18 / 118
第1章 弟子入り
16 任命
しおりを挟む
新藤は早くも部品の回収にかかろうとする。一希は食い下がった。
「せめて牽引側のセットだけでも……」
「もういいと言ってるだろ。悪いが、実技には最初から期待してないんだ」
「えっ? でも、設定しろって……」
「土橋の言う通りだな」
「ど、土橋って……もしかして土橋先生、ですか?」
「ああ。お前がどんな生徒か、電話で聞いた。口答えばかりでいつまで経っても前に進まん奴だと嘆いてたぞ」
確かに思い当たる節はあるが……。
「すみません。でも、決して口答えしてるつもりはないんです。本当にわからなくて……。単純なことならまだいいんですけど、ほら、例外とか変則的なこととか、いろいろあるだろうなあと思って、じゃあこういう場合はどうなんだろう、とか、こないだはああ言われたけどあれとは違うのかなあ、っていう純粋な不明点を確認したいっていうか……」
「お前にとっては純粋な疑問かもしれんが、誰も口にしない疑問をたった一人がぶつければ、『素直じゃない』とか『面倒な奴だ』と思われるのが世間じゃ普通なんだ」
確かに、「細かいことは気にしなくていい」、「難しく考えるな」、と教師からストップをかけられるのは小学校の頃からだ。疑問を放置しておけない自分の思考や行動があまり普通でないことは、薄々自覚してはいた。
ふと気付くと、新藤の目がまっすぐこちらを見ていた。そして、まさかの宣告。
「お前は向いてない。今すぐ中退しろ」
「えっ!? ちょっ、ちょっと待ってください!」
慌てふためいた一希は思わず新藤に駆け寄り、ぺこりと頭を下げた。
「すみません。あの、これからはちゃんと……黙ってやります。質問もしないようにします……なるべく」
すると、頭上から新藤の声が降ってくる。
「質問をするなと誰が言った?」
「え?」
「世間では疎まれると言っただけだ。あいにく俺は世間代表じゃない」
「はあ……」
一希は理解しかねた。
「早川は決して悪い学校じゃないが、人間には向き不向きがある。お前にとっては時間と金の無駄だ。今すぐ辞めてうちに来い」
「え……今、何て?」
「お前がこの間からしつこく語ってた望みを叶えてやる」
「えっ? 本当ですか!?」
「お前をただ働きの使いっ走りに任命する。感謝しろ」
「あ、でも、学校を辞めるというのは……」
「学校で学べることは全部俺が教えてやる。雑用の報酬の代わりだ。質問はしたいだけいくらでもしろ」
(えっ、……えっ?)
思ってもみなかった事態に、腰が抜けそうになる。
「ただし、俺の小間使いは忙しいぞ。公民館と食堂の仕事も辞めてもらう」
そこではたと気付く。その二つが、今の一希にとっては収入の全てだ。
「あの……すみません、先日、親の貯金なんて言葉を出してしまったんですが、実は大した額じゃなくて」
よく考えたら、学校を中退するとなれば今の寮にも住めなくなるのだ。
新藤は土嚢を模した布袋を回収しながら、ついでのように言った。
「奥の四畳半を空けてやる。まあ広くはないが、今が寮なら大差ないだろう」
「えっと、それって……」
(ここに住む、ってこと!?)
「贅沢はできんが、生活費は丸ごと面倒見てやる。その代わり、お前がやると宣言したことは全部こなしてもらうぞ。荷物運びに片付け、帳簿管理、留守番、掃除、洗濯、お使い、だったな?」
(そんなに言ったっけ? すごい記憶力……)
「気に入らないなら無理にとは言わん」
「いえ、とんでもない! お願いします! やらせてください!」
「よし。じゃあ、まずは学校とアルバイトを辞めてこい」
「はい!」
一希は、夢ではないのかと瞬きを繰り返した。望みを叶えるどころではない。はるかに上回る展開だ。
「荷物は? 引っ越し屋までは要らんだろ?」
「はい。食器と鍋釜が少しと、衣類と本ぐらいですかね。あとは細々としたものばかりで」
「わかった。準備ができたら電話しろ」
新藤はポケットから取り出したメモ帳に番号を書きつけ、ちぎって一希に渡した。
「ありがとうございます。どうぞよろしくお願いします!」
新藤建一郎の電話番号。電話帳から控えてあるし、とっくに暗記してもいる。しかし、改めて本人の直筆で受け取ることには予想以上の感慨があった。
* * * * * *
「せめて牽引側のセットだけでも……」
「もういいと言ってるだろ。悪いが、実技には最初から期待してないんだ」
「えっ? でも、設定しろって……」
「土橋の言う通りだな」
「ど、土橋って……もしかして土橋先生、ですか?」
「ああ。お前がどんな生徒か、電話で聞いた。口答えばかりでいつまで経っても前に進まん奴だと嘆いてたぞ」
確かに思い当たる節はあるが……。
「すみません。でも、決して口答えしてるつもりはないんです。本当にわからなくて……。単純なことならまだいいんですけど、ほら、例外とか変則的なこととか、いろいろあるだろうなあと思って、じゃあこういう場合はどうなんだろう、とか、こないだはああ言われたけどあれとは違うのかなあ、っていう純粋な不明点を確認したいっていうか……」
「お前にとっては純粋な疑問かもしれんが、誰も口にしない疑問をたった一人がぶつければ、『素直じゃない』とか『面倒な奴だ』と思われるのが世間じゃ普通なんだ」
確かに、「細かいことは気にしなくていい」、「難しく考えるな」、と教師からストップをかけられるのは小学校の頃からだ。疑問を放置しておけない自分の思考や行動があまり普通でないことは、薄々自覚してはいた。
ふと気付くと、新藤の目がまっすぐこちらを見ていた。そして、まさかの宣告。
「お前は向いてない。今すぐ中退しろ」
「えっ!? ちょっ、ちょっと待ってください!」
慌てふためいた一希は思わず新藤に駆け寄り、ぺこりと頭を下げた。
「すみません。あの、これからはちゃんと……黙ってやります。質問もしないようにします……なるべく」
すると、頭上から新藤の声が降ってくる。
「質問をするなと誰が言った?」
「え?」
「世間では疎まれると言っただけだ。あいにく俺は世間代表じゃない」
「はあ……」
一希は理解しかねた。
「早川は決して悪い学校じゃないが、人間には向き不向きがある。お前にとっては時間と金の無駄だ。今すぐ辞めてうちに来い」
「え……今、何て?」
「お前がこの間からしつこく語ってた望みを叶えてやる」
「えっ? 本当ですか!?」
「お前をただ働きの使いっ走りに任命する。感謝しろ」
「あ、でも、学校を辞めるというのは……」
「学校で学べることは全部俺が教えてやる。雑用の報酬の代わりだ。質問はしたいだけいくらでもしろ」
(えっ、……えっ?)
