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レモン
12体目 レモン2
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「レモン、飼い主見つかるかしら」
「その人が広報を見ていれば、きっと来る……見ていれば、な」
ベージュ色のペンキに囲まれた廊下を歩きながら、ここ数日で幾度目か分からない不安と、それに対する模範的回答による返しが行われた。
レモンの周知から今日で三日目。依然として飼い主は現れない。
レモンの記憶が美化されていたのか、死んだのか。それとも単に見ていないのか。移動手段がないのか。
理由は何れにせよ、飼い主がいなければ話は進まない。
自然と二人の足取りはレモンの元へ向かっていた。普段は通らない廊下を少し迷いながら曲がって、いかにも厳重なセキュリティ一で守られていますと言わんばかりのドアを手で押して開ける。
重い灰色のドアは見掛け倒しだ。いかに頑丈で難解そうに見えるかが、カムカムの収容には大事である。
簡単そうだと思われれば、実際の難易度に関わらず脱走を誘発しかねない。
まあ檻に入れられた時点でほとんどのカムカムは脱走を諦めるだろうが。
さて、ドアをゆっくりと開けたその先にはアーミーグリーンのジャンパーと黒いパンストを合わせた女性の姿があった。
「待ってたよ、緑、菜々」
「あら?」
「なんだいたのか」
楽は二人に先立って、レモンの様子を見に来ていたのだ。
一つの生命が終わるか否かという瞬間に立ち会うからか、その表情は声に比して険しい。
レモンは檻の中でほとんど動かずにいる。カムカムによく見られる無気力状態……自らの死、もしくは不幸を感じ取り抵抗を諦める悟りの境地に達していた。
「10分前です。最後の広報CMが流れました」
看守は腕時計を見ながら非情な現実を告げる。ズシリと重い声が、暗く狭い廊下に反響した。
「レモン、そう悲しむな。きっとご主人様は来る」
「そうよ!分かったら返事なさい!」
二人で元気付けるが、レモンは肩をピクリとも動かさない。瞳の色も淀み、濁った赤色を示す。
刻刻と時間だけが過ぎていく。
「残り30秒!……………………10…………5、4、3、2、1。時間です。皆さん離れてください」
看守が手を払って少女達を押し退け、檻の鍵を開けて白い毛に覆われた身体を引きずり出す。
結局、飼い主が現れることは無く、レモンはレアメタルとなる事が決まった。
「っ……」
「そんな……」
いざとなると、急に現実味が出てくるもの。緑も菜々も、さっきまでの元気はどこへやら、項垂れてしまう。
一方、カムカムに対してこれといった感情を持っていない看守はレモンを檻から出し、手錠をかけようとする。
その瞬間、楽が動いた。
「はいっ!」
「いっ!ちょっ、何するんですか!」
看守の手が叩かれ、手錠が硬質な音を立てて床に転がる。予期せぬ楽の行動にその場の全員が目を見開き驚いた。
「レモン!逃げろ!」
「!?」
「!」
人間が動けなくなっている間に楽の目的を察したレモンは、命令通り死に物狂いで逃げる。
こんな事をしたら、どんな処分が待っているのか。楽とてそれは分かっているはずだ。分かっていてなおもやったのだ。
だからこそ、この恩を無為にする事はできない。レモンは思いがけずかけられた情を背に、逃げる。
緑と菜々、二人の間を狙って走り……。
「緑!菜々!道を塞いで!」
「何っ!?わ、分かった!」
「えっちょっ、意味わかんない……」
「えええええっ!?」
間を抜ける直前に隙間は閉じた。
困惑しながらも通路を塞ぐ二人と矛盾する命令に、レモンもまた困り果てて止まってしまう。
