聖戦記

桂木 京

文字の大きさ
上 下
88 / 186
第9章:祈り

しおりを挟む
ゼロもアインも、剣を構えたまま一歩も動かない。
そのまま、暫し時間が流れる。


「……ふたりとも、全く隙が無い……。」


シエラがふたりの様子を見て呟く。
シエラ自身も、『白の剣聖』と呼ばれる剣の達人。
しかし、そんな彼女に隙が無いと言わしめるほど、ゼロとアインの間に流れる空気は張りつめているのだ。


(どう攻める……?多分、勝負は一撃で決まる。)

ゼロは、全く隙を見せないアインに対し、どう攻撃をするのが有効かを考えていた。
相手は姉とはいえ、ゼロが全く敵わなかった、そして英雄のひとり・ジークハルトを倒した騎士リヒトと斬り合った将軍。

力の差は歴然。
しかし、負けることは許されない。

ゼロの思考回路は、この力の差をどう埋めるかでフル回転している状態だった。


そんなゼロを見て、アインはクスリと笑う。


「……よく思い出しなさい。父さんとの稽古の内容を。父さんが私にではなく、あなたにだけ教えたことがあったはずよ……?」

「俺にしか、教えなかったこと?俺と姉貴は、同じ剣技を習ったはずだろ……?」


必死に、少年期の記憶を呼び起こす。


ーーーゼロ、魔力を持たずに生まれたことを悔いることなんてない。剣士はそれを武器に出来る。人はわずかでも魔力を感じる力があるもの。だが、相手の魔力を一切感じることが出来なかったら、どうなる?---


「……そうか……。」


ゼロは、意を決しアインに向かって踏み出す脚に力をこめる。そして……。


「……ゼロ?」

様子を見守っていたシエラが、驚きの声を上げる。


ゼロは、目を閉じていたのだ。
アインも、先ほどの笑みはなく、真剣な表情でゼロに向かい合う。


「そう。完全に魔力を消すこと。それであなたの気配は敵に感じられない。あとは……。」


ゼロの動きに合わせるべく、アインは剣の切っ先をゼロの額に合わせる。


「あとは、スピード。気配を消せるなら、相手の視界からも消えなければならない。そのために必要なのは、『神速』とも言えるほどのスピードよ。」

「姉貴の視界から消えるほどの、スピード……。」


ゼロの心臓の鼓動が激しくなるのが分かる。
将軍となり、経験はゼロとは比べ物にならないほどの姉を上回り、且つ凌駕するほどのスピード。

果たして、今の自分にそんな力があるのか……。


「……そんなの、やってみなけりゃ分からねぇよ。」


葛藤も、恐怖もあった。
それでも、ゼロは腹を括った。


「どうしても、帰らなきゃならないんだ。俺は……。」



ーーー難しいことなど何もない。集中するんだゼロ。集中し、意識を研ぎ澄ませたその先に、剣士としての『先』が見えるはずだ。俺はそうだった。---


目を閉じた瞼の裏に、父の姿が映る。


(集中、集中……。)

ゼロは、あの頃の記憶を呼び起こす。


(集中、集中、集中……。)


次第に、周囲の音がよく聞こえるようになってくる。


(……これは……鎧の音?あぁ、姉貴のか……。)

少しだけ動いたアインの鎧の音をも聞き分ける。


「ゼロ……?」

目を閉じたままのゼロを心配するシエラ。
しかし、ゼロはそんなシエラの様子さえ把握し始めていた。


(心臓の鼓動……大丈夫さ。そんなに心配しなくても、負ける気がしないんだ。)


剣をアインに向ける。

実力の差は大きい。
今まで、ゼロが本気だと言って挑んだ稽古で、アインには1度たりとも勝利した記憶がない。
結局、何をしても防御され、通用しなかったのだ。


「ゼロ……ようやく、たどり着いたようね。」

アインの表情が緩む。


ーーーアイン、俺の剣はゼロに教えようと思う。お前には、もう少し女子としてのだな……、平凡な幸せを得て欲しいと思ってる。母さんが死んでから、家族を、ゼロを守ろうとして剣の道を選んでくれたことを俺は知ってるし、感謝もしている。でもな……。---


アインも、父・ツヴァイクの言葉を思い出していた。


ーーーでもな。力でみんなを守る役割は、ゼロがしっかり担ってくれるさ。アイツは天才だ。きっと、俺なんかゆうに超えていくーーー


「父さん、それでも私は……この道を歩んできたことを後悔してはいないわ。だって……。」


アインがじりじりと距離を詰め、そして一気に地を蹴る。


「……視えた!!」


その瞬間、ゼロの身体がアインの視界から消える。
アインが次にゼロの姿を確認した時には、もうゼロの剣はアインの胴を薙いでいた。


(……弟の成長する姿をこうして目の当たりにして……ちゃんと安心することが出来たから……。)