思ってもみなかった事態に、腰が抜けそうになる。
「ただし、俺の小間使いは忙しいぞ。公民館と食堂の仕事も辞めてもらう」
そこではたと気付く。その二つが、今の一希にとっては収入の全てだ。
「あの……すみません、先日、親の貯金なんて言葉を出してしまったんですが、実は大した額じゃなくて」
よく考えたら、学校を中退するとなれば今の寮にも住めなくなるのだ。
新藤は土嚢を模した布袋を回収しながら、ついでのように言った。
「奥の四畳半を空けてやる。まあ広くはないが、今が寮なら大差ないだろう」
「えっと、それって……」
(ここに住む、ってこと!?)
「贅沢はできんが、生活費は丸ごと面倒見てやる。その代わり、お前がやると宣言したことは全部こなしてもらうぞ。荷物運びに片付け、帳簿管理、留守番、掃除、洗濯、お使い、だったな?」
(そんなに言ったっけ? すごい記憶力……)
「気に入らないなら無理にとは言わん」
「いえ、とんでもない! お願いします! やらせてください!」
「よし。じゃあ、まずは学校とアルバイトを辞めてこい」
「はい!」
一希は、夢ではないのかと瞬きを繰り返した。望みを叶えるどころではない。はるかに上回る展開だ。
「荷物は? 引っ越し屋までは要らんだろ?」
「はい。食器と鍋釜が少しと、衣類と本ぐらいですかね。あとは細々としたものばかりで」
「わかった。準備ができたら電話しろ」
新藤はポケットから取り出したメモ帳に番号を書きつけ、ちぎって一希に渡した。
「ありがとうございます。どうぞよろしくお願いします!」
新藤建一郎の電話番号。電話帳から控えてあるし、とっくに暗記してもいる。しかし、改めて本人の直筆で受け取ることには予想以上の感慨があった。
* * * * * *
0
あなたにおすすめの小説
罪悪と愛情
暦海
恋愛
地元の家電メーカー・天の香具山に勤務する20代後半の男性・古城真織は幼い頃に両親を亡くし、それ以降は父方の祖父母に預けられ日々を過ごしてきた。
だけど、祖父母は両親の残した遺産を目当てに真織を引き取ったに過ぎず、真織のことは最低限の衣食を与えるだけでそれ以外は基本的に放置。祖父母が自身を疎ましく思っていることを知っていた真織は、高校卒業と共に就職し祖父母の元を離れる。業務上などの必要なやり取り以外では基本的に人と関わらないので友人のような存在もいない真織だったが、どうしてかそんな彼に積極的に接する後輩が一人。その後輩とは、頗る優秀かつ息を呑むほどの美少女である降宮蒔乃で――
里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます
結城芙由奈@コミカライズ3巻7/30発売
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります>
政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・?
※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
与兵衛長屋つれあい帖 お江戸ふたり暮らし
かずえ
歴史・時代
旧題:ふたり暮らし
長屋シリーズ一作目。
第八回歴史・時代小説大賞で優秀短編賞を頂きました。応援してくださった皆様、ありがとうございます。
十歳のみつは、十日前に一人親の母を亡くしたばかり。幸い、母の蓄えがあり、自分の裁縫の腕の良さもあって、何とか今まで通り長屋で暮らしていけそうだ。
頼まれた繕い物を届けた帰り、くすんだ着物で座り込んでいる男の子を拾う。
一人で寂しかったみつは、拾った男の子と二人で暮らし始めた。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
エリート警察官の溺愛は甘く切ない
日下奈緒
恋愛
親が警察官の紗良は、30歳にもなって独身なんてと親に責められる。
両親の勧めで、警察官とお見合いする事になったのだが、それは跡継ぎを産んで欲しいという、政略結婚で⁉
愛しているなら拘束してほしい
守 秀斗
恋愛
会社員の美夜本理奈子(24才)。ある日、仕事が終わって会社の玄関まで行くと大雨が降っている。びしょ濡れになるのが嫌なので、地下の狭い通路を使って、隣の駅ビルまで行くことにした。すると、途中の部屋でいかがわしい行為をしている二人の男女を見てしまうのだが……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる