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地獄の黒狼
43体目 漆黒の烈狼7
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「うるせえクソババア!」
苛烈な言葉が和風な畳の部屋を駆け抜け、庭に植えられた松の木を揺らした。
荒獣侵攻後の神奈川で名を馳せていた御三家の一つ、大神家の屋敷の一室で発せられたその言葉は、大神奈津美が祖母の大神栞乃に向けたものだった。
御三家なだけあり、奈津美は幼少期からお淑やかに上品に行儀良く、と育てられてきた。しかし残念ながら奈津美の性には合わず不満だけが積もり、いきなり爆発したのである。
大神栞乃はこれに激怒し、修行と称して奈津美を寺に押し込んだ。大神家には第二子、第三子もいたため事実上の追放となる。
奈津美は完全にキレていたため、寺でもやりたい放題。大声で僧を罵り仏像さえ破壊した。何度叱られようとも、寺側が諦めるまで暴れるつもりであった。
そんなある日の事、お経の声一つ聞こえない部屋を見つけ、隠れようと障子を開けたところ幾人もがピクリとも動かず座っている姿を目にする。
驚かせようとも思ったがなぜかこれだけは思い留まり、奈津美に気づいた監督者の手に引かれるがまま、自分も座禅を組み始めた。
最初は慣れず、何度も警策で肩を叩かれた。人より数倍多く叩かれていた。他の修行には一切手を出さなかったため、丸一日座禅を組み続ける事さえあった。そんな日には、肩が赤く腫れ手足は痺れた。
やがて、丸一日座禅を組んでいても叩かれる事が無くなった。粗暴な性格や言葉も単に「元気」で済ませられるほど落ち着き、一度座禅を組めば圧倒的な集中力で誰よりも長く続けられるようになった。
自我以外の存在を常に認識し、またそれにより自我も認識する。若くして座禅を極めた奈津美は努力を評価され、修行から解放される。
しかし家に戻った奈津美の扱いは実に粗野で、特に大神栞乃は奈津美の何をも認めようとしなかった。
大きなショックを負い、奈津美は家を出る。辿り着いた先が、今の「ハンター」という仕事だった。
性には疎かったが、抑圧されていた分の性欲は知識を得て大きく膨れ上がった後に開放され、座禅の経験も幸をなしたか直感的な性技においては右に出るものがいなかった。
しかし、自らを可愛がってくれていた祖母がたった一言で見向きもしてくれなくなった事は、いつまでも心の傷として残っていた。
それが奇しくも覚醒の原因となる。
ある時、奈津美の率いる部隊は絶望的な状況に陥り、意識を保っているのは奈津美だけとなってしまう。
奈津美一人に対し殺到する荒獣に意識を手放しかけた時、もう一人の奈津美が姿を現し荒獣を蹴散らしてしまった。
それは、祖母に認めて貰わんがために集中を極め淑女の性格を纏った心の奥底だけに残る姿。祖母にもう一度会うために、死ぬわけにはいかないと必死になった末の結果である。
しかし、遠くから見ていた人は口々にその様子をこう表現する。
「狂っていた」と。
他の存在の認知による正確無比な性技と、自我の認知による性欲の増強、更にあえて性感のみを認知しないことによる絶対的な耐久力。
大きな弱点を抱えているとしても、それを気にせず生み出される艶撃は、なるほど遠くから見ていれば性欲に狂ったようであったろう。
こうして実態とはかけ離れた名前である「狂化」が付けられることになったのである。
『メイラー1、攻撃に移る』
攻撃ヘリが建物の影から大きく上昇し、機関砲の照準を付け……だがすぐに別の方向へズラした。
『け、健在……ハンター健在! 白狼、及びヘルハウンドは倒れている! ヴァルキリーは健在! 我らが女神は精強なり!』
『こちらスカウト1。ハンター確認。大神陸曹だ!』
敗北感に打ちひしがれていた司令塔は、この勝利に大いに沸いた。
「これは……一体誰が……」
皇都司令部に向かう途中、東の群れを撃破せよとの指令を受けて急遽指定ポイントまでやってきた空挺三人衆。だがそこにあったのは、頭を撃ち抜かれて死んだハイウルフが点々と連なっている光景だった。
弾痕から狙撃場所を特定しようにも、全てバラバラの方向を向いている。ハイウルフが急激な機動を行いながら反撃しようとしていた証だ。
ただ、大体の位置は予測できる。その先にあって狙撃に適していそうな場所は一つしかなかった。
「……スカイツリー」
地上高350mからの狙撃。それも再装填が異常に速い。並のスナイパーではない。それはすぐに理解できた。
「どんな奴なんだ、あそこにいるのは」
敵に対して圧倒的な暴力を振るう空挺団員が驚愕する程の腕前。誰がいるのかは当然の疑問であり、それには無線が答えてくれた。
『特戦群、と言えば分かるかね』
「っ!?」
三人衆の顔が引きつる。そして、納得。
「なるほど」
「それにしても凄いが」
「まあ、有り得なくはない……のか?」
仕事を奪われてしまった三人衆は、大人しく来た道を引き返していった。
苛烈な言葉が和風な畳の部屋を駆け抜け、庭に植えられた松の木を揺らした。
荒獣侵攻後の神奈川で名を馳せていた御三家の一つ、大神家の屋敷の一室で発せられたその言葉は、大神奈津美が祖母の大神栞乃に向けたものだった。
御三家なだけあり、奈津美は幼少期からお淑やかに上品に行儀良く、と育てられてきた。しかし残念ながら奈津美の性には合わず不満だけが積もり、いきなり爆発したのである。
大神栞乃はこれに激怒し、修行と称して奈津美を寺に押し込んだ。大神家には第二子、第三子もいたため事実上の追放となる。
奈津美は完全にキレていたため、寺でもやりたい放題。大声で僧を罵り仏像さえ破壊した。何度叱られようとも、寺側が諦めるまで暴れるつもりであった。
そんなある日の事、お経の声一つ聞こえない部屋を見つけ、隠れようと障子を開けたところ幾人もがピクリとも動かず座っている姿を目にする。
驚かせようとも思ったがなぜかこれだけは思い留まり、奈津美に気づいた監督者の手に引かれるがまま、自分も座禅を組み始めた。
最初は慣れず、何度も警策で肩を叩かれた。人より数倍多く叩かれていた。他の修行には一切手を出さなかったため、丸一日座禅を組み続ける事さえあった。そんな日には、肩が赤く腫れ手足は痺れた。
やがて、丸一日座禅を組んでいても叩かれる事が無くなった。粗暴な性格や言葉も単に「元気」で済ませられるほど落ち着き、一度座禅を組めば圧倒的な集中力で誰よりも長く続けられるようになった。
自我以外の存在を常に認識し、またそれにより自我も認識する。若くして座禅を極めた奈津美は努力を評価され、修行から解放される。
しかし家に戻った奈津美の扱いは実に粗野で、特に大神栞乃は奈津美の何をも認めようとしなかった。
大きなショックを負い、奈津美は家を出る。辿り着いた先が、今の「ハンター」という仕事だった。
性には疎かったが、抑圧されていた分の性欲は知識を得て大きく膨れ上がった後に開放され、座禅の経験も幸をなしたか直感的な性技においては右に出るものがいなかった。
しかし、自らを可愛がってくれていた祖母がたった一言で見向きもしてくれなくなった事は、いつまでも心の傷として残っていた。
それが奇しくも覚醒の原因となる。
ある時、奈津美の率いる部隊は絶望的な状況に陥り、意識を保っているのは奈津美だけとなってしまう。
奈津美一人に対し殺到する荒獣に意識を手放しかけた時、もう一人の奈津美が姿を現し荒獣を蹴散らしてしまった。
それは、祖母に認めて貰わんがために集中を極め淑女の性格を纏った心の奥底だけに残る姿。祖母にもう一度会うために、死ぬわけにはいかないと必死になった末の結果である。
しかし、遠くから見ていた人は口々にその様子をこう表現する。
「狂っていた」と。
他の存在の認知による正確無比な性技と、自我の認知による性欲の増強、更にあえて性感のみを認知しないことによる絶対的な耐久力。
大きな弱点を抱えているとしても、それを気にせず生み出される艶撃は、なるほど遠くから見ていれば性欲に狂ったようであったろう。
こうして実態とはかけ離れた名前である「狂化」が付けられることになったのである。
『メイラー1、攻撃に移る』
攻撃ヘリが建物の影から大きく上昇し、機関砲の照準を付け……だがすぐに別の方向へズラした。
『け、健在……ハンター健在! 白狼、及びヘルハウンドは倒れている! ヴァルキリーは健在! 我らが女神は精強なり!』
『こちらスカウト1。ハンター確認。大神陸曹だ!』
敗北感に打ちひしがれていた司令塔は、この勝利に大いに沸いた。
「これは……一体誰が……」
皇都司令部に向かう途中、東の群れを撃破せよとの指令を受けて急遽指定ポイントまでやってきた空挺三人衆。だがそこにあったのは、頭を撃ち抜かれて死んだハイウルフが点々と連なっている光景だった。
弾痕から狙撃場所を特定しようにも、全てバラバラの方向を向いている。ハイウルフが急激な機動を行いながら反撃しようとしていた証だ。
ただ、大体の位置は予測できる。その先にあって狙撃に適していそうな場所は一つしかなかった。
「……スカイツリー」
地上高350mからの狙撃。それも再装填が異常に速い。並のスナイパーではない。それはすぐに理解できた。
「どんな奴なんだ、あそこにいるのは」
敵に対して圧倒的な暴力を振るう空挺団員が驚愕する程の腕前。誰がいるのかは当然の疑問であり、それには無線が答えてくれた。
『特戦群、と言えば分かるかね』
「っ!?」
三人衆の顔が引きつる。そして、納得。
「なるほど」
「それにしても凄いが」
「まあ、有り得なくはない……のか?」
仕事を奪われてしまった三人衆は、大人しく来た道を引き返していった。
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