更に逃げ場を失ったレモンに襲いかかったのは……なんと、逃げろと言った楽だった。
「ラリアットォォォ!」
「ぐぶぅっ!」
最後はラリアットでレモンを床に押し倒し、確保する。一瞬の内に終わった逃走劇と逮捕劇に、混乱する三人。
楽は静かに立つと、看守に質問を投げかけた。
「看守さん。あなたは手を滑らせてレモンを逃がした。そうですね?」
「はあ?なんでそうな……」
看守が反論しようとすると、楽は強引に言葉を被せそれを封じてしまう。
「あなたは、手を滑らせ、レモンを逃がしてしまった。あなたに非は無いが、レモンは確かに逃げた。そうですね?」
「……は、はあ」
事実とは違う自供を得た所で、楽は満足げに胸を張り法律と照らし合わせ自分がいかにレモンの正当な所有権を持っているかを長々と説明し始める。
「レモンは荒獣だから、法律の特例で72時間以内に持ち主が見つからない場合発見者、今回は国に所有権が与えられる。しかし今はまだ、実際に72時間も経っていない。発見したのは確かに72時間前のついさっきだけど、取得してから72時間経つのは後1時間後だ。所有物は発見した時でなく合法的に所有した時からが所有物……つまり、レモンが正式に国の所有となるのは1時間後。だからレモンはあなたの手を離れた瞬間、野放しとなった。誰のものでも無くなった。しかしレモンは僕に捕まった。僕は外来生物を扱える免許を持っている。僕はこのレモンを飼いたいと思っている。だからレモンは今から僕の所有物であって、これは誰にも譲渡する事はできない。外来生物だからね。勿論、法律は守る。逃がしたりもしない」
少々強引なのが傷だが、楽は法律を逆手に取り、レモンを自分のものにしてしまった。これには全員口を開いて驚くしかない。
こうして、丸一日練っていたという作戦で、危なげながらもレモンは楽の所有となったのである。
「う……んん……いった!……ここは……」
ラリアットを食らって気絶していたレモンが起き上がる。
倒れた時に打った後頭部がズキリと痛んだ。思わず目を閉じて片手で擦る。
その痛みが引いて瞼を開けると、まず盤面が古ぼけたように見える加工を施された時計が目に入った。
檻の中でも病院でもない場所に思わず目線を動かす。
壁に設置されたシェルフの上で茂る人工の緑。骨董品もののミリタリーな水筒とくすんだ青緑色のマフラー。
天井から釣り下がっている証明は他の部屋と違い、キューブ状のガラスに収まったLEDが四つちぐはぐに並んでいる。
渋く重厚感のある木製の机に光を降り注いでいるのは、ガラスの中に花を閉じ込めたハーバリウムのデスクライト。
その机には黒い、メッシュの背もたれを持つキャスター付きのチェアとアーモボックスが添えられている。
裸体の女性を描いた水彩画が飾られ、また別の所にはアサルトライフルがかけられていた。
その他にも小さいながら化粧棚や鏡、本棚など数十種類の小物が部屋に配置され賑わいを見せている。
そして、レモンが起きたベッドもシーツは白いが掛け布団はカバーを変えてシックなこげ茶色と白のゼブラになっていた。
まるで雑貨店にいるような気分にさせられる。
「起きたか」
部屋の様子に圧倒され、目の前しか見えていなかったレモンは声をかけられると肩を大きく震わせる。
恐る恐る振り返り、声の主を見る。ベッドの左には緑が薄く唇を開いて立っていた。
「……なんで、私は、捕まった」
「そう、君はこの僕が捕まえた」
今度は後ろから。楽は困惑するレモンの後ろから近づき、肩に手を置いた。
「じゃあ、殺される……」
「そんなことさせやしないよ。レモン、君はもう僕達の仲間、家族だ」
「家族……」
レモンは改めて周囲を見渡す。緑、楽、菜々、奈津美。四人が柔らかな笑みを浮かべ、自分を囲んでいる。
そこに、死の恐怖は存在し得なかった。
