちの整理は……ついたのか?」

「あぁ。今回は……いや、どの戦いも自分たちがそれぞれの役割をしっかりとこなさなければ勝利はねぇ。これまで、負けなかったけど勝てなかったのは、それぞれの役割の何処かに『綻び』があったからだ。今回は……負けねぇ。」



その言葉を聞いて、ヨハネは安堵した。
何か吹っ切れた様子のゼロ。
その瞳には、強い光が宿っていたから。


「別に、弱きで言うわけじゃないんだけどさ……。」

「なんじゃ?」

「もし、俺が死……」

「……そなたの父、ツヴァイクの話をしよう。」


ゼロの言葉を遮るように、ヨハネは口を開いた。


「ツヴァイク、そなたの父……それはもう、気分屋でな。戦で勝てば有り金全てを使い兵たちと勝利を祝い、敗れればひとり寂しく深夜まで鍛錬に打ち込む、そんな男じゃった。」

「親父……昔も変わらなかったのか。」

「そんなツヴァイクが、なかなか良い言葉を妾たち仲間に残した。」


ゼロが、ごくりと喉を鳴らす。


「『もしも死んだら』の願いほど、残された仲間が叶え辛いものは無い。たとえそれがガキの使いでもだ。願いがあるなら生きて帰って、自分の口で言いやがれ!!……もしお前たちが生きて帰って来たなら、多少無理な願いでも、仲間たちは叶えようと必死になってくれるさ。だって、生きて帰って来たんだからな。」


若い娘のようなヨハネの声で、父ツヴァイクの言葉を聞く。
しかし、脳裏には確かに、ツヴァイクの姿が浮かんできた。


「親父らしいぜ。」

「お主も息子じゃ。父を見習ってやれ。」


ゼロは、まるで子供の様な無邪気な笑みを浮かべると……。


「じゃぁ、こうしよう。俺が生きて帰って来たら、この国のみんなで朝まで飲み明かしたいね。俺たちは勝ったんだ。故郷を守ったんだ!……ってさ。」


自分の故郷では叶わなかった光景を想像するゼロ。


「ローランドに言っておこう。酒は樽で大量に用意しておけと。民も含めての大宴会じゃ。国費でどうにかせい、とな。」


ヨハネは、そんなゼロに優しい笑みを向け、答えた。



「じゃ、お休み。」


『もし俺が死んだら、亡骸はそのまま故郷・エリシャの家に埋めてくれ』


もうひとつの『もしもの願い』。
ゼロはそれをそっと心の引き出しにしまい込み、ヨハネと別れるのであった。

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