爆弾拾いがついた嘘

生津直

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第3章 血の叫び

76 月夜

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 現場に出ての補助実務でだいぶふところうるおい始めた頃、一希はついに自分用の車を与えられた。新藤のものとほぼ同じ大きさの、白い軽トラだ。

 もちろん中古だが、状態は良好。補助士が持ち歩く工具の数は知れているものの、どうせなら最初から長く使えるものを買っておこうという新藤の配慮だった。実は運転免許を持っていないと打ち明けて新藤に唖然とされ、車選びのかたわら教習所に通わせてもらった。

 檜垣との仕事以来、一希が埜岩から一目置かれるようになったせいか、例の腰掛け軍員たちの嫌がらせも目に見えて下火になった。

 現場で出会う処理士や補助士たちは、何となくよそよそしい人と、他の同業者たちと同じように一希にも接してくれる人が半々ぐらいだろうか。一希が新藤建一郎に弟子として認められていることに敬意を払い、一希自身の知識量や腕前にも素直に感心してくれる人は意外と多かった。

 安全化作業をともにする顔触れは、打ち合わせの時点で極力打ち解けておこうという雰囲気があり、これにも一希は救われていた。考えてみれば、命を預け合う間柄あいだがら。無用な敵対心を誰もが避けようとするのは自明の理とