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レモン
10体目 カムカム
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「カムカムが逃げたぞ! 追え!」
「言われなくても追ってるわよ!」
「右行ったよ右ー! ターンレフトー!」
「ライトだよ……後ペース上げないと追いつけない!」
例の四人は小型の荒獣「カムカム」を追いかけていた。カムカムは中位荒獣だが、性格は極めて温厚かつ臆病。攻撃「された」事例が無い。
見た目は全体的にボール猫のようで可愛らしく、また女体化しても全身に羊毛のような感触の白い縮れ毛と猫か狐かと言ったような尖った耳を維持する。
瞳は精神状態によって清流のように透き通った撫子色から灰汁が混じったような濁る赤橙まで様々に変化するが、一貫して珍しい赤系統の色である。
人が近づくと逃げ出す始末で、発見当初は捕まえたカムカムをペットとして売り出す店もあった。
数が少なく、そんな性格も相まってか戦場で見かけることは少ない。
荒獣の研究がある程度進むと、ペットではなくレアメタル源として見られるようになった。解剖すれば身体の至る所からレアメタルが出てくるということで、非常に高値で取引されている。
カムカムを捕まえれば一ヶ月分のボーナスが出ることから「ボーナス荒獣」などと酷い言われ方をしていた。緑達も例外なく、カムカムを捕まえようと必死になっている。
「くっ!」
瓦礫に足を取られ、緑がふらついた。二、三度脚を忙しく前に出して何とか体勢を立て直す。
その隙に緑を追い越した菜々がバカにしたように笑った。
「身体が重いのは、こういう時に苦労するわね!」
「言ってて悲しくないのか?」
「デブって言ってんのよ!」
「なんだと……サラダはスレンダーすぎるんだ!」
「サラダって言った! サラダって言った! 最低よ!」
「お前なんかサラダで十分だ! 大体お前がカムカムを捕まえてどうする!」
「服買うに決まってるでしょ! ドレスは女の戦闘服、スーツは女の機動戦闘用外骨格よ!」
「もう溢れるほど持っているだろう! 成長もしないのに、新しい服なんかどうする気だ!」
「機動なんとかにはつっこまないんだ……」
一番後ろから追いかける奈津美が、菜々の表現に疑問を覚える。一体なぜそう表現したのか、どこからその言葉が出てきたのか一切不明であるが他三人は気にはしなかった。
「着るに決まってるでしょ! 気分で服は変えるのよ! そういうアンタこそ何に使う気よ!」
「私か? 私は知的好奇心を満たすために……」
「8割ヌイグルミに消えるくせに何を……」
そう突っ込まれてドキリとする緑。本当に8割消えるわけではないが、自分でも結構な額を使っているのは理解している。
「なっ……わ、分かっているなら聞くな! それに残りの2割に関しては嘘は言ってない!」
「官能小説買ってる身で知的好奇心とかほざいてんじゃないわよ!」
またまた突っ込まれてしまう緑。だが今度は大真面目に、透き通った真っ直ぐな目で訴えた。
「お前はあの素晴らしさを分からないのか!?」
「仕事で嫌ってほど官能してるわよ! 全く……楽、アンタは……ああうん、言わなくてもいいわよ」
聞いてから後悔する菜々だが、もう遅い。楽は堂々とウィンクしながら一言こう言い放つ。
「交・際・費☆」
「知ってた……奈津美、あんたは」
緑、楽と続いたら次は奈津美だ、と軽率に聞く。どうせ大人の玩具か車か大体その辺だろうと予想した三人だが、大きく裏切る答えが帰ってきた。
「えっ、私? 私は……足が悪いおばあちゃんに車椅子を買ってあげるんだ」
「!」
「!?」
「!!!」
激しく醜いボーナスの使い道論議に、降って湧いた光が私利私欲を浄化する。
「痛たたた、良心……じゃなかった足が痛い」
