爆弾拾いがついた嘘

生津直

文字の大きさ
3 / 118
第1章 弟子入り

3  授業

しおりを挟む
 深さ三メートルの作業ごうの中に、三人の男たち。その表情には緊張感こそあれ、一様に冷静さが見て取れる。明るいオレンジ色の作業服と同色のヘルメットは、不発弾処理業者のトレードマーク。

 彼らの視線の先には、すっかりびついて周囲の土の色に溶け込んだ一トン級の不発弾がある。直径六十五センチ、長さ一メートル半。爆発すれば半径五百メートルを優に吹き飛ばす殺戮さつりく兵器だ。

弾底だんてい信管、回転、始め!」

 一人が指示を出し、残りの二人がそれを復唱して、弾底の信管に手をかけた。

 刹那せつな、空気が張り詰める。回し始めが最も危険であることは誰もが承知だ。信管に取り付けられたレンチが、ゆっくりと動かされる。

 回転が四十五度を超えたところで動きが止まり、

「四十五度完了!」

の声。

 それを聞くや、固唾かたずを呑んでその映像を見守っていた一希たちにも安堵が広がった。

 過去の処理現場で撮影された資料映像の緊迫感は、作業員の卵たち二十数名の穏やかな呼吸を奪うに十分だった。しかし、その先の作業風景はカットされてしまったらしく、次に映し出されたのは信管が抜かれる瞬間。最終的に十二回転半させたという字幕が出てきたから、その間の十二回転以上が丸々割愛かつあいされたことになる。誰よりも真剣に見入っている一希は当然不服だった。

 それ以降の処理の様子も、実際の所要時間のイメージすら湧かないほどに短く編集されていた。間もなく、作業担当者や映像製作者の名前がスクリーンを横切り始め、教室の蛍光灯がいた。

「先生」

と、一希がすかさず手を挙げると、土橋どばし教官はちらりとこちらを見て、すぐに視線を落とす。あわよくば無視したいという本心が見え見えだ。

 一希の周囲からは「またあいつかよ」、「今度は何だよ」と、うんざりムードでささやき合う生徒たちの声。一希はしかし、この手の聞こえよがしの非難にはいい加減慣れつつあった。

「先生、質問があるんですけど」

 土橋がようやく顔を上げた。

「何だね」

 返事とともに漏れ聞こえたため息は、この際無視する。

「あの、こういう風に編集されていない、最初から最後まで全部丸まんまの作業映像っていうのはないんですか?」

「見たことないねえ。あったとしても、そんなもん二時間も三時間も見てられんからね」

「られますよ! だってさっき、信管から一回手が離れた後、次はもう抜く瞬間だったし……これじゃ、その間に何が起きたのか全然わかりませんよね。あと、もうちょっと全体を映してくれたらいいのに。処理士がアップで映ってる間、補助士は何してるんだろう、とか……」

「大したことはしとらんから映っとらんのだろう。下っは所詮、あれ持って来いこれ持って来いとか、伝令だとかにあごで使われるのがせいぜいだ」

 苦虫を噛み潰したようにぼやく土橋も、決して生徒たちのやる気をくじきたいわけではないはずだ。おそらくは自身の若かりし日の実体験にすぎない。

「あと、そもそも爆弾をあの穴にどうやって下ろしたのかとか、終わった後の引き上げなんかも写真でしか見たこと……」

「吊り上げて運ぶのは基本的に軍の仕事だ。処理士が安全を確認してゴーサインを出す。補助士には関係ない」

「いや、関係ないことはないと思いま……」

「教材に不満があるなら、校長に言いなさい、校長に」

 一希は口をつぐんだ。実は、教材や指導内容について校長にはとっくに文句を言いに行っている。が、「少しでもわかりやすいよう最善を尽くした結果がこの選択だ」との返答。

 これが技術訓練校の最善なら、全ては資格を取って現場に出てから学べと言われているに等しい。つくづくがっかりだ。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

罪悪と愛情

暦海
恋愛
 地元の家電メーカー・天の香具山に勤務する20代後半の男性・古城真織は幼い頃に両親を亡くし、それ以降は父方の祖父母に預けられ日々を過ごしてきた。  だけど、祖父母は両親の残した遺産を目当てに真織を引き取ったに過ぎず、真織のことは最低限の衣食を与えるだけでそれ以外は基本的に放置。祖父母が自身を疎ましく思っていることを知っていた真織は、高校卒業と共に就職し祖父母の元を離れる。業務上などの必要なやり取り以外では基本的に人と関わらないので友人のような存在もいない真織だったが、どうしてかそんな彼に積極的に接する後輩が一人。その後輩とは、頗る優秀かつ息を呑むほどの美少女である降宮蒔乃で――

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

靴屋の娘と三人のお兄様

こじまき
恋愛
靴屋の看板娘だったデイジーは、母親の再婚によってホークボロー伯爵令嬢になった。ホークボロー伯爵家の三兄弟、長男でいかにも堅物な軍人のアレン、次男でほとんど喋らない魔法使いのイーライ、三男でチャラい画家のカラバスはいずれ劣らぬキラッキラのイケメン揃い。平民出身のにわか伯爵令嬢とお兄様たちとのひとつ屋根の下生活。何も起こらないはずがない!? ※小説家になろうにも投稿しています。

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます

結城芙由奈@コミカライズ3巻7/30発売
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります> 政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

屈辱と愛情

守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。

苺の誘惑 ~御曹司副社長の甘い計略~

泉南佳那
恋愛
来栖エリカ26歳✖️芹澤宗太27歳 売れないタレントのエリカのもとに 破格のギャラの依頼が…… ちょっと怪しげな黒の高級国産車に乗せられて ついた先は、巷で話題のニュースポット サニーヒルズビレッジ! そこでエリカを待ちうけていたのは 極上イケメン御曹司の副社長。 彼からの依頼はなんと『偽装恋人』! そして、これから2カ月あまり サニーヒルズレジデンスの彼の家で ルームシェアをしてほしいというものだった! 一緒に暮らすうちに、エリカは本気で彼に恋をしてしまい とうとう苦しい胸の内を告げることに…… *** ラグジュアリーな再開発都市を舞台に繰り広げられる 御曹司と売れないタレントの恋 はたして、その結末は⁉︎

巨乳すぎる新入社員が社内で〇〇されちゃった件

ナッツアーモンド
恋愛
中高生の時から巨乳すぎることがコンプレックスで悩んでいる、相模S子。新入社員として入った会社でS子を待ち受ける運命とは....。

処理中です...