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少女達の守護者

53体目 少女と守護者の戯れ6

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「……やはり雑魚ではお話になりませんわね」

 先端から薄く煙が立ち上る傘を手に、惨殺したハイウルフの群れを見下げるメイド服の少女。

 護衛役を任された二人のハンターは、恐ろしい程に強いメイド服の少女をガタガタと震えながら見上げていた。
 護衛なんて冗談じゃない。もしこの人が負ける時は自分達も死ぬ時だと。

 複数のハイウルフを相手して余裕を持てる性技と、近づこうとした別のハイウルフを叩きのめした仕込み傘。

 メイド服の少女は柄の部分に埋め込まれたアサルトライフルを構えながら、自分を護ろうとしてくれていた少女達に優しげな笑みを向けた。

「さ、次に行きましょう?」

「「……はい」」





 自動ドアが開き、外からでは分からなかった店内の穏やかなBGMと人の声、何かの機械が動く音や暖かな空気の流れが一同を取り囲む。

 ここ東京ビルは、荒獣侵攻時に逃げてきた都民にできうる限り住居を提供するため巨大な避難住宅となった数々の高層ビルに代わり、皇都内で唯一の大型商業施設として現在も稼働し続けている(だからショッピングモールと言えばここなのだ)。

 施設の内容は主に食事所。次いで、洋服、本、雑貨などの売り場。それらよりも少ない面積でゲームセンターや各種サポートセンターなどが展開している。

 地下は2階、地上は5階まで拡張され荒獣侵攻前よりも大型化した。

 自動ドアを潜ると、隼が腕時計をチェックする。

「11:30(ヒトヒトサンマル)……食事には少し早いですね」

「なら二階に行きましょ! 二階」

 菜々は買い物の時間があると見るや否や、行先に迷わず洋服屋を選択した。

「お前はほんと服買うの好きだな。まあ丁度私も下着がキツくなってきたのだが……」

「僕も構わないよ。新しいブラが欲しいかな」

「私は定期的に買わないとすぐキツくなっちゃうからいいよー!」

「新手のいじめかなんか?」

 いつものように一々弄ってくる三人に抗議の目を向けながらも足取りはエスカレーターへ直進する。

 菜々は二階、エスカレーター正面に広がる洋服屋の敷地に入ると、個々でウロウロするだけの一同とは違い慣れた様子で店内を見て回り始めた。

「これ可愛い!」とか「オシャレー!」といった反応はせず、どちらかと言えば興味なさげに目を通していくような感じだ。

「服が好きって言ってましたけど、実際そうでも無いんですかね」

 そんな菜々の様子を見て、刀也は首を傾げ緑に耳打ちするが……。

「そう思うなら、もう一度菜々を見てみろ」

 緑は菜々にも聞こえるような声で呆れたように返した。

「んん? ……いえ、私にはどうに……も……」

「気づいたか?」

「洗練されている……だと……! ?」

 刀也は気づく。そう、ただ見ているだけに見える菜々の動きは洗練されたものだった。

 何度も同じ服は見ない。視界が重ならないように目と首を動かし、左右を同時に見ながら移動している。
 更に自分に合いそうなジャンルだけをピックアップ。合わないジャンルは切り捨てていく。頭の中では高速で自分の着せ替えを行っているのだ。

「菜々は何十回とここに来ているからな。無駄がない」

「ある意味プロですね」

 数分で店を半周した菜々はとある場所で立ち止まる。

 一つの服を見つめた後、それを手に取り合わせるようにして次々と靴や小物を買っていく。今回はそのどれもが黒い。

 そうして、真剣な表情で着替え室に入っていってしまった。残された緑と刀也は待っていても暇なので、別に行動をとることにした。

「……少し、長くなりそうだな。丁度いい、男物のパンツが欲しかったんだ。付き合ってはくれないか?」

「男物の? なぜです?」

「ちょっと私の身体は特殊でな……と言えば分かるか」

 緑が言いにくそうにすると、刀也はすぐにふたなりの事だと察した。

「あ、ああー……分かりました」

「ありがとう。一人ではああいう場所は入り辛くて……」

 緑は刀也と共に下着を見に行った。その間、菜々は手早く買う予定の服装にチェンジしていく。

 腕の半分程まであるぴったりとした、二の腕部分に横にスリットの入ったシャツと、胸元が大きく開いたベスト。
 チョーカーに銀色の錨を模したネックレス。
 白いストライプが横に入った短いアームカバー。
 ヒラヒラした超ミニのティアードスカートと、右だけ蝶のガーターが付いたニーハイ。
 足の甲が大きく開いたメリージェーンのヒールを履き、ワックスでコーティングした、小さなリュックサックであるデイパックを肩に掛けている。

 最後に口紅を少し濃くして、ソフトなパンク風に仕上げた菜々はカーテンを自信たっぷりに開けた。

「……なんで誰もいないのよ」

 緑が待っていると思っていたのに、他人さえいなくてガッカリする。

「信じらんな……」

「おお、着替え終わってたのか。すまんすまん」

 悪態をつこうとした瞬間に、ようやく待っていた人影が服の海の向こうから現れた。

「遅いのよ。で、どう?」

「ん? いつも通り可愛いと思うぞ」

「もう一声」

「似合ってる」

「もっと!」

 褒められた分得意げな顔をして次の言葉を煽る。だがここで緑が菜々に近づき、正面から顔を近づけ耳元で甘く囁いた。

「……大人っぽくてセクシーだ」

「……あ、ありがと」

(俺もしかして邪魔かな……?)

 声のトーンを落とし、口説くように。自分から求めたくせに恥ずかしくなった菜々は急に顔を赤くして俯いてしまい、完全に蚊帳の外へ追いやられた刀也は離れるか否か思案する。

 しかし刀也が居づらそうにしているのに気づいた緑が、先に声をかけた。

「おっと、隊長さんがご不満のようだ。そろそろお昼だし、行こう菜々」

「あ、あら、ごめんなさいね」

「いえ、お気になさらず……仲が良いんですねえ」

「うむ、人生のパートナーだからな」

「じじじえっ、じぇんせぇい! ?」

「……菜々、冗談だ」

「ぅわ、分かってるわよ!」

「痛い痛い」

「ははは……」

「隊長さんも笑わないで!」

 囁かれた時より更に顔を赤く染めて緑をドツキながら歩き始めた。



 目の前でガスの青い火が点き、熱気を吹き上げた。

 昼ご飯をどこで食べるのか、歩き回って決めたのはここ、たむら。北海道直送が売りの焼肉屋だ。荒獣侵攻後は流通が滞りがちなためか流石に全てとはいかず、近場で生産された牛肉を使っている少し安いメニューもある。

「では、いただきます」

 刀也の静かな「いただきます」に続き、残り九人がそれぞれに感謝の言葉を口にし、早速肉を焼き始めた。

「ふわああ! 今すぐたべたーい!」

「奈津美、腹壊すぞ」

「レアってのも美味しいと思うけどねえ。ねえレモン?」

「わっ、私は何でも……確かに生も食べ慣れてはいますが、あんまり美味しいものでは……」

「私はミディアムが好み。ていうかそういう料理じゃないでしょ」

「私もミディアムが好きだぞ」

 どの焼き加減が好きか談義で盛り上がり始めるハンター達に対し、男達は静かに焼き始めていた。

「あ、自分焼きますよ」

「いや、俺は俺の分を焼く」

「私はあまり食べませんので、お気になさらず。むしろ焼きますよ」

 刀也が気を利かせたが、良太郎はあくまで自分で焼きたいらしく、申し出を拒否した。逆に誠一郎にトングを取られてしまう。

「枝豆だけじゃやってらんないっす」

「酒飲みてえなあ」

「お前ら一応仕事中だぞ」

 そして誠一郎からトングを取り返す前に、ボヤく二人の処理に追われた。

「そういえば……良太郎と言ったか?」

 ふと何かを思い出した緑が肉の様子を見ている良太郎に声をかける。良太郎は肉から目を離さず応答した。

「あん?」

「お前達、今日から新しく配属される強いハンターっていうのを知っているか?」

「なんだそりゃ」

 良太郎は顔をしかめるが、誠一郎は呆れたように目を瞑った。

「良太郎さん……知らないはず無いでしょう。書類だけですが、見ています」

「そうなのか! ?」

 ライバル意識を燃やす緑は、何か情報が得られると思うと声が上ずった。

「俺は、弱っちいのはすぐ忘れる質だからよ。覚えてねえや」

「弱い?」

「ああ、ありゃ弱いね。如何にもお嬢ちゃんって感じよ。教科書暗記できます、だけど仕事はできません、だな」

「……?」

 良太郎の言ってる事がよく分からず、誠一郎に目線で助けを求める。

「物事が上手くいってる時は優秀ですが、意図していない事態には無力、とも言えますね」

「誠一郎、それを無能っつーんだわ」

「なるほど、良く分からん」

 誠一郎のフォローも虚しく、堂々と分からないと言い放つ緑。だが良太郎が言った直喩でようやく理解したようだった。

「公務員気質って事だよ」

「!」

「緑、アンタそこで納得するのもどうなのよ……」

 自分も公務員なのだが、公務員気質と端的に返されて手の平と拳を重ね合わせる緑。それでいいのか。
 因みに、公務員気質と返した良太郎も公務員である。お前らそれでいいのか。

