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第1章 弟子入り
7 一歩前進
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「探査済みの区域というのは、もちろん年々増えていきますよね?」
「そりゃそうだな」
「処理士や補助士の仕事がなくなることはそうそうないとは聞いてますけど、実際どうなんでしょうか? 不発弾の絶対数は確実に減っていくわけですから……」
「現時点で地中に埋もれてる数は数十万とも数百万とも言われてるが、それだって国内だけでの話だ。世界にはまだまだ技術者が足りない地域が山ほどある」
「古峨江はその点、激戦区ですよね」
内戦で特に激しい空襲を受け、不発弾が多数埋もれている。ここ数年は人口急増による建築ラッシュのため、地中からの不発弾の発見件数もうなぎ上りだ。そのため、全国から処理士や補助士とその志望者が集まってくる土地でもある。
「まあ見方によるな。補助士とか駆け出しの処理士なんかは数も多いが、安く使えるだけあって需要が高いから結構忙しそうだぞ。ただし、中堅と呼ばれるぐらいの処理士になると、徐々に現場を離れる奴が増えてはくる」
「離れるっていうのは……」
「もともと副業を持ってた奴がそっちに専念したり、教官とか試験官になったりな」
「ああ、なるほど」
「どこへでも引っ越す覚悟があって、体力と技能が続く限りは、少なくとも向こう百年二百年の間に現場から追い出されることはないだろう。まあ、そもそも使える人材である場合の話だが」
(使える人材……)
技術職である以上、それが大前提であることは一希も覚悟しているが、覚悟と自信はまた別の話だ。
「新藤さんも、いずれは他の土地に……」
と言いかけてしまってから、個人的なことに首を突っ込みすぎだと反省する。しかし、新藤は気分を害した様子はなかった。
「まあ状況次第だな。よっぽどうまい話でもなきゃ、こいつを手放してまでは動かんだろう」
新藤は視線の先にある鉄扉を顎で示した。自宅に併設された処理室だ。
「自前の処理施設ってのは当然ないよりあった方が有利だからな。埜岩基地でも必要に応じて施設を貸し出してはいるが、装備開発とか他の用途にも使ってるから、いつでも空いてるわけじゃない」
なるほど。施設を持っているからこそ取れる仕事もあるということだ。
「それに、他に移ったところで、一トン超えとかカルサ級がゴロゴロ出る土地ってのはそうそうない。呼ばれた時にその都度出張に出る方が理に適ってる」
カルサは大型爆弾の代名詞だが、中身の複雑さでも知られている。しかも、投下時の不発率が比較的低かったため、不発弾として見付かる頻度も低い。こういった珍しい兵器ほど、処理には高い技術を要する。地元の処理士が対応しかねれば、遠方の新藤のような一流技術者にお呼びがかかるのだろう。下々の処理士たちとはわけが違う。
「そういえば三年ぐらい前、室芳でクラス三のカルサの安全化をされてましたよね」
業界情報は小学生の頃からくまなくチェックしてきた。特徴的な事例はひと通り頭に入っている。
お世辞にも表情豊かとは言えない新藤が、わずかに眉を上げた。
「懐かしいな。室芳は初めてだったが、風光明媚で魚もうまかった。なかなかの好待遇でな」
新藤ぐらいのレベルになれば、年中引っ張りだことはいかずとも、その分単価が高い。ぽつりぽつりと入る仕事を受けながら自主探査を続ければ、十分暮らしていけるのだろう。
「探査の仕事も、見学できるのは補助士試験合格者だけですよね?」
「ああ、そうだ」
「でも、立ち入り禁止区域の外からだったら、野次馬が眺めることもありますよね?」
「まあ、そういう人の気配すらないド田舎も多いけどな」
「十五日の探査はどこなんですか?」
カレンダーに書かれた丸印。十五日の二重丸の中には「17」と書かれている。夕方五時から探査、という意味だろうと想像がついた。
「見に来る気か?」
「もちろん立ち入り禁止区域には入りません。お邪魔はしませんから」
「しかし、いくら入学したばかりでも、探査の大まかな手順を全く知らんわけじゃないだろう? 遠目に見て役立つようなことは何もないと思うぞ」
「役立ちます!」
つい興奮が声に出てしまう。一希はコホンと咳払いをし、落ち着きを装って言い直した。
「役立ちます。本物の作業を見てみたいだけなんです。お願いします」
新藤の目はしばし一希の上にとどまり、不意に壁の方を向いた。
「二十一日はどうだ?」
「えっ?」
慌ててカレンダーを見ると、ただの丸に「9」だ。
「は、はい、ぜひ!」
火曜日だから朝九時は授業中だが、新藤の探査を見学できるとなれば優先順位は明白。
「十五日のは山間部だから見通しが悪い。二十一日なら川沿いだ。少し下流の対岸からなら、面白いかどうかは別としてそれなりに見えると思うが」
「ありがとうございます。よろしくお願いします!」