「いったーい。足ひねったかもしれないわ」
「……あ、足首が痛いな」
「ええっ!? なんでみんな足痛めるの?」
わざと歩き始める三人に合わせて奈津美も速度を落とすが……。
「いいから奈津美! 早く行け!」
「アンタが捕まえるのよ! 行きなさい!」
「僕の代わりに捕まえてくれ!」
「みんな……私っ! 頑張る! (計画通りぃー!)」
三人の声援に背中を押され、(悪い顔をしながら)さっきよりも速く駆けていった。
「これでいい」
「良かったのよね……」
「今更何悩んでるのさ。ここらで、ちょいと一休みって……」
『立ち止まっているが、どうした。何かあったか』
楽を遮り、無線がうるさくがなる。上を見るとラジコンのようなヘリコプターが、呼吸音でかき消されてしまう程度の微かな音を立てて飛んでいた。
自分達を追いかけてきていた無人機だ。操るHQが気を揉んだのか、心配するようにグルグルと上空を回っている。
「何かあったか、か。ふふ、そうだな……穢れを落とされた、とでも言おうか」
『大変だ。洗脳型の荒獣が存在する。緑、奈々、楽の三名が影響を受けた模様』
「緑、現在進行形でややこしくなってるんだけど」
「あいつら(HQ)には分からないさ。あの光の清浄さを」
緑が変な事を言ったせいでHQは大慌てになる。菜々が嗜めるも、楽が被せて更に混乱に陥れる。
『光……太陽かっ!? 上……上空の荒獣……ハーピーか! 03式地対空ミサイルシステム、用意! あの辺りにいるハーピーを全て落とせ!』
いないはずの荒獣が見えているHQは全力を持って緑達の上空を焼き払おうと動き出した。
そんな騒ぎの中、冷静に止める一人の男が。
『メイラー1よりHQ。ロングボウレーダーには何も映っていない。周囲に対空目標は無い』
『ステルスのハーピーだと!? バカな! 羽毛はレーダーに映りやすいはずだ!』
『HQ、落ち着け。赤外線でも、目視でも確認出来ない。……おいハンター、あんまり変なこと言わないでくれ』
「すまないな、騒がせた」
狼狽するHQを牽制したのは、一機の戦闘ヘリ。それは無線を切ると加速し、緑達の頭上を高速で飛び越えていく。
黒くて力強い機体が豪風を背に、あっという間にビルの谷間を駆けた。
「アパッチ・ロングボウ……心強い」
重そうな機体とは裏腹に、新幹線に追随する速度でカムカムの後ろに付き照準を合わせる。
『カムカムの前方に撃ち込む。発砲許可を』
『許可する。退路を塞げ!』
『了解!』
機首下部に装着された30mm機関砲が、低い音を立てて人の上腕程もある巨大な弾を連射した。
「ピギッ!?」
放たれた砲弾はコケとシダ植物とアスファルトを剥ぎ取り、その下の地面を抉って噴煙を上げカムカムの逃げ道を完全に塞いだ。
となれば当然反対方向に進むしか無いのだが……。
「ぜぇはぁぜぇはぁ! ……ふ、ふふ。やっと追いついた……!」
プロレスのような姿勢で今にも飛びかかりそうな奈津美が一本道を塞ぐ。
絶対絶命のカムカム。捕まれば解剖されてレアメタル倉庫行きという、象牙を取られる象以上に悲惨な末路が待っている。
「クッ……ニンゲンが……コウナレば力づくデ勝負!」
「おおっ!? いいねえ、こんなに暴れるカムカム初めてかも……っ!」
戦うことを選んだカムカムは女体化し、奈津美の姿勢に合わせ低姿勢で突っ込んでいく。そのまま押し比べ対決になった。
「ぐぬぬぬ……」
「うぐぐぐ……」
光沢のある黒いスーツと、白い毛に覆われた身体がぶつかり合う。だが重い分奈津美が有利だった。
「どっせーい!」
「きゃああ!」
力が足りなくなった瞬間を狙った奈津美に勢い良く放り投げられ、地面に叩きつけられるカムカム。
勝負は決した……。
「いつつ……お尻痛い~。……ひっ!」
「さあーて、大人しく捕まってもらおっかあ……」
「い、嫌……来ないで……う……」
「ヤバっ」
『あっ……泣くぞ』
『泣く!? カムカム泣く!?』