アインはそのまま。ゼロの後方に倒れた。



「ゼロ……見事よ。それが、あなたに眠る本当の力。父さんが自分を超えるだろうと言っていた……あなたの力よ……。」


倒れたまま笑うアイン。


「姉貴!!」

「アイン様!!」


ゼロとシエラは、倒れたアインのもとへ急いだ。

「姉貴!!……馬鹿野郎、こんな真剣な戦いで、俺に花を持たせる必要なんかないだろ!!」

アインを助け起こすゼロ。
少し遅れてシエラもふたりのもとにたどり着く。


「ふふっ……本当にそう思ってるの?」

「……え?」


ゼロの言葉にアインは小さく笑う。


「私は、本気だった。今までの人生で、あの黒騎士に負けた時と同じくらいの、本気よ。」

全力を出し切ったのだろう。アインの身体からは力が抜けきっていた。


「これが、あなたの本当の力。あなたはもともと、私を超える才能を持っていたのよ。それを引き出すきっかけが、無かっただけ……。」


近くにあるゼロの顔を、アインはそっと撫でる。


「嘘だろ……!じゃぁ、じゃぁ何で……。」

「……え?嘘……。」


慌てるゼロと、動揺を隠せないシエラ。
アインの身体が、少しずつ透けてきているのだ。


「どうして私の身体が消えてきているのか?よね?簡単なことよ。あなたが、この世界と決別しようとしているからよ。」


アインは、自分の身体が透けてきていることを驚かなかった。
うっすらと笑みを向け、ゼロとの会話を噛み締める。

「ゼロ……あなたは弱くなんてないわ。もっと自信を持ちなさい。人の話を良く聞いて、思い出すの。そこには必ずあなたを強くするヒントが隠されている。剣士としても、人間としても……ね。」

「何……今生の別れみたいな話してるんだよ。」

「馬鹿ね……。もう、今生の別れは済んでいるでしょう?本当なら、私とあなたは、こうして話せているわけがない存在同士なのよ?」


ゼロの脳裏に、エリシャ陥落の日の記憶が鮮明によみがえる。


「俺はまた……姉貴と別れるのかよ……。」

俯き、歯を食いしばるゼロ。
アインは、そんなゼロの頭を優しく撫でる。

「大丈夫。私はいつでもあなたの側にいる。それはあなたがいちばん良く分かっているはずでしょう?」

「……だけど。」


家族と別れるのは誰だって辛いもの。
ゼロは、これで姉との別れを2度、経験することになるのだ。


「シエラさん……もう少し近くにきて。」

アインは、俯いたままのゼロに苦笑いを向けると、少し後ろで様子を見守っていたシエラを呼ぶ。

「私……ですか?」

姉弟の別れの邪魔はしないでいようと、下がっていたシエラだったが、アインに呼ばれてゆっくりとアインの側による。


「あなたの武器は……剣だった?」

それは、唐突な問い。


「え?えぇ……。私が城で見つけたときには、剣でした……。」

シエラは、質問の意図が読み取れず、戸惑う。

「そう……。父が言っていたわ。『英雄の武器で、剣は俺の双剣だけだった』と。1本はゼロの魔剣。もう1本は、私の家に。では、あなたの武器は何なのか……。お父様は、剣士?」

「いえ……私の父は……え……?」


アインの問いで、シエラはあることに気付く。


「槍騎士……でした。いえ、ほぼ全ての武具に精通していた……。私にも、「全ての武器に精通してこそ、帝国を守る力になる」と……。」


シエラは、幼い時に父である英雄・ジークハルトの言った言葉を思い出した。



「そろそろ……お別れの時間ね。」


身体全体が淡く輝き始めたアイン。


「待ってくれ!まだ心の準備が……。」

「アイン様!!」


ゼロとシエラが呼び止めるも、アインの身体は徐々に見えなくなってくる。


「シエラさん、あなたの武器、それは……宝具。隠された力があるはずよ。それを探して……。」

「宝具……?分かりました。必ず。」

シエラは、アインの助言に強く頷く。


「ゼロ、あなたはもう強い。自信をもって、信念を持って生きてきなさい。あなたの身体には、父ツヴァイクの剣技が染みついている。魔剣が直ったら、私の家に行きなさい。私が遺した、もう一振りの剣をあなたに……。」

