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大洗港奪還作戦
93体目 スピードガールズSerious 1
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彼女は椅子から身を起こし、頭部を覆っていたVRを脱ぐ。長い黒髪が重力に従い腰元まで踊り落ちて最後にポンと跳ねた。
「ふう……」
ニュルブルクリンク北コースでクラッシュした緑であったが、その後の作戦経路シュミレーションにも元気に参加。1位の座を狙い壮絶なバトルを繰り広げたのだった。
勝利と敗北……久々に、その二つを何度も繰り返す濃厚な時間を過ごした緑は薄っすらと笑って、疲れているようなそれでいて楽しげな表情を見せている。
「いやーみんなお疲れ様ー!」
テンションの高い声がレースを終えた全員を労う。声の主は最前列に置かれたテーブルの上に紙の束を置き、忙しそうに用件だけを伝えた。
「もう一度アンケートを取るから、机に置いてある紙に書いてね! 明日以降の要請は禁止でーす! 作戦開始までは一週間から二週間ないくらいだから、それまでに車の特性に慣れといてね! はいじゃあ書いてー!」
西はいつも通りのハイテンションで騒がしく部屋を出ていく。七人は前に移動してそれぞれにペンを取り、アンケート用紙に要望を書くと静かに部屋を出ていった。
……内三枚には大きな字でこう書かれている。
「馬力」と。
緑たちがVR空間で激しいレースを繰り広げているころ。
陸佐は「ハンター管理部」と黒地に白文字で書かれた細長い表札を掲げたドアをノックした。「はい」とハリのあるしっかりした女性の声が返ってくる。
「入るぞ、神谷くん」
「陸佐……件の話ですか」
黒髪を短く切りそろえ、正規の軍服を着こみツリ目を細くして書類仕事をしているのは神谷遥。
ハンター管理部は各ハンター情報の管理やハンター同士の関係の把握、ハンター採用試験の実施の他、女の子の日を考慮してピルの供出やシフト作成などを主な業務内容にしている。
更に必要があれば個々人のメンタルヘルスケアなどを行うこの部署で遥は働いている。
今は他の者は別の所に行っているようだが、本来は多数の人員がPCの画面を睨み頭脳をフル回転させている場所だ。
陸佐は自分よりも背の高い遥の横にパイプ椅子を持ってきて座り、腕を組んで向き合った。
「うむ。我々は準備でき次第大洗に向かう予定だ。さらにその先……大きな作戦が待っている。分かっているとは思うが、四天王の負担軽減にも強いハンターが複数必要だ」
「仰る通りです」
「ん。で、正直採用状況どう?」
陸佐は仰々しく現状確認をするが、すぐに面倒みの良さそうなおじさんの笑顔を覗かせて神谷をリラックスさせる。
「芳しくありません。今回の育成課程修了試験の合格者は一名のみ」
「うわ……八の聞き間違いではなく?」
「ヒト、です」
絶望的な数字に頭を抱える陸佐。修了試験は年に何度かやってるとはいえ、この数ではいつか四天王制度すら崩壊しかねない。
難しそうな顔をする陸佐に、神谷は一つ朗報を伝える。
「ですので現在、夜の仕事……性交渉を生業としている女性にスカウトをかけています。前々から行ってはきましたが、あのような細々としたものではなく今回は全員に定型文のメールを送っています」
「おお、それは心強い。そういう人達は慣れてるだろうしね。そうか、だから皆出張っているのだな」
「私も後日、説明を行っています。既に、数名に採用通知を送っています。ただ、そういう業界が人手不足に陥るのでは無いかとは思いますが」
「まあ、皇都が陥落しては意味が無い。そこは我慢してもらおう」
報告を聞いて一安心した陸佐は、いつの間にか前傾になっていた身体を戻し椅子を軋ませ深く腰掛けた。
「しかし、今回の作戦には間に合いそうにはありません。新規で正式にハンターとして入隊できたのは一人だけです」
「ん、まあでも後釜が確保出来たのは嬉しいよ。大丈夫、今回の作戦は現状戦力でも十分間に合うよ」
遥は良くやってくれていると判断した陸佐は彼女を労い、だが内心は悩みながら部屋を後にした。
最後の調節から九日が経った。
全員が何度も何度も、何度も作戦に使う経路を走り込み、内容を頭に叩き込んだ。曲がる場所、気をつけるべきカーブ、速度を落とす場所、ドリフトが有効な場所、激しい凹凸……全てを。
無人機が経路上に荒獣がいない事を確認し、作戦が実行に移される。倉庫の中では全員が最終確認を終えた。
「では、開始しよう」
「はい、と言いたいところだが……」
緑はさも当然のように音頭を取る男を見て言った。
「なぜ大佐がここに?」
「なぜか、だと? ははは……私も行くからだ」
「なぜ」
眉をひそめて食って掛かる緑。それに対し、陸佐は適当な理由を答えた。こんな時ばっかりは肝が据わっているらしい。
「軍艦も大洗港に閉じ込められているからな。開放されたあと、軍艦が出航するにあたって色々と必要なのだよ。まあ運転は西くんに任せるから、心配しないでくれ」
(ようは行きたいだけか……後ろで指揮していてくれれば一番ありがたいのだが)
強引な理由付けに気づきつつも、それ以上は反論しなかった。
緑と陸佐の話が終わるのを待って、次に菜々が敵意むき出しで唸る。
「ところであんたはなんでいるのよ」
「あの霧が荒獣だった場合! いや、きっと荒獣だ! 霧型の荒獣なんて初めてじゃないか! こんな素晴らしいサンプルに興味を覚えないなんてありえないんだよ!」
八雲は警戒されているというのに、そんなことは意にも介さずかなりうるさく興奮気味に答えた。
「はあー……研究者様は気楽でいいわね。もしもん時に守るこっちの身になりなさいよ」
「おや、守ってくれる気があるのかい?」
「あんたがその立場じゃなけりゃ、私の手で絞め殺してるわよ!」
「はっはっは。否定しないんだね。いやー僕は嬉しいよ、紅菜くんがツンデレで……ほんの冗談だよ……」
下から睨み上げる菜々の、今にも噛みついてきそうな気迫は流石に怖かったのか音量が尻すぼみになる。
「あのね……」
「そこまでだ」
陸佐が菜々と八雲の間に割って入る。
「時間になった。全員車に乗ってくれ……健闘を祈る」
陸佐の言葉に全員が無言で敬礼し、各々の車に乗り込んだ。陸佐はそれを見ると、西の元へ歩き出す。
「さて、私が乗る車はこれかな」
「そうです! 日本のスーパーカー、LFAです! 今回は防弾仕様にしました!」
「ふむ、カッコいいな。期待している」
「お任せあれ!」
二人はメタリックグレーのスーパーカーに乗り込み、エンジンをかけた。
「僕も乗ることにしよう」
八雲は軽のスポーツカー、S660に乗り込む。
すべての車が準備を整えた。
車内に取り付けられた無線機が作戦開始を伝える。
『MCV発進、速度は40kmを維持してください』
けたたましい音を立てて機動戦闘車がゆっくりと滑り出す。下り坂で見えなくなり、音が遠のいていった。
そのきっかり三十秒後、陸佐の乗ったLFAと護衛のWRX、及びRX-8の発進が指示される。
十秒後、八雲の乗ったS660が。
そして、更に十秒後。
『残りの全車両、発進。速度は40kmで揃えてください』
この時を待っていた七台が、滑らかに進み始めた。
「ふう……」
ニュルブルクリンク北コースでクラッシュした緑であったが、その後の作戦経路シュミレーションにも元気に参加。1位の座を狙い壮絶なバトルを繰り広げたのだった。
勝利と敗北……久々に、その二つを何度も繰り返す濃厚な時間を過ごした緑は薄っすらと笑って、疲れているようなそれでいて楽しげな表情を見せている。
「いやーみんなお疲れ様ー!」
テンションの高い声がレースを終えた全員を労う。声の主は最前列に置かれたテーブルの上に紙の束を置き、忙しそうに用件だけを伝えた。
「もう一度アンケートを取るから、机に置いてある紙に書いてね! 明日以降の要請は禁止でーす! 作戦開始までは一週間から二週間ないくらいだから、それまでに車の特性に慣れといてね! はいじゃあ書いてー!」
西はいつも通りのハイテンションで騒がしく部屋を出ていく。七人は前に移動してそれぞれにペンを取り、アンケート用紙に要望を書くと静かに部屋を出ていった。
……内三枚には大きな字でこう書かれている。
「馬力」と。
緑たちがVR空間で激しいレースを繰り広げているころ。
陸佐は「ハンター管理部」と黒地に白文字で書かれた細長い表札を掲げたドアをノックした。「はい」とハリのあるしっかりした女性の声が返ってくる。
「入るぞ、神谷くん」
「陸佐……件の話ですか」
黒髪を短く切りそろえ、正規の軍服を着こみツリ目を細くして書類仕事をしているのは神谷遥。
ハンター管理部は各ハンター情報の管理やハンター同士の関係の把握、ハンター採用試験の実施の他、女の子の日を考慮してピルの供出やシフト作成などを主な業務内容にしている。
更に必要があれば個々人のメンタルヘルスケアなどを行うこの部署で遥は働いている。
今は他の者は別の所に行っているようだが、本来は多数の人員がPCの画面を睨み頭脳をフル回転させている場所だ。
陸佐は自分よりも背の高い遥の横にパイプ椅子を持ってきて座り、腕を組んで向き合った。
「うむ。我々は準備でき次第大洗に向かう予定だ。さらにその先……大きな作戦が待っている。分かっているとは思うが、四天王の負担軽減にも強いハンターが複数必要だ」
「仰る通りです」
「ん。で、正直採用状況どう?」
陸佐は仰々しく現状確認をするが、すぐに面倒みの良さそうなおじさんの笑顔を覗かせて神谷をリラックスさせる。
「芳しくありません。今回の育成課程修了試験の合格者は一名のみ」
「うわ……八の聞き間違いではなく?」
「ヒト、です」
絶望的な数字に頭を抱える陸佐。修了試験は年に何度かやってるとはいえ、この数ではいつか四天王制度すら崩壊しかねない。
難しそうな顔をする陸佐に、神谷は一つ朗報を伝える。
「ですので現在、夜の仕事……性交渉を生業としている女性にスカウトをかけています。前々から行ってはきましたが、あのような細々としたものではなく今回は全員に定型文のメールを送っています」
「おお、それは心強い。そういう人達は慣れてるだろうしね。そうか、だから皆出張っているのだな」
「私も後日、説明を行っています。既に、数名に採用通知を送っています。ただ、そういう業界が人手不足に陥るのでは無いかとは思いますが」
「まあ、皇都が陥落しては意味が無い。そこは我慢してもらおう」
報告を聞いて一安心した陸佐は、いつの間にか前傾になっていた身体を戻し椅子を軋ませ深く腰掛けた。
「しかし、今回の作戦には間に合いそうにはありません。新規で正式にハンターとして入隊できたのは一人だけです」
「ん、まあでも後釜が確保出来たのは嬉しいよ。大丈夫、今回の作戦は現状戦力でも十分間に合うよ」
遥は良くやってくれていると判断した陸佐は彼女を労い、だが内心は悩みながら部屋を後にした。
最後の調節から九日が経った。
全員が何度も何度も、何度も作戦に使う経路を走り込み、内容を頭に叩き込んだ。曲がる場所、気をつけるべきカーブ、速度を落とす場所、ドリフトが有効な場所、激しい凹凸……全てを。
無人機が経路上に荒獣がいない事を確認し、作戦が実行に移される。倉庫の中では全員が最終確認を終えた。
「では、開始しよう」
「はい、と言いたいところだが……」
緑はさも当然のように音頭を取る男を見て言った。
「なぜ大佐がここに?」
「なぜか、だと? ははは……私も行くからだ」
「なぜ」
眉をひそめて食って掛かる緑。それに対し、陸佐は適当な理由を答えた。こんな時ばっかりは肝が据わっているらしい。
「軍艦も大洗港に閉じ込められているからな。開放されたあと、軍艦が出航するにあたって色々と必要なのだよ。まあ運転は西くんに任せるから、心配しないでくれ」
(ようは行きたいだけか……後ろで指揮していてくれれば一番ありがたいのだが)
強引な理由付けに気づきつつも、それ以上は反論しなかった。
緑と陸佐の話が終わるのを待って、次に菜々が敵意むき出しで唸る。
「ところであんたはなんでいるのよ」
「あの霧が荒獣だった場合! いや、きっと荒獣だ! 霧型の荒獣なんて初めてじゃないか! こんな素晴らしいサンプルに興味を覚えないなんてありえないんだよ!」
八雲は警戒されているというのに、そんなことは意にも介さずかなりうるさく興奮気味に答えた。
「はあー……研究者様は気楽でいいわね。もしもん時に守るこっちの身になりなさいよ」
「おや、守ってくれる気があるのかい?」
「あんたがその立場じゃなけりゃ、私の手で絞め殺してるわよ!」
「はっはっは。否定しないんだね。いやー僕は嬉しいよ、紅菜くんがツンデレで……ほんの冗談だよ……」
下から睨み上げる菜々の、今にも噛みついてきそうな気迫は流石に怖かったのか音量が尻すぼみになる。
「あのね……」
「そこまでだ」
陸佐が菜々と八雲の間に割って入る。
「時間になった。全員車に乗ってくれ……健闘を祈る」
陸佐の言葉に全員が無言で敬礼し、各々の車に乗り込んだ。陸佐はそれを見ると、西の元へ歩き出す。
「さて、私が乗る車はこれかな」
「そうです! 日本のスーパーカー、LFAです! 今回は防弾仕様にしました!」
「ふむ、カッコいいな。期待している」
「お任せあれ!」
二人はメタリックグレーのスーパーカーに乗り込み、エンジンをかけた。
「僕も乗ることにしよう」
八雲は軽のスポーツカー、S660に乗り込む。
すべての車が準備を整えた。
車内に取り付けられた無線機が作戦開始を伝える。
『MCV発進、速度は40kmを維持してください』
けたたましい音を立てて機動戦闘車がゆっくりと滑り出す。下り坂で見えなくなり、音が遠のいていった。
そのきっかり三十秒後、陸佐の乗ったLFAと護衛のWRX、及びRX-8の発進が指示される。
十秒後、八雲の乗ったS660が。
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