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第3章 蜜月
43 不安
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クリスマスイブはカップルで過ごすものと相場が決まっている。千尋の周囲も例外ではない。
去年のイブには、そういう相手がいない者同士、二十人ほどで開かれた飲み会に千尋も参加した。今年は、千尋はどうせデートでしょ、と、その種のイベントに誘われることもないまま二十三日を迎えてしまった。
千尋の周囲の男たちに対する浅葉流の牽制パフォーマンスとも取れる、先日の「お見送り」。目撃したのはサークルの後輩二人組だけではなかったらしく、学科の方でも「千尋=彼氏あり」との認識が定着しつつあった。
千尋はクリスマスにさほどこだわっているわけではないが、一人で家にいるのも何だか湿っぽい気がして、イブにはバイトを入れた。もともとシフトが入っていない日だったが、急遽申し出てみると、案の定とても喜ばれた。二十四日は当然誰もが休みたがるため、数週間前から臨時で入れる人を募集していたのだ。
ファミレスで働き、賄いを食べてイブを乗り切った後は、年末年始の予定を埋めることにした。今年は少し長めに実家に帰るか、と思い立ち、母に連絡。それから地元に残っている友達の忘年会に参加宣言をし、何人かとは個別に会う約束も取り付けた。
次々と人に会って忙しくしていれば大丈夫、と自分に言い聞かせる。もともと会うペースは月一がやっとだったし、ちょこちょこかかってきていた電話がしばらくなくなるというだけ。二度と会えないと思って過ごしたあの一ヶ月に比べれば大したことはないはず……。
一月四日。実家から戻ると、アパートの郵便受けに年賀状が届いていた。ざっと十通程度だろうか。近頃はメールで「あけおめ」が主流で、わざわざハガキを出すのは少数派。千尋も親戚の他は大学の教授に数枚出した程度だった。
部屋に上がって一枚ずつ見ていくと、祖父母にいとこ、高校時代の同級生。あとは大学関係だ。
その中に、高遠義則の名を見付けた。ポップな干支のデザインに、手書きで「今年もよろしくね」の一言。コンビニか郵便局で買ったような既製のハガキとあっさりしたメッセージは、彼なりに気を遣った結果だろう。
千尋は実家に帰っていたので参加していないが、毎年恒例のサークル忘年会は千尋の恋の噂から皆の恋バナ大会に発展したらしい。出席した何人かがメールでそう知らせてきていた。当然、義則の耳にも入っているだろう。
もしはっきりと告白などされていたら、はっきりと振らなくてはならないところだった。そうなる前にこちらに相手ができて、それがうまいこと噂になってくれてよかった、と千尋は安堵していた。
二月四日。浅葉から何の連絡もないまま一ヶ月半が経った。彼、そのままフェードアウトする気なんじゃないの、という友人もいた。浅葉のことを知りもしない人々からの勝手な雑音に惑わされたくはないが、千尋は、このまま本当にそれっきりになってしまうのではという不安に駆られた。
電話しようかと何度も考えた。しかし、家に帰る頻度以上に出先から電話をくれていたことを考えれば、家に帰るまで見ない携帯に着信を残しても意味がない。わかってはいる一方で、信じて待つという決意が何度も揺らいだ。
ちょっと聞き分け良すぎない? という友人の言葉につい頷きそうになるが、ここで何度も電話をかけたりしてアピールしたところで、浅葉にストレスを与えるだけだ。
浅葉も世の人々と同様、自分の仕事に理解を示さない相手とはやっていけないはず。しかしその理解には想像以上の忍耐が要ることを、千尋は今痛感していた。そうでなければこれほどの男がそうそう一人でいるはずがない。
これまで幾多の女たちがその条件を満たせず浅葉と別れてきたはずだと勝手に想像し、私は違う、と意地になっている自分にも千尋は気付いていた。何をしても楽しくないし、空しい。浅葉に再び会えるまでの時間を埋めることだけが全ての目的になりつつあった。
二月十日。大学は春休みに入り、友達はこぞってスキーだの海外旅行だのに出発した。千尋も去年は格安ツアーを利用し、男女四人組で韓国に行ったが、今年はいつ突然会えるかわからない浅葉のため、大きな予定は入れたくなかった。
千尋は一人で時間を過ごすのが比較的苦にならない方だが、映画でも、と思っても、携帯の電源を切っている間に電話が入ったらと気が気でなく、つい敬遠してしまう。
バイト中も、レジ裏に置いてある携帯を何度も見ずにはいられない。思えば、浅葉と同じ時間と空間を最も長く共有したのは、あの護衛用のアパートだった。あれが恋人としての一週間だったらどんなに幸せだったか……。
去年のイブには、そういう相手がいない者同士、二十人ほどで開かれた飲み会に千尋も参加した。今年は、千尋はどうせデートでしょ、と、その種のイベントに誘われることもないまま二十三日を迎えてしまった。
千尋の周囲の男たちに対する浅葉流の牽制パフォーマンスとも取れる、先日の「お見送り」。目撃したのはサークルの後輩二人組だけではなかったらしく、学科の方でも「千尋=彼氏あり」との認識が定着しつつあった。
千尋はクリスマスにさほどこだわっているわけではないが、一人で家にいるのも何だか湿っぽい気がして、イブにはバイトを入れた。もともとシフトが入っていない日だったが、急遽申し出てみると、案の定とても喜ばれた。二十四日は当然誰もが休みたがるため、数週間前から臨時で入れる人を募集していたのだ。
ファミレスで働き、賄いを食べてイブを乗り切った後は、年末年始の予定を埋めることにした。今年は少し長めに実家に帰るか、と思い立ち、母に連絡。それから地元に残っている友達の忘年会に参加宣言をし、何人かとは個別に会う約束も取り付けた。
次々と人に会って忙しくしていれば大丈夫、と自分に言い聞かせる。もともと会うペースは月一がやっとだったし、ちょこちょこかかってきていた電話がしばらくなくなるというだけ。二度と会えないと思って過ごしたあの一ヶ月に比べれば大したことはないはず……。
一月四日。実家から戻ると、アパートの郵便受けに年賀状が届いていた。ざっと十通程度だろうか。近頃はメールで「あけおめ」が主流で、わざわざハガキを出すのは少数派。千尋も親戚の他は大学の教授に数枚出した程度だった。
部屋に上がって一枚ずつ見ていくと、祖父母にいとこ、高校時代の同級生。あとは大学関係だ。
その中に、高遠義則の名を見付けた。ポップな干支のデザインに、手書きで「今年もよろしくね」の一言。コンビニか郵便局で買ったような既製のハガキとあっさりしたメッセージは、彼なりに気を遣った結果だろう。
千尋は実家に帰っていたので参加していないが、毎年恒例のサークル忘年会は千尋の恋の噂から皆の恋バナ大会に発展したらしい。出席した何人かがメールでそう知らせてきていた。当然、義則の耳にも入っているだろう。
もしはっきりと告白などされていたら、はっきりと振らなくてはならないところだった。そうなる前にこちらに相手ができて、それがうまいこと噂になってくれてよかった、と千尋は安堵していた。
二月四日。浅葉から何の連絡もないまま一ヶ月半が経った。彼、そのままフェードアウトする気なんじゃないの、という友人もいた。浅葉のことを知りもしない人々からの勝手な雑音に惑わされたくはないが、千尋は、このまま本当にそれっきりになってしまうのではという不安に駆られた。
電話しようかと何度も考えた。しかし、家に帰る頻度以上に出先から電話をくれていたことを考えれば、家に帰るまで見ない携帯に着信を残しても意味がない。わかってはいる一方で、信じて待つという決意が何度も揺らいだ。
ちょっと聞き分け良すぎない? という友人の言葉につい頷きそうになるが、ここで何度も電話をかけたりしてアピールしたところで、浅葉にストレスを与えるだけだ。
浅葉も世の人々と同様、自分の仕事に理解を示さない相手とはやっていけないはず。しかしその理解には想像以上の忍耐が要ることを、千尋は今痛感していた。そうでなければこれほどの男がそうそう一人でいるはずがない。
これまで幾多の女たちがその条件を満たせず浅葉と別れてきたはずだと勝手に想像し、私は違う、と意地になっている自分にも千尋は気付いていた。何をしても楽しくないし、空しい。浅葉に再び会えるまでの時間を埋めることだけが全ての目的になりつつあった。
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千尋は一人で時間を過ごすのが比較的苦にならない方だが、映画でも、と思っても、携帯の電源を切っている間に電話が入ったらと気が気でなく、つい敬遠してしまう。
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