奈津美は急いで離れようとしたが、時既に遅し。極度に怖がらせてしまったせいでカムカムが泣き出した。
「ううう~ああああああー!」
カムカムが泣いた事を知った全員の顔から血の気が引いていく。
『きっ、貴様何やってるー!』
「ごめんなさーい!」
『上昇する! 上昇する! !』
泣き叫ぶカムカムを脇に抱え全力で走り始める奈津美。直後、瓦礫を押しのけて一匹の電鰐が飛び出してきた。
『発砲!』
先ほどのように30mm砲弾が空を切り裂き、電鰐をズタズタに破壊する。コアがあるためいつかは再生されてしまうだろうが、足止めにはなるはずだ。
奈津美は振り返ることもせず、さっき通って来た道を駆ける。
「帰ってきたみたいね」
「捕まえたか!」
「ふふ、さすがは僕らが見込んだだけのことは……ん、あれ? カムカム泣いてない?」
一つ格好を付けようとしていた楽だが、カムカムが泣いていることに気づくと一瞬で素に戻った。
「え……?」
「……泣いているな」
「……」
「「「うわあああぁぁぁ!」」」
三人揃って一斉に駆け出す。
泣くカムカムが恐れられる理由。そしてカムカムが中位荒獣に指定される理由。
それは、カムカムが泣くと周囲数キロ圏内の荒獣にカムカムを守るという本能を呼び起こさせるからである。
カムカムが泣けば数多の荒獣が襲ってくる、地獄絵図と化す。
『オスプレイが旧渋谷交差点前に着陸した! 乗り込め!』
「了解!」
『ファイア、ファイア!』
アパッチヘリが後退しながら砲弾と破壊を撒き散らす。瓦礫や路地の中から出てくる荒獣を次々に粉砕していた。
『ハンター! 熱源接近! 後ろからだ気をつけろ! メイラー1、前方よーく注意してろよ……』
『了解した……あれか? 巨大な……火の鳥みたいな……』
戦闘に夢中なアパッチに代わりHQが周囲を警戒していると、遠距離から大型の荒獣が近づいている事に気づく。
『高位荒獣、鳳凰だ。最優先目標に設定。何やってもいいぞ』
『了解。ぶっ潰す! 最優先目標に設定。ヘルファイア……熱いせいか照準が早いぜ。しかも的がデカイときた。発射!』
バカバカと撃ち続けるだけでは楽しくなかったのだろうか。アパッチのパイロットは嬉々として、搭載してあるミサイルを撃ち始めた。
一方全然嬉しくないのは緑達である。旧中国で確認された鳳凰は(デイビーズの女王程では無いにせよ)異様に強く、四人合わせても勝てるかどうか分からないシロモノなのだ。
聞き間違いである事を祈りつつ、旧渋谷交差点前を目指して全力疾走する。
「聞いたっ!? 鳳凰来てるわよ!」
「聞いてる! 聞いてるから何も言うなっ!」
「鳳凰は不味いよ……」
「待ってえええ!」
三人で鳳凰に戦慄していると、同じように報告を聞いて焦っているのか、後ろから奈津美の必死な声が聞こえてくる。
「こっち来んな……とは言えないのよね。さっさと走りなさいよこのグズ!」
「酷いっ!」
「無駄口叩く暇は無さそうだ!」
『前方、ハヌマーン接近!』
目の前から人の数倍はありそうな大きさの白毛猿が迫ってくる。今度はインドで確認された荒獣だ。鳳凰と比べてしまえば雑魚だが、この状況では恐ろしい脅威である。
腐っても中位。一度足を止められてしまえば、他の荒獣が殺到し敗北は避けられないものとなる。
「アパッチ! ハヌマーンからやってくれ!」
『鳳凰が近い! ヘルファイアを撃ち続けろ!』
まだ遠い鳳凰を後回しにして目の前の邪魔を片付けるか、追いつかれたら最後、これまた敗北必須の鳳凰か。
片方ずつ殺るのがセオリーだが、今はそうも言っていられない。アパッチのパイロットはほんの少し機体を傾け、射界を確保する。
それでいて進行方向は変えないという高等テクニックを披露した。
『同時に真反対の意見聞くのは骨が折れるぜ……ハヌマーンは機関砲で対処する』
アパッチの機関砲がグルリと回転し、自らのほぼ後方を向く。だがミサイルの照準は鳳凰に向けたままだ。