「なんだ、やはり弱いな! 恐るるに足らず、だ!」

「そうやって油断して、ボロボロにされても知らないわよ」

「ふっふっふ、私が完全体になればもうそんな事はありえない!」

「……」

 完全に油断し切っている緑にどこかムカついた菜々は、無言で網の上にあった肉を取り、素早く口の中に収めてしまった。

「んっ? あ! おい! 勝手に食べるな! そのタン私のだぁ!」

「んー! べー、飲み込んじゃったわよ」

「あー! ずるいぞ! くそー……タンなら全部同じだ! こうしてやる!」

「んんー! ?」

 涙目の緑は牛の舌の代わりと言わんばかりに菜々の口に吸い付き、舌を絡ませる。
 ディープキスは二秒、三秒と続き遂には皆の目の前で……。

「ってなにやってんのよ!」

「ぐはっ」

 それ以上には至らず、菜々が乱暴に押しのけた。

「馬鹿じゃないの、もー!」

「す、すまない。成り行きで……」

「なにが成り行きよ、全く。……はい、あんたの分」

 菜々は恥ずかしい思いをしたため口では文句を言っているが、嬉しいのは嬉しいのか網の上にある肉を取ると、緑の取り皿に乗せる。

「菜々……残しておいてくれたのか……っ!」

「はーいはいそれ以上引っ付くんじゃないわよ。……あの、なんで皆さん笑って……?」

 もう一回抱きついて来ようとする緑を制止していた菜々が、目の前で居心地良さそうに笑う三人衆を睨む。

「いやあ……」

「良いもの見せて貰ったなあって」

「思いまして……」

「「「……あああああああ!」」」

 菜々は幸せそうに笑う三人の目の前で、もう一度金網の上に箸を踊らせ肉を奪った。

「罰としてこの肉は全て私が食べます」

「ご、ご無体な!」

「許してくださいよう」

 いい歳して少女相手に頭を下げる男達。だが菜々は冷徹であった。

「嫌です」

「そんなー」

 菜々にとっては好意を持つ相手との絡みを、どんな理由であれ笑って見られるのは恥ずかしい事だったのだろう。立場上は上であるという権利を振り回し、理不尽に美味しい肉を奪取した彼女は、それを食べるとようやく笑顔を取り戻した。

 一方、楽とレモンは他と交わらず二人だけの空間を満喫していた。

「……レモン?」

「はい、何ですか?」

「楽しい?」

 酷く短い質問。心配している証拠。

 楽が真横でがっつく奈津美を無視してこんな質問をしたのは、別のテーブルからレモンに対して向けられる視線に気付いたからである。

 荒獣に対する敵対心とそれを煽るプロパガンダが合わさり、無害なカムカムでさえも恐怖と迫害の対象になり得る。せめてレモンがハンターとして戦い、その様子が全国に知られれば少しは違うのかもしれないが……。

 楽がレモンを実戦に参加させたがっているのには、こう考えているからでもある。
 そんな気持ちを汲んだのか、レモンは即答した。

「楽しいですよ」

「……レモン、僕が注意してきてもいい。多少名前は知られている僕が行けば、収まるかもしれない」

「……ありがとうございます。ですが、それでは反発されるかもしれません。楽様を危険に晒すわけにはいきません」

「そっか……レモン?」

 清楚に気丈に振る舞う彼女。それでも、いやそうやって無理をしているからこそ、見えない様に楽の着ている服の袖を強く握りしめる。

「確かに、想像よりずっと辛いです……皆さんの言った通りでした。けど……この視線を全部好意の視線に変えられたらどれだけ楽しいですかね?」

「っ……」

 野心的に笑う彼女は、幼い身なりながらにも必ず自分を世間に知らしめる計画を、頭の中で着々と立てていたのであった。

 楽とレモンの話が聞こえてくるが、そこに混ざるのは無粋として無視する空挺三人衆。不意に僧帽が刀也に声をかけた。

「隊長」

「なんだマイティ」

 菜々に取られたので仕方なく肉を焼き直している刀也が、少しムスリとした様子で返す。

「良太郎さんの話聞く感じだと、やっぱり俺らの護衛対象って……お嬢様ですよね?」

「ああ、もう一人の『護衛対象兼通常戦闘員』の事か。多分な」

「金髪縦ロールとか護るんですか?」

 隼が冗談混じりに刀也へ聞くと、機嫌の悪そうな顔が少し緩んだ。

「ばーか隼。アニメの見すぎだ。……とはいえ、そういう感じの女の子を護るって考えた方が分かりやすいな。失敗したら……」

「首が飛びますね」

「ミスは許されないっすよ」

「やべえな……」

 三人は最初に聞いていた話より重い任務だった事に気づき始め、黙りこくってしまう。が、顔を突き合わせて暫く黙っていたかと思えば、今度は一斉にニヤニヤと笑い出した。

「いや……」

「いやいや……」

「いやいやいや……」

「失敗したら首が飛ぶ?」

「ミスは許されない?」

「やべえ仕事?」

「今更すぎんだよ」

「聞き飽きたってやつだな」

「今回も上手くやれる。そうだろ? 何たって俺達が……」

「「「一番やべえ奴らなんだからよ!」」」

 元々難しい任務に、更に癖のある護衛対象。それでも彼らは諦めない。

 精鋭無比、それが彼らのスタンスだ。
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