新藤建一郎の実務をついにこの目で見学できる。たとえ単純な探査だろうと構わない。新藤から場所の指示を受け、一希は嬉々として家路についた。
* * * * * *
「そりゃそうだな」
「処理士や補助士の仕事がなくなることはそうそうないとは聞いてますけど、実際どうなんでしょうか? 不発弾の絶対数は確実に減っていくわけですから……」
「現時点で地中に埋もれてる数は数十万とも数百万とも言われてるが、それだって国内だけでの話だ。世界にはまだまだ技術者が足りない地域が山ほどある」
「古峨江はその点、激戦区ですよね」
内戦で特に激しい空襲を受け、不発弾が多数埋もれている。ここ数年は人口急増による建築ラッシュのため、地中からの不発弾の発見件数もうなぎ上りだ。そのため、全国から処理士や補助士とその志望者が集まってくる土地でもある。
「まあ見方によるな。補助士とか駆け出しの処理士なんかは数も多いが、安く使えるだけあって需要が高いから結構忙しそうだぞ。ただし、中堅と呼ばれるぐらいの処理士になると、徐々に現場を離れる奴が増えてはくる」
「離れるっていうのは……」
「もともと副業を持ってた奴がそっちに専念したり、教官とか試験官になったりな」
「ああ、なるほど」
「どこへでも引っ越す覚悟があって、体力と技能が続く限りは、少なくとも向こう百年二百年の間に現場から追い出されることはないだろう。まあ、そもそも使える人材である場合の話だが」
(使える人材……)
技術職である以上、それが大前提であることは一希も覚悟しているが、覚悟と自信はまた別の話だ。
「新藤さんも、いずれは他の土地に……」
と言いかけてしまってから、個人的なことに首を突っ込みすぎだと反省する。しかし、新藤は気分を害した様子はなかった。
「まあ状況次第だな。よっぽどうまい話でもなきゃ、こいつを手放してまでは動かんだろう」
新藤は視線の先にある鉄扉を顎で示した。自宅に併設された処理室だ。
「自前の処理施設ってのは当然ないよりあった方が有利だからな。埜岩基地でも必要に応じて施設を貸し出してはいるが、装備開発とか他の用途にも使ってるから、いつでも空いてるわけじゃない」
なるほど。施設を持っているからこそ取れる仕事もあるということだ。
「それに、他に移ったところで、一トン超えとかカルサ級がゴロゴロ出る土地ってのはそうそうない。呼ばれた時にその都度出張に出る方が理に適ってる」
カルサは大型爆弾の代名詞だが、中身の複雑さでも知られている。しかも、投下時の不発率が比較的低かったため、不発弾として見付かる頻度も低い。こういった珍しい兵器ほど、処理には高い技術を要する。地元の処理士が対応しかねれば、遠方の新藤のような一流技術者にお呼びがかかるのだろう。下々の処理士たちとはわけが違う。
「そういえば三年ぐらい前、室芳でクラス三のカルサの安全化をされてましたよね」
業界情報は小学生の頃からくまなくチェックしてきた。特徴的な事例はひと通り頭に入っている。
お世辞にも表情豊かとは言えない新藤が、わずかに眉を上げた。
「懐かしいな。室芳は初めてだったが、風光明媚で魚もうまかった。なかなかの好待遇でな」
新藤ぐらいのレベルになれば、年中引っ張りだことはいかずとも、その分単価が高い。ぽつりぽつりと入る仕事を受けながら自主探査を続ければ、十分暮らしていけるのだろう。
「探査の仕事も、見学できるのは補助士試験合格者だけですよね?」
「ああ、そうだ」
「でも、立ち入り禁止区域の外からだったら、野次馬が眺めることもありますよね?」
「まあ、そういう人の気配すらないド田舎も多いけどな」
「十五日の探査はどこなんですか?」
カレンダーに書かれた丸印。十五日の二重丸の中には「17」と書かれている。夕方五時から探査、という意味だろうと想像がついた。
「見に来る気か?」
「もちろん立ち入り禁止区域には入りません。お邪魔はしませんから」
「しかし、いくら入学したばかりでも、探査の大まかな手順を全く知らんわけじゃないだろう? 遠目に見て役立つようなことは何もないと思うぞ」
「役立ちます!」
つい興奮が声に出てしまう。一希はコホンと咳払いをし、落ち着きを装って言い直した。
「役立ちます。本物の作業を見てみたいだけなんです。お願いします」
新藤の目はしばし一希の上にとどまり、不意に壁の方を向いた。
「二十一日はどうだ?」
「えっ?」
慌ててカレンダーを見ると、ただの丸に「9」だ。
「は、はい、ぜひ!」
火曜日だから朝九時は授業中だが、新藤の探査を見学できるとなれば優先順位は明白。
「十五日のは山間部だから見通しが悪い。二十一日なら川沿いだ。少し下流の対岸からなら、面白いかどうかは別としてそれなりに見えると思うが」
「ありがとうございます。よろしくお願いします!」
新藤建一郎の実務をついにこの目で見学できる。たとえ単純な探査だろうと構わない。新藤から場所の指示を受け、一希は嬉々として家路についた。
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