『……ファイア!』
強烈な鉄と火薬の雨が、緑達の退路を塞ぐ荒獣をアスファルトごと吹き飛ばした。同時にヘルファイアミサイルを鳳凰へ向けて発射し、手傷を負わせる。
緑達は痛みで呻くハヌマーンのそばを駆け抜ける。
そして大通りへと滑り込む。帰りのオスプレイはすぐそこにあった。一番先に奈々が、後部銃座担当の兵にサポートされて乗り込む。
「奈々、乗りました」
「緑、乗ったぞ」
「楽、乗った。残りは奈津美だけ」
「滑走開始」
「奈津美……乗りましたあーっ!」
「後部銃座!」
ブレーキを外したオスプレイが急加速し、甲羅模様のアスファルトの上を走り始める。
奈津美が追いついて乗り込むと、後部銃座担当の兵士が即席で備え付けられた機関銃の引き金を引いた。
「ギィッ!」
「ギャッ!」
人体なら貫通する威力を持つ7.62mm弾が連射され、アパッチでは足止めし切れなかった荒獣を葬っていく。
次第に荒獣よりも速度で勝り、完全に引き離したところで大空へ舞い上がった。
『キャシー1離陸』
『メイラー1攻撃を中止。帰還する』
作戦を終えた2機は、地上で群れをなす荒獣を尻目に皇都へリポートへと戻るのだった。
『ライデン1、爆撃侵入』
『ライデン2、投下準備完了』
『……投下』
上空を2機の青い戦闘機が通過し、爆弾を落とす。4発の爆弾は甲高い音を立てながら荒獣へと突っ込んでいく。
丁度良く集まった荒獣を、再生能力の無い低位だけでも爆撃で一掃しようという作戦だ。更にド派手な映像を国民に見せることで戦意高揚も狙う。
未だ大多数の人間の貞操概念は荒獣が現れる前と同じであり、荒獣ハンターの作戦映像はとても見せられたものでは無い。
そのため荒獣との戦闘は通常部隊の様子が主となる。その映像に爆撃シーンがあれば、効果的なプロパガンダ映像のできあがりという理由だ。
様々な想いと野望を背負った爆弾は、黒と緑の大地を抉り周囲の建物を吹き飛ばし、大多数の荒獣を肉片に変え、その威力を誇示するかのように高々と噴煙を上げたのだった。
「言われなくても追ってるわよ!」
「右行ったよ右ー! ターンレフトー!」
「ライトだよ……後ペース上げないと追いつけない!」
例の四人は小型の荒獣「カムカム」を追いかけていた。カムカムは中位荒獣だが、性格は極めて温厚かつ臆病。攻撃「された」事例が無い。
見た目は全体的にボール猫のようで可愛らしく、また女体化しても全身に羊毛のような感触の白い縮れ毛と猫か狐かと言ったような尖った耳を維持する。
瞳は精神状態によって清流のように透き通った撫子色から灰汁が混じったような濁る赤橙まで様々に変化するが、一貫して珍しい赤系統の色である。
人が近づくと逃げ出す始末で、発見当初は捕まえたカムカムをペットとして売り出す店もあった。
数が少なく、そんな性格も相まってか戦場で見かけることは少ない。
荒獣の研究がある程度進むと、ペットではなくレアメタル源として見られるようになった。解剖すれば身体の至る所からレアメタルが出てくるということで、非常に高値で取引されている。
カムカムを捕まえれば一ヶ月分のボーナスが出ることから「ボーナス荒獣」などと酷い言われ方をしていた。緑達も例外なく、カムカムを捕まえようと必死になっている。
「くっ!」
瓦礫に足を取られ、緑がふらついた。二、三度脚を忙しく前に出して何とか体勢を立て直す。
その隙に緑を追い越した菜々がバカにしたように笑った。
「身体が重いのは、こういう時に苦労するわね!」
「言ってて悲しくないのか?」
「デブって言ってんのよ!」
「なんだと……サラダはスレンダーすぎるんだ!」
「サラダって言った! サラダって言った! 最低よ!」
「お前なんかサラダで十分だ! 大体お前がカムカムを捕まえてどうする!」
「服買うに決まってるでしょ! ドレスは女の戦闘服、スーツは女の機動戦闘用外骨格よ!」
