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レモン
11体目 レモン
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「ふざけるなっ! 離せ!」
「痛っ! この……いい加減にしなさいよ!」
オスプレイが飛び、荒獣の追跡が終わるとカムカムは嘘泣きを止めた。そのまま暫く大人しくしており、観念したのだろうと思った奈々が興味本位に手を伸ばしたら……この通りである。
一人と一匹は狭い機内の中でキャットファイトを繰り広げていた。
「触るな!」
「諦めなさいよ!」
「これだけは絶対に触らせない! このブローチは私のだっ!」
最初、菜々はカムカムが首から下げているブローチに気づきそれを触ろうとしたのだ。その瞬間、全てを諦めたような顔をしていたカムカムが触らせまいと暴れだした。
そこで菜々が手を引けば良かったのだが、何の意地か無理やり触ろうとし始めヒートアップしてしまう。当たり前だが、機内で格闘するのは良くない。
となれば止める役が必要である。だが、奈津美は幾度となく見ているはずの風景を楽しそうに眺めているし、楽はイヤホンをして我関せずと言った感じだ。
お鉢は自然と緑に回ってくる。ため息を吐きながら、奈々を後ろから捕まえた。
「ちょっ! 緑アンタどういうつもり……」
「これ以上暴れるな。それに、この密閉空間から逃れるすべは無いだろう? ……カムカム、お前も諦めろ」
「ふん。カムカムって名前じゃないし」
「……何?」
意味有り気な事を言った後、カムカムは残念ながら口を噤んでしまう。
「ねえ緑、やっぱりこのカムカムおかしいわよ。カムカムって言ったら、捕まえた後は無気力の権化みたいになるじゃない。それなのにコイツ、暴れるしブローチは大切に持ってるし」
「……そうだな」
不思議に思った緑は、一つ質問を投げかけてみる事にした。カムカムの隣に座り優しく声をかけてみる。
「さっきから驚かせてすまない。その……君の名前を教えてくれるか?」
「……」
「ふ、不安なのは分かるが、名前も分からないと何かと不便だろう?」
「……」
カムカムはムスリ、としてそっぽを向いてしまう。このままやっていたとしても埒が明かないだろう。
「困ったな……」
殺せと命令されれば忠実にやってのけるだろう緑だが、自ら荒獣とコンタクトを取るなどという慣れないことは上手くいかなかった。
「緑、それじゃダメだよ」
見かねた楽がイヤホンを外してカムカムの隣に座る。サッとカムカムの肩に手を回し、美貌を近づけ甘い声で囁いた。
「ねえお嬢さん、僕に君の名前を教えてくれないかい?」
「……」
「僕は、佐伯楽って言うんだ……んー! 君の純白の毛、とっても触り心地いいね! カシミヤウールみたいだ」
「触らないで」
「おっと、怒ったなら謝るよ。ごめんね。つい、君の香しい匂いに釣られてしまってさ。ん、そのアクセサリー……」
「触れるなっ!」
乾いた音がエンジン音を破って、僅かに機内を震わせた。
「楽っ!」
「……いやあ、参ったな。流石に傷つくよ?」
ほんの一瞬、誰にも分からないほど短い時間、歪んだ顔はいつもの明るさを取り戻す。
「傷ついたなら、離れれば?」
「ふふ、そうはいかないな。その気丈さ、ますます気に入ったよ。言っておくけど僕、しつこいからね」
「……はあ」
「で、そのアクセサリー見せてくれない? 勿論触ったりしないさ。見るだけ……」
「……」
カムカムは楽を睨みつけながらも、相当面倒臭いと思ったのか大事に大事に手の中に包んだブローチをゆっくりと見せる。
太陽の光を浴びて桃色に光るそのブローチは、桜を型どり真ん中に真珠が鎮座するものだった。
「これは……ふふ、なるほど君に似合うね」
「可愛い……」
「ほう……」
「あっ、スカイツリーだ」
清楚で新鮮なイメージのブローチに、一人を除いてそれぞれに感想を漏らす。カムカムはすぐにブローチを手の中に隠してしまったが、ほんの少し照れくさそうに頬が緩んでいた。
「その桜のブローチ、誰かに貰ったのかい? それとも自分で見つけた? いい趣味してる」
「ご主人様に貰った。あの人は……凄く、いい人」
「ご主人様……? もしかして君、ペットのカムカムとして買われてた?」
「ペットじゃないっ! ご主人様は家族として見ていてくれた! 私にレモンって名前までくれて、大切にしてくれた! お前達と一緒にするな!」
「わ、悪かった……君のご主人様は素晴らしい人だね」
楽はまた怒ってしまったカムカム━━もといレモンを宥めようとする。一方、緑と奈々は驚きに包まれながらお互いの顔を見合わせた。
「ですから、彼女はペットとして飼われていたんです」
「持ち主の元に返すべきだわ」
「そーだそーだー!」
「奈津美、お前は黙ってくれ…」
皇都に帰った彼女たちは荒獣を管理している動物保護官に詰め寄っていた。話して情が移ったのか、なんとか生かしてはやれないかと強く訴えかけるが色良い返事は返ってこない。
「ううーん……いや僕もねえ、気持ちは分かるんだけどねえ。誰が所有していたのか、所有者はどこにいるのか、そもそも安否が不明だよね? 一応荒獣は外来生物という区分だから、飼い主不明の今、殺すしか無いんだよねえ。それに、飼い主が見つかったとしても違反者として300万円の罰金が待っているかもしれないんだよ?」
「っ!」
「そ、そんな……」
皇都に帰還した緑達は、元ペットのカムカム「レモン」をなんとかして飼い主の元に戻せないかと話してみるのだが、理詰めでやんわりと断られてしまう。
「そういう事だから、残念だけどあのカムカムには……」
「そこをなんとかできませんか!」
「なんとか、と言われても」
「流石に不憫すぎるわよ!」
「感情的な問題では…」
「おじさんはそれでもいいの!?」
「おじ…っ!?」
「助けてやってくれ!」
「し、しかしですね…うう…」
男は少女、それも自分達を守ってくれている女神の意見をきっぱりとは断れず、悩んでしまう。
「ううむ……」
「じー」
「じーっ」
「う、ううん……」
「じぃー」
「じぃーっ」
「むむむむ……分かりました。私の負けです。飼い主を探してみます」
「ありがとうございます!」
「やった!」
「勝ったぜい!」
「有難い!」
「し、しかしですね、もし見つからなかった場合は他と同じく殺処分後レアメタルの材料となります。それに、見つかったとしても、場合によっては罰金が要求されます」
「それは、飼い主の方が決めることです」
「そうよ! それに、レモンの話聞いてると飼い主さん悪い人じゃないわ! きっとやむを得ない事情があってレモンを手放したのよ!」
「絶対いい人だから来てくれるよ!」
「ああ、私も同感だ」
「……その言葉を信じてみます」
保護官は彼女達の笑顔を見て、安堵の表情を浮かべた。
『今日、カムカムが発見され、女性のみで構成される特殊部隊、ハンターが捕縛しました。しかし、このカムカムは自らを「レモン」と名乗っており、飼い主を探しているそうです。心当たりのある方は、至急皇都動物保護課にご連絡ください。飼い主が見つからない場合、このカムカムは3日以内に殺処分されます。また、飼い主の方には、カムカムを違法に逃した疑いがかけられています。場合によっては3年以下の懲役又は300万円の罰金が科せられます。「レモン」の特徴は、桜を象ったブローチを持っている事です。心当たりのある方は至急、皇都動物保護課にご連絡ください』
~ある日の夜、ラジオ・テレビ・ネット上で民間CMに混じって流された広報CMの内容~
「痛っ! この……いい加減にしなさいよ!」
オスプレイが飛び、荒獣の追跡が終わるとカムカムは嘘泣きを止めた。そのまま暫く大人しくしており、観念したのだろうと思った奈々が興味本位に手を伸ばしたら……この通りである。
一人と一匹は狭い機内の中でキャットファイトを繰り広げていた。
「触るな!」
「諦めなさいよ!」
「これだけは絶対に触らせない! このブローチは私のだっ!」
最初、菜々はカムカムが首から下げているブローチに気づきそれを触ろうとしたのだ。その瞬間、全てを諦めたような顔をしていたカムカムが触らせまいと暴れだした。
そこで菜々が手を引けば良かったのだが、何の意地か無理やり触ろうとし始めヒートアップしてしまう。当たり前だが、機内で格闘するのは良くない。
となれば止める役が必要である。だが、奈津美は幾度となく見ているはずの風景を楽しそうに眺めているし、楽はイヤホンをして我関せずと言った感じだ。
お鉢は自然と緑に回ってくる。ため息を吐きながら、奈々を後ろから捕まえた。
「ちょっ! 緑アンタどういうつもり……」
「これ以上暴れるな。それに、この密閉空間から逃れるすべは無いだろう? ……カムカム、お前も諦めろ」
「ふん。カムカムって名前じゃないし」
「……何?」
意味有り気な事を言った後、カムカムは残念ながら口を噤んでしまう。
「ねえ緑、やっぱりこのカムカムおかしいわよ。カムカムって言ったら、捕まえた後は無気力の権化みたいになるじゃない。それなのにコイツ、暴れるしブローチは大切に持ってるし」
「……そうだな」
不思議に思った緑は、一つ質問を投げかけてみる事にした。カムカムの隣に座り優しく声をかけてみる。
「さっきから驚かせてすまない。その……君の名前を教えてくれるか?」
「……」
「ふ、不安なのは分かるが、名前も分からないと何かと不便だろう?」
「……」
カムカムはムスリ、としてそっぽを向いてしまう。このままやっていたとしても埒が明かないだろう。
「困ったな……」
殺せと命令されれば忠実にやってのけるだろう緑だが、自ら荒獣とコンタクトを取るなどという慣れないことは上手くいかなかった。
「緑、それじゃダメだよ」
見かねた楽がイヤホンを外してカムカムの隣に座る。サッとカムカムの肩に手を回し、美貌を近づけ甘い声で囁いた。
「ねえお嬢さん、僕に君の名前を教えてくれないかい?」
「……」
「僕は、佐伯楽って言うんだ……んー! 君の純白の毛、とっても触り心地いいね! カシミヤウールみたいだ」
「触らないで」
「おっと、怒ったなら謝るよ。ごめんね。つい、君の香しい匂いに釣られてしまってさ。ん、そのアクセサリー……」
「触れるなっ!」
乾いた音がエンジン音を破って、僅かに機内を震わせた。
「楽っ!」
「……いやあ、参ったな。流石に傷つくよ?」
ほんの一瞬、誰にも分からないほど短い時間、歪んだ顔はいつもの明るさを取り戻す。
「傷ついたなら、離れれば?」
「ふふ、そうはいかないな。その気丈さ、ますます気に入ったよ。言っておくけど僕、しつこいからね」
「……はあ」
「で、そのアクセサリー見せてくれない? 勿論触ったりしないさ。見るだけ……」
「……」
カムカムは楽を睨みつけながらも、相当面倒臭いと思ったのか大事に大事に手の中に包んだブローチをゆっくりと見せる。
太陽の光を浴びて桃色に光るそのブローチは、桜を型どり真ん中に真珠が鎮座するものだった。
「これは……ふふ、なるほど君に似合うね」
「可愛い……」
「ほう……」
「あっ、スカイツリーだ」
清楚で新鮮なイメージのブローチに、一人を除いてそれぞれに感想を漏らす。カムカムはすぐにブローチを手の中に隠してしまったが、ほんの少し照れくさそうに頬が緩んでいた。
「その桜のブローチ、誰かに貰ったのかい? それとも自分で見つけた? いい趣味してる」
「ご主人様に貰った。あの人は……凄く、いい人」
「ご主人様……? もしかして君、ペットのカムカムとして買われてた?」
「ペットじゃないっ! ご主人様は家族として見ていてくれた! 私にレモンって名前までくれて、大切にしてくれた! お前達と一緒にするな!」
「わ、悪かった……君のご主人様は素晴らしい人だね」
楽はまた怒ってしまったカムカム━━もといレモンを宥めようとする。一方、緑と奈々は驚きに包まれながらお互いの顔を見合わせた。
「ですから、彼女はペットとして飼われていたんです」
「持ち主の元に返すべきだわ」
「そーだそーだー!」
「奈津美、お前は黙ってくれ…」
皇都に帰った彼女たちは荒獣を管理している動物保護官に詰め寄っていた。話して情が移ったのか、なんとか生かしてはやれないかと強く訴えかけるが色良い返事は返ってこない。
「ううーん……いや僕もねえ、気持ちは分かるんだけどねえ。誰が所有していたのか、所有者はどこにいるのか、そもそも安否が不明だよね? 一応荒獣は外来生物という区分だから、飼い主不明の今、殺すしか無いんだよねえ。それに、飼い主が見つかったとしても違反者として300万円の罰金が待っているかもしれないんだよ?」
「っ!」
「そ、そんな……」
皇都に帰還した緑達は、元ペットのカムカム「レモン」をなんとかして飼い主の元に戻せないかと話してみるのだが、理詰めでやんわりと断られてしまう。
「そういう事だから、残念だけどあのカムカムには……」
「そこをなんとかできませんか!」
「なんとか、と言われても」
「流石に不憫すぎるわよ!」
「感情的な問題では…」
「おじさんはそれでもいいの!?」
「おじ…っ!?」
「助けてやってくれ!」
「し、しかしですね…うう…」
男は少女、それも自分達を守ってくれている女神の意見をきっぱりとは断れず、悩んでしまう。
「ううむ……」
「じー」
「じーっ」
「う、ううん……」
「じぃー」
「じぃーっ」
「むむむむ……分かりました。私の負けです。飼い主を探してみます」
「ありがとうございます!」
「やった!」
「勝ったぜい!」
「有難い!」
「し、しかしですね、もし見つからなかった場合は他と同じく殺処分後レアメタルの材料となります。それに、見つかったとしても、場合によっては罰金が要求されます」
「それは、飼い主の方が決めることです」
「そうよ! それに、レモンの話聞いてると飼い主さん悪い人じゃないわ! きっとやむを得ない事情があってレモンを手放したのよ!」
「絶対いい人だから来てくれるよ!」
「ああ、私も同感だ」
「……その言葉を信じてみます」
保護官は彼女達の笑顔を見て、安堵の表情を浮かべた。
『今日、カムカムが発見され、女性のみで構成される特殊部隊、ハンターが捕縛しました。しかし、このカムカムは自らを「レモン」と名乗っており、飼い主を探しているそうです。心当たりのある方は、至急皇都動物保護課にご連絡ください。飼い主が見つからない場合、このカムカムは3日以内に殺処分されます。また、飼い主の方には、カムカムを違法に逃した疑いがかけられています。場合によっては3年以下の懲役又は300万円の罰金が科せられます。「レモン」の特徴は、桜を象ったブローチを持っている事です。心当たりのある方は至急、皇都動物保護課にご連絡ください』
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