君の思い出

生津直

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第1章 護衛

5  対応

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 九月五日。再び長尾がやってきた。コンビニで調達したらしき食料を床にどさっと置く。

「連中、動きないみたいじゃん。まあ、ないに越したことはないけど」

 浅葉はそれには答えず、

「ちょっと出てくる。二十分頼む」

と長尾に声をかける。

「オッケー」

「油断するなよ」

と言い残して浅葉が出ていくと、長尾はつぶやいた。

「珍しいな。お出かけか」

 十五分ほどで戻ってきた浅葉は、ベッドに座っている千尋の目の前に黒いレジ袋をひょいと置き、そのままバスルームへと消えた。

 袋の中をのぞいてみると、生理用ナプキンとその夜用。白い箱入りの頭痛薬と、服に貼るタイプの使い捨てカイロ。さらに、千尋の好きなイチゴの粒が入ったホワイトチョコ。そういえばナプキンも普段使っているブランドだ。

 千尋の素性すじょうには当然調べが入っているはずだが、警察とは参考人の日用品の好みまで細かく調べるものなのだろうか。千尋はほとんど自動的に、呟くように言った。

「浅葉さんって……どんな人ですか?」

「見たまんまだよ。つまんない男。仕事はできるってタイプ」

 そう言う長尾に、袋の中からホワイトチョコのパッケージを取り出して振ってみせる。

「あ……へえー」

と、長尾は目を丸くする。他に何が入っているのか見せてやりたいと思いながら、千尋は何とか踏みとどまった。長尾とて刑事なのだから、黒いビニール袋と浅葉の急な外出でとっくに中身を察しているだろうが。

「そういや、一緒にいろんな現場行くけど、いざ必要になったら桁違けたちがいにできんだよな、あいつ。あっちがなのか、もしかして。ほら、俺らプライベートはお互いノータッチだからさ」

「できるって?」

「なんつーの、ほら、レディーファースト的な」

「へえ」

 およそそんな風には見えない。むしろ浅葉はそういうことにはうとそうなイメージだが……。

「まあ、浅葉が本気出したら俺なんかとてもかなわんな。あいつのはアメリカ仕込じこみだから」

「アメリカ?」

「うん。高校、大学とあっちなんだよね。俺なんかオールジャパンだし、高卒だし、しかも不良の巣窟そうくつみたいなとこだったからさ。せいぜいこんなもんよ」

と、自分が買ってきた雑多ざったなコンビニ菓子の山をあごで示し、ガハハと笑う。

「いえ、いつもおいしくいただいてます。ありがとうございます。長尾さんのお陰で少しでも話し相手ができて、ほんと助かってます」

 それは本音だった。

 そこへ、いつも通り手早くシャワーを浴びた浅葉が、首にタオルを掛け、ワイシャツの一番上のボタンを開け、すそを出したまま出てきた。長尾はその顔を見て、カミソリでひげるジェスチャーをしてみせる。浅葉は、それもそうか、という風にあごでながら、再びバスルームに消えた。

「ごめんね、あんなんで」

と長尾が笑う。

「この手の仕事の時はいつもこうだからさ。気にしないで」

「レディー扱いはこれで十分です」

 千尋は先ほどのチョコを掲げて微笑む。

 間もなく、伸び放題だった髭を綺麗に剃り落とした浅葉が現れた。

「寝ていいか? 二時間」

 そう言うなり、壁際に丸まっていた寝袋を引っ張ってきてもぐり込む。

「はいよ」

と、長尾が一応窓の外を確認して戻ってきた時には、浅葉はもう寝入っているようだった。

「早っ!」

 千尋が思わず呟くと、

「いつでもどこでも寝れる人」

と長尾が応じる。

 長尾に頼んでもよかったはずのナプキン調達を、気分転換がてらにせよ何にせよ、みずからしてくれた浅葉のことが、千尋はよくわからなくなっていた。考えまいとはするものの、浅葉のことをますます意識してしまう。しかし、どんな扱いを受けても、それは業務の一環でしかない。そう自分に言い聞かせようとすればするほど、のどの奥がきゅっと締め付けられるようだった。



 その晩、音のないテレビを眺めていた千尋はふと思い立ち、相変わらずパソコンに向かっている背中に声をかけた。

「浅葉さんって……」

 これが雑談のたぐいであることを察知したのだろうか。返事がない。

「彼女いるんですか?」

 画面を見ながら首をさすっていた浅葉の手が止まった。二呼吸分の間が空く。そして、低い声がまるで独り言のように呟いた。

「なんでお前にそんなこと聞かれなきゃならないんだ」

 千尋が黙って観察していると、浅葉は、

「立場をわきまえて発言してくれ」

と壁を向いたままなく言い、首をひねってグキッと鳴らした。

「早く寝ろ」

とパソコンを閉じ、足元のかばんから書類の束を取り出すと、それを読むともなしに眺め始める。千尋は、その問いの答えがどうであれ、初めて浅葉を動揺させることに成功した気がして、内心得意になっていた。
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