「姉貴!!」


もう、肉眼で見える限界にまで薄れてしまったアインの身体。


「もう一度言うわ。ゼロ、私はいつだってあなたの心の中にいる。あなたのことを見守っているわ。……生きるのよ、私の愛する弟……。」

「嫌だ……もう、姉貴と別れるのは……辛い。」

「大丈夫よ。あなたはもう、ひとりじゃない。あなたを支えてくれる人が、心配してくれる人がたくさん出来たでしょう?新しい出会いを、絆を……大切にしなさい。」


悲痛な表情を見せるゼロを、優しく見つめるアイン。

「……騎士になるなら、覚悟を決めなさい。私のお墓で、誓ってくれたでしょう?」

アインを葬った時に、ゼロはアインの墓の前で誓いを立てた。
その光景を思い出すゼロ。


「……分かった。姉貴……さよならだ。」


少しだけ考えて、ゼロは決意した。
その光景を、シエラはただ見守ることしかできなかった。


「……どうやって、帰ればいい?」

「私が消えれば、この世界の消滅が始まる。だから、あなたとシエラさん、ふたりで心を合わせて祈るのよ。元の世界のことを強く想って……。そうすれば、自然に目が覚めるわ。ゼロも、シエラさんも。」


決心したゼロに、安堵の表情を浮かべたアイン。
ゼロも、アインの言葉に強く頷く。


「姉貴……こうして言葉を交わすのは最後になるかもしれないけど、俺はずっと姉貴のことを尊敬してた。ずっと姉貴のことを自慢に思っていた。だから……。」


最後の別れは、エリシャ陥落の日にアインがしたように……。




「姉貴は、いつまでも俺の自慢の姉貴だ。それだけはずっと、変わらねぇ。」


アインに精一杯の笑顔を見せた。
そのゼロの笑顔に、アインは微笑んで小さく頷く。


その瞳には、涙が浮かんでいた。


「さよなら、ゼロ……。」

「あぁ……『またな』姉貴……。」



今度は、言葉などこの一言で十分だった。
お互い笑いあうと、アインの身体はついに消えた。


「……ゼロ……。」

シエラは、アインを見送ったゼロの背中にかける言葉が思い浮かばず、ゼロの名をひとこと、呼ぶしか出来なかった。

ゼロは大きく息を吐くと、両手で両頬を強く叩く。


「……よし!!」

自分の中で、気持ちに区切りをつけ、今度はシエラに向き直る。


「帰ろう。」

「……はい。」


ゼロはシエラに歩み寄る。

「本当に、ありがとうな。」

「何が……ですか?」

「迎えに来てくれて。俺、お前が迎えに来てくれなかったらずっと、この世界で暮らしたと思う。この虚構の世界に、ずっと。でも、本当に俺が生きるべきはこの世界じゃない。……そうだろう?」


もうすっかり、瞳には強い決意の光が見える。
シエラは、心から安堵した。


「……えぇ。本来の世界は、ゼロにとっては悲しい世界かもしれないけれど、私たちには、私にはゼロの力が……いいえ、ゼロが必要なんです。」


少し前のシエラなら、恥ずかしくて最後まで言えない言葉。
しかし、今のシエラは違った。
アインとの会話の中で、自分の本当の気持ちに気が付き始めてきたのだ。


「で、どうやって帰るか、だ……。」


ゼロが周囲を見回す。
エリシャの美しい街並みは、遠くから少しずつ溶けるように歪んでいく。
アインが消えたことで、この世界も終わりを迎えようとしていた。


「祈る……アイン様はそう仰ってました。私たちが元の世界のことを強く願い、祈れば戻れるということかもしれません。」


シエラが言う。ゼロも頷き、ふたりは同時に瞳を閉じる。


ふたりとも、一心に祈った。
アガレス軍に苦しめられている、現在の大陸のことを。
守るべき民のことを。
そして……。


シエラが、そっとゼロの手を取る。
ゼロは一瞬、驚いた顔を見せたが、


「……一緒に、帰りましょう。」

シエラの微笑みに、小さく頷くことで返し、再び瞳を閉じた。

(今度は、私がゼロを助ける番。いつだって、ゼロは私を助けてくれた。だから……私がゼロを支える。辛い時は、その辛さも分かち合えるように、いつか……。)

(こんな俺のために、命を顧みず飛び込んでくる『馬鹿』がいるんだ。俺も、それに応えなきゃならないし……絶対に守ってみせる。それが、俺が本当に帰りたいと思った理由だ……!)


足元から、強烈な風が吹きあがる。
ゼロとシエラは、繋いだ手に力を込めた。

しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

転生チートは家族のために~ ユニークスキルで、快適な異世界生活を送りたい!~

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:38,028pt お気に入り:1,067

王妃となったアンゼリカ

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:145,395pt お気に入り:8,047

継母の心得

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:67,834pt お気に入り:23,358

桜の季節

恋愛 / 完結 24h.ポイント:347pt お気に入り:7

転生幼女はお詫びチートで異世界ごーいんぐまいうぇい

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:7,710pt お気に入り:23,936

異世界ゆるり紀行 ~子育てしながら冒険者します~

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:31,809pt お気に入り:35,206

処理中です...