「もう溢れるほど持っているだろう! 成長もしないのに、新しい服なんかどうする気だ!」
「機動なんとかにはつっこまないんだ……」
一番後ろから追いかける奈津美が、菜々の表現に疑問を覚える。一体なぜそう表現したのか、どこからその言葉が出てきたのか一切不明であるが他三人は気にはしなかった。
「着るに決まってるでしょ! 気分で服は変えるのよ! そういうアンタこそ何に使う気よ!」
「私か? 私は知的好奇心を満たすために……」
「8割ヌイグルミに消えるくせに何を……」
そう突っ込まれてドキリとする緑。本当に8割消えるわけではないが、自分でも結構な額を使っているのは理解している。
「なっ……わ、分かっているなら聞くな! それに残りの2割に関しては嘘は言ってない!」
「官能小説買ってる身で知的好奇心とかほざいてんじゃないわよ!」
またまた突っ込まれてしまう緑。だが今度は大真面目に、透き通った真っ直ぐな目で訴えた。
「お前はあの素晴らしさを分からないのか!?」
「仕事で嫌ってほど官能してるわよ! 全く……楽、アンタは……ああうん、言わなくてもいいわよ」
聞いてから後悔する菜々だが、もう遅い。楽は堂々とウィンクしながら一言こう言い放つ。
「交・際・費☆」
「知ってた……奈津美、あんたは」
緑、楽と続いたら次は奈津美だ、と軽率に聞く。どうせ大人の玩具か車か大体その辺だろうと予想した三人だが、大きく裏切る答えが帰ってきた。
「えっ、私? 私は……足が悪いおばあちゃんに車椅子を買ってあげるんだ」
「!」
「!?」
「!!!」
激しく醜いボーナスの使い道論議に、降って湧いた光が私利私欲を浄化する。
「痛たたた、良心……じゃなかった足が痛い」
「いったーい。足ひねったかもしれないわ」
「……あ、足首が痛いな」
「ええっ!? なんでみんな足痛めるの?」
わざと歩き始める三人に合わせて奈津美も速度を落とすが……。
「いいから奈津美! 早く行け!」
「アンタが捕まえるのよ! 行きなさい!」
「僕の代わりに捕まえてくれ!」
「みんな……私っ! 頑張る! (計画通りぃー!)」
三人の声援に背中を押され、(悪い顔をしながら)さっきよりも速く駆けていった。
「これでいい」
「良かったのよね……」
「今更何悩んでるのさ。ここらで、ちょいと一休みって……」
『立ち止まっているが、どうした。何かあったか』
楽を遮り、無線がうるさくがなる。上を見るとラジコンのようなヘリコプターが、呼吸音でかき消されてしまう程度の微かな音を立てて飛んでいた。
自分達を追いかけてきていた無人機だ。操るHQが気を揉んだのか、心配するようにグルグルと上空を回っている。
「何かあったか、か。ふふ、そうだな……穢れを落とされた、とでも言おうか」
『大変だ。洗脳型の荒獣が存在する。緑、奈々、楽の三名が影響を受けた模様』
「緑、現在進行形でややこしくなってるんだけど」
「あいつら(HQ)には分からないさ。あの光の清浄さを」
緑が変な事を言ったせいでHQは大慌てになる。菜々が嗜めるも、楽が被せて更に混乱に陥れる。
『光……太陽かっ!? 上……上空の荒獣……ハーピーか! 03式地対空ミサイルシステム、用意! あの辺りにいるハーピーを全て落とせ!』
いないはずの荒獣が見えているHQは全力を持って緑達の上空を焼き払おうと動き出した。
そんな騒ぎの中、冷静に止める一人の男が。
『メイラー1よりHQ。ロングボウレーダーには何も映っていない。周囲に対空目標は無い』
『ステルスのハーピーだと!? バカな! 羽毛はレーダーに映りやすいはずだ!』
『HQ、落ち着け。赤外線でも、目視でも確認出来ない。……おいハンター、あんまり変なこと言わないでくれ』
「すまないな、騒がせた」
狼狽するHQを牽制したのは、一機の戦闘ヘリ。それは無線を切ると加速し、緑達の頭上を高速で飛び越えていく。
黒くて力強い機体が豪風を背に、あっという間にビルの谷間を駆けた。
「アパッチ・ロングボウ……心強い」
重そうな機体とは裏腹に、新幹線に追随する速度でカムカムの後ろに付き照準を合わせる。
『カムカムの前方に撃ち込む。発砲許可を』
『許可する。退路を塞げ!』
『了解!』
機首下部に装着された30mm機関砲が、低い音を立てて人の上腕程もある巨大な弾を連射した。
「ピギッ!?」
放たれた砲弾はコケとシダ植物とアスファルトを剥ぎ取り、その下の地面を抉って噴煙を上げカムカムの逃げ道を完全に塞いだ。
となれば当然反対方向に進むしか無いのだが……。
「ぜぇはぁぜぇはぁ! ……ふ、ふふ。やっと追いついた……!」
プロレスのような姿勢で今にも飛びかかりそうな奈津美が一本道を塞ぐ。
絶対絶命のカムカム。捕まれば解剖されてレアメタル倉庫行きという、象牙を取られる象以上に悲惨な末路が待っている。
「クッ……ニンゲンが……コウナレば力づくデ勝負!」
「おおっ!? いいねえ、こんなに暴れるカムカム初めてかも……っ!」
戦うことを選んだカムカムは女体化し、奈津美の姿勢に合わせ低姿勢で突っ込んでいく。そのまま押し比べ対決になった。
「ぐぬぬぬ……」
「うぐぐぐ……」
光沢のある黒いスーツと、白い毛に覆われた身体がぶつかり合う。だが重い分奈津美が有利だった。
「どっせーい!」
「きゃああ!」
力が足りなくなった瞬間を狙った奈津美に勢い良く放り投げられ、地面に叩きつけられるカムカム。
勝負は決した……。
「いつつ……お尻痛い~。……ひっ!」
「さあーて、大人しく捕まってもらおっかあ……」
「い、嫌……来ないで……う……」
「ヤバっ」
『あっ……泣くぞ』
『泣く!? カムカム泣く!?』
奈津美は急いで離れようとしたが、時既に遅し。極度に怖がらせてしまったせいでカムカムが泣き出した。
「ううう~ああああああー!」
カムカムが泣いた事を知った全員の顔から血の気が引いていく。
『きっ、貴様何やってるー!』
「ごめんなさーい!」
『上昇する! 上昇する! !』
泣き叫ぶカムカムを脇に抱え全力で走り始める奈津美。直後、瓦礫を押しのけて一匹の電鰐が飛び出してきた。
『発砲!』
先ほどのように30mm砲弾が空を切り裂き、電鰐をズタズタに破壊する。コアがあるためいつかは再生されてしまうだろうが、足止めにはなるはずだ。
奈津美は振り返ることもせず、さっき通って来た道を駆ける。
「帰ってきたみたいね」
「捕まえたか!」
「ふふ、さすがは僕らが見込んだだけのことは……ん、あれ? カムカム泣いてない?」
一つ格好を付けようとしていた楽だが、カムカムが泣いていることに気づくと一瞬で素に戻った。
「え……?」
「……泣いているな」
「……」
「「「うわあああぁぁぁ!」」」
三人揃って一斉に駆け出す。
泣くカムカムが恐れられる理由。そしてカムカムが中位荒獣に指定される理由。
それは、カムカムが泣くと周囲数キロ圏内の荒獣にカムカムを守るという本能を呼び起こさせるからである。
カムカムが泣けば数多の荒獣が襲ってくる、地獄絵図と化す。
『オスプレイが旧渋谷交差点前に着陸した! 乗り込め!』
「了解!」
『ファイア、ファイア!』
アパッチヘリが後退しながら砲弾と破壊を撒き散らす。瓦礫や路地の中から出てくる荒獣を次々に粉砕していた。
『ハンター! 熱源接近! 後ろからだ気をつけろ! メイラー1、前方よーく注意してろよ……』
『了解した……あれか? 巨大な……火の鳥みたいな……』
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『高位荒獣、鳳凰だ。最優先目標に設定。何やってもいいぞ』
『了解。ぶっ潰す! 最優先目標に設定。ヘルファイア……熱いせいか照準が早いぜ。しかも的がデカイときた。発射!』
バカバカと撃ち続けるだけでは楽しくなかったのだろうか。アパッチのパイロットは嬉々として、搭載してあるミサイルを撃ち始めた。
一方全然嬉しくないのは緑達である。旧中国で確認された鳳凰は(デイビーズの女王程では無いにせよ)異様に強く、四人合わせても勝てるかどうか分からないシロモノなのだ。
聞き間違いである事を祈りつつ、旧渋谷交差点前を目指して全力疾走する。
「聞いたっ!? 鳳凰来てるわよ!」
「聞いてる! 聞いてるから何も言うなっ!」
「鳳凰は不味いよ……」
「待ってえええ!」
三人で鳳凰に戦慄していると、同じように報告を聞いて焦っているのか、後ろから奈津美の必死な声が聞こえてくる。
「こっち来んな……とは言えないのよね。さっさと走りなさいよこのグズ!」
「酷いっ!」
「無駄口叩く暇は無さそうだ!」
『前方、ハヌマーン接近!』
目の前から人の数倍はありそうな大きさの白毛猿が迫ってくる。今度はインドで確認された荒獣だ。鳳凰と比べてしまえば雑魚だが、この状況では恐ろしい脅威である。
腐っても中位。一度足を止められてしまえば、他の荒獣が殺到し敗北は避けられないものとなる。
「アパッチ! ハヌマーンからやってくれ!」
『鳳凰が近い! ヘルファイアを撃ち続けろ!』
まだ遠い鳳凰を後回しにして目の前の邪魔を片付けるか、追いつかれたら最後、これまた敗北必須の鳳凰か。
片方ずつ殺るのがセオリーだが、今はそうも言っていられない。アパッチのパイロットはほんの少し機体を傾け、射界を確保する。
それでいて進行方向は変えないという高等テクニックを披露した。
『同時に真反対の意見聞くのは骨が折れるぜ……ハヌマーンは機関砲で対処する』
アパッチの機関砲がグルリと回転し、自らのほぼ後方を向く。だがミサイルの照準は鳳凰に向けたままだ。
『……ファイア!』
強烈な鉄と火薬の雨が、緑達の退路を塞ぐ荒獣をアスファルトごと吹き飛ばした。同時にヘルファイアミサイルを鳳凰へ向けて発射し、手傷を負わせる。
緑達は痛みで呻くハヌマーンのそばを駆け抜ける。
そして大通りへと滑り込む。帰りのオスプレイはすぐそこにあった。一番先に奈々が、後部銃座担当の兵にサポートされて乗り込む。
「奈々、乗りました」
「緑、乗ったぞ」
「楽、乗った。残りは奈津美だけ」
「滑走開始」
「奈津美……乗りましたあーっ!」
「後部銃座!」
ブレーキを外したオスプレイが急加速し、甲羅模様のアスファルトの上を走り始める。
奈津美が追いついて乗り込むと、後部銃座担当の兵士が即席で備え付けられた機関銃の引き金を引いた。
「ギィッ!」
「ギャッ!」
人体なら貫通する威力を持つ7.62mm弾が連射され、アパッチでは足止めし切れなかった荒獣を葬っていく。
次第に荒獣よりも速度で勝り、完全に引き離したところで大空へ舞い上がった。
『キャシー1離陸』
『メイラー1攻撃を中止。帰還する』
作戦を終えた2機は、地上で群れをなす荒獣を尻目に皇都へリポートへと戻るのだった。
『ライデン1、爆撃侵入』
『ライデン2、投下準備完了』
『……投下』
上空を2機の青い戦闘機が通過し、爆弾を落とす。4発の爆弾は甲高い音を立てながら荒獣へと突っ込んでいく。
丁度良く集まった荒獣を、再生能力の無い低位だけでも爆撃で一掃しようという作戦だ。更にド派手な映像を国民に見せることで戦意高揚も狙う。
未だ大多数の人間の貞操概念は荒獣が現れる前と同じであり、荒獣ハンターの作戦映像はとても見せられたものでは無い。
そのため荒獣との戦闘は通常部隊の様子が主となる。その映像に爆撃シーンがあれば、効果的なプロパガンダ映像のできあがりという理由だ。
様々な想いと野望を背負った爆弾は、黒と緑の大地を抉り周囲の建物を吹き飛ばし、大多数の荒獣を肉片に変え、その威力を誇示するかのように高々と噴煙を上げたのだった。
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