爆弾拾いがついた嘘

生津直

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第1章 弟子入り

20 始動

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 新藤邸に迎えられた一希の最初の仕事は、自分が使う布団ふとんを干すことだった。

 一希が居候いそうろうすることになる「奥の四畳半」は洋間だった。「空けてやる」と簡単に言うぐらいだから物置にでもしていたのかと思えば、新藤が寝室として使っていたのだそうだ。確かに、正面の窓際にはシングルベッド。新藤自身はこれからどうするのかと聞けば、座敷で寝るという。

 三和土たたき仕上げの土間より一段高い廊下が奥へと伸び、左手に風呂とトイレ、右手にはまずその座敷がある。その隣が台所で、廊下からの入口は別になっているが、入ってみると座敷との間は曇りガラスの入った格子戸で仕切られ、続き間のようになっていた。

 廊下は常に土足で歩くというわけではなく、引っ越し当日のあれは、すぐにまた土間に下りるとわかっている時に限った行動だったらしい。

 住み込み初日早々、やることは山ほどあった。まずは長らくとどこおっていたらしき居住空間の掃除。車の荷台の工具類はきれいに片付いていたし、ちょっとした作業場になっているらしき土間を取り巻く棚も見事に整頓されている割に、仕事以外を目的とする部屋の汚れようには目を見張るものがあった。

 いや、片付けは決して苦手ではないらしく、新聞は新聞、雑誌は雑誌でまとめられ、衣類もまだ着るつもりなのであろうものと洗うべきものは一応分けてある。しかし、埃やクモの巣はちょっとした見世物みせもののレベルだ。

 浴室と台所に至っては、細部に目をつぶり、とりあえず使えるようにするのが精一杯だった。空腹を感じる余裕もなかったが、昼に出前が届くと、一希も新藤とあまり変わらないスピードで平らげてしまった。

「お食事は普段どうされてるんですか?」

「どうって?」

「お台所はあまり……使われていないのかなと思いまして」

 ほこりの積もったコンロが、つい先ほどまでその事実を切なげに訴えていた。

「調理にという意味なら、使うことはほぼ皆無だ。大抵はここの出前だからな。まあ、たまには店を変えることもあるが、他はどうしても割高でな」

「ここの出前」というのは、しっかりと鶏出汁とりだしいた芋粥いもがゆと、外はこんがり中はふっくらの焼きます、そして多彩で飽きの来ない山菜のおひたし。それらに新藤の冷蔵庫から出てきた漬物を添えて食べた。献立は質素ながら、出前にしては栄養バランスはできすぎなぐらいだし、味も文句なし。これで他より安上がりなら、確かに習慣になってしまうのもうなずける。

 しかし、独身男の家に転がり込んでおいて、毎日毎晩出前を取らせるというのはいかがなものか。それに、一希は家事の中でも料理には特に自信があった。

 流しに皿を下げに向かう新藤の後ろ姿に声をかける。

「もしよかったら、明日から私、作ります」

「ん? 炊事をするとは言ってなかったと思うが」

「そう、でしたっけ?」

 そうか、あの時点ではまさか居候することになるとは思ってもみなかったから……。

「でも、出前ばかりじゃ飽きるでしょうし、長期的にはきっと自炊の方が安く済みますよね」

「まあ、余裕があるならそうしてくれ」

「ちなみに、どういうものがお好きですか?」

「別に何でも構わん」

と言い残して去っていきそうになる新藤を慌てて呼び止める。

「あの、お買い物はどうすれば……」

 振り向いた新藤は無言でしばし考えていたが、間もなく結論を一希に告げた。

「生活費の収支はお前に任せる。月ごとに二人分、現金で渡すことにしよう。その範囲でやりくりしてくれ。そうだ、こいつを……」

と、テレビ台の引き出しを探り出す。取り出されたのは、鍵。

「玄関の鍵だ。金は明日の晩までには用意しておく」

「あ、はい。ありがとうございます」

 急遽きゅうきょ重大な責任を負うことになった一希は、新藤流の家計簿を引き継ぎ、光熱費の目安や期日、支払い方法などの説明を受けた。

 家事以外で一希に予定されているのは、契約書や領収書の整理、新藤の出動記録と今後の予定の確認、その合間に電話の取り次ぎ、備品の発注。



 晩は昼食とともに鍋ごと届いていたらしき出前の豚汁を温め、大皿に並べられたお握りと一緒に食べた。梅にシャケにおかか。外側にも少し具が付いているのは中身がわかるようにという配慮だろう。なかなか気の利いた食堂だ。豚汁もごま油とにんにくの香りが絶妙で、何杯でも食べられそうなおいしさ。領収書には「食事どころナガイ」とある。

 新藤は立ったまま豚汁を一杯掻き込んだだけで、台所から出ていこうとする。お腹はもう……と言いかけた一希と目が合うと、一歩下がり、頭から足元までしげしげと眺めた。一希は赤面してうつむく。

(まさか……本当にねんごろな展開に!?)
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