「ごめんね、君のご主人様は見つからなかったけど、これからは僕達がご主人様代理を努めよう。という事で、これからもよろしく」
そう言って楽は本当の家族のように、レモンを温かく抱きしめた。
「その人が広報を見ていれば、きっと来る……見ていれば、な」
ベージュ色のペンキに囲まれた廊下を歩きながら、ここ数日で幾度目か分からない不安と、それに対する模範的回答による返しが行われた。
レモンの周知から今日で三日目。依然として飼い主は現れない。
レモンの記憶が美化されていたのか、死んだのか。それとも単に見ていないのか。移動手段がないのか。
理由は何れにせよ、飼い主がいなければ話は進まない。
自然と二人の足取りはレモンの元へ向かっていた。普段は通らない廊下を少し迷いながら曲がって、いかにも厳重なセキュリティ一で守られていますと言わんばかりのドアを手で押して開ける。
重い灰色のドアは見掛け倒しだ。いかに頑丈で難解そうに見えるかが、カムカムの収容には大事である。
簡単そうだと思われれば、実際の難易度に関わらず脱走を誘発しかねない。
まあ檻に入れられた時点でほとんどのカムカムは脱走を諦めるだろうが。
さて、ドアをゆっくりと開けたその先にはアーミーグリーンのジャンパーと黒いパンストを合わせた女性の姿があった。
「待ってたよ、緑、菜々」
「あら?」
「なんだいたのか」
楽は二人に先立って、レモンの様子を見に来ていたのだ。
一つの生命が終わるか否かという瞬間に立ち会うからか、その表情は声に比して険しい。
レモンは檻の中でほとんど動かずにいる。カムカムによく見られる無気力状態……自らの死、もしくは不幸を感じ取り抵抗を諦める悟りの境地に達していた。
「10分前です。最後の広報CMが流れました」
看守は腕時計を見ながら非情な現実を告げる。ズシリと重い声が、暗く狭い廊下に反響した。
「レモン、そう悲しむな。きっとご主人様は来る」
「そうよ!分かったら返事なさい!」
二人で元気付けるが、レモンは肩をピクリとも動かさない。瞳の色も淀み、濁った赤色を示す。
刻刻と時間だけが過ぎていく。
「残り30秒!……………………10…………5、4、3、2、1。時間です。皆さん離れてください」
看守が手を払って少女達を押し退け、檻の鍵を開けて白い毛に覆われた身体を引きずり出す。
結局、飼い主が現れることは無く、レモンはレアメタルとなる事が決まった。
「っ……」
「そんな……」
いざとなると、急に現実味が出てくるもの。緑も菜々も、さっきまでの元気はどこへやら、項垂れてしまう。
一方、カムカムに対してこれといった感情を持っていない看守はレモンを檻から出し、手錠をかけようとする。
その瞬間、楽が動いた。
「はいっ!」
「いっ!ちょっ、何するんですか!」
看守の手が叩かれ、手錠が硬質な音を立てて床に転がる。予期せぬ楽の行動にその場の全員が目を見開き驚いた。
「レモン!逃げろ!」
「!?」
「!」
人間が動けなくなっている間に楽の目的を察したレモンは、命令通り死に物狂いで逃げる。
こんな事をしたら、どんな処分が待っているのか。楽とてそれは分かっているはずだ。分かっていてなおもやったのだ。
だからこそ、この恩を無為にする事はできない。レモンは思いがけずかけられた情を背に、逃げる。
緑と菜々、二人の間を狙って走り……。
「緑!菜々!道を塞いで!」
「何っ!?わ、分かった!」
「えっちょっ、意味わかんない……」
「えええええっ!?」
間を抜ける直前に隙間は閉じた。
困惑しながらも通路を塞ぐ二人と矛盾する命令に、レモンもまた困り果てて止まってしまう。
更に逃げ場を失ったレモンに襲いかかったのは……なんと、逃げろと言った楽だった。
「ラリアットォォォ!」
「ぐぶぅっ!」
最後はラリアットでレモンを床に押し倒し、確保する。一瞬の内に終わった逃走劇と逮捕劇に、混乱する三人。
楽は静かに立つと、看守に質問を投げかけた。
「看守さん。あなたは手を滑らせてレモンを逃がした。そうですね?」
「はあ?なんでそうな……」
看守が反論しようとすると、楽は強引に言葉を被せそれを封じてしまう。
「あなたは、手を滑らせ、レモンを逃がしてしまった。あなたに非は無いが、レモンは確かに逃げた。そうですね?」
「……は、はあ」
事実とは違う自供を得た所で、楽は満足げに胸を張り法律と照らし合わせ自分がいかにレモンの正当な所有権を持っているかを長々と説明し始める。
「レモンは荒獣だから、法律の特例で72時間以内に持ち主が見つからない場合発見者、今回は国に所有権が与えられる。しかし今はまだ、実際に72時間も経っていない。発見したのは確かに72時間前のついさっきだけど、取得してから72時間経つのは後1時間後だ。所有物は発見した時でなく合法的に所有した時からが所有物……つまり、レモンが正式に国の所有となるのは1時間後。だからレモンはあなたの手を離れた瞬間、野放しとなった。誰のものでも無くなった。しかしレモンは僕に捕まった。僕は外来生物を扱える免許を持っている。僕はこのレモンを飼いたいと思っている。だからレモンは今から僕の所有物であって、これは誰にも譲渡する事はできない。外来生物だからね。勿論、法律は守る。逃がしたりもしない」
少々強引なのが傷だが、楽は法律を逆手に取り、レモンを自分のものにしてしまった。これには全員口を開いて驚くしかない。
こうして、丸一日練っていたという作戦で、危なげながらもレモンは楽の所有となったのである。
「う……んん……いった!……ここは……」
ラリアットを食らって気絶していたレモンが起き上がる。
倒れた時に打った後頭部がズキリと痛んだ。思わず目を閉じて片手で擦る。
その痛みが引いて瞼を開けると、まず盤面が古ぼけたように見える加工を施された時計が目に入った。
檻の中でも病院でもない場所に思わず目線を動かす。
壁に設置されたシェルフの上で茂る人工の緑。骨董品もののミリタリーな水筒とくすんだ青緑色のマフラー。
天井から釣り下がっている証明は他の部屋と違い、キューブ状のガラスに収まったLEDが四つちぐはぐに並んでいる。
渋く重厚感のある木製の机に光を降り注いでいるのは、ガラスの中に花を閉じ込めたハーバリウムのデスクライト。
その机には黒い、メッシュの背もたれを持つキャスター付きのチェアとアーモボックスが添えられている。
裸体の女性を描いた水彩画が飾られ、また別の所にはアサルトライフルがかけられていた。
その他にも小さいながら化粧棚や鏡、本棚など数十種類の小物が部屋に配置され賑わいを見せている。
そして、レモンが起きたベッドもシーツは白いが掛け布団はカバーを変えてシックなこげ茶色と白のゼブラになっていた。
まるで雑貨店にいるような気分にさせられる。
「起きたか」
部屋の様子に圧倒され、目の前しか見えていなかったレモンは声をかけられると肩を大きく震わせる。
恐る恐る振り返り、声の主を見る。ベッドの左には緑が薄く唇を開いて立っていた。
「……なんで、私は、捕まった」
「そう、君はこの僕が捕まえた」
今度は後ろから。楽は困惑するレモンの後ろから近づき、肩に手を置いた。
「じゃあ、殺される……」
「そんなことさせやしないよ。レモン、君はもう僕達の仲間、家族だ」
「家族……」
レモンは改めて周囲を見渡す。緑、楽、菜々、奈津美。四人が柔らかな笑みを浮かべ、自分を囲んでいる。
そこに、死の恐怖は存在し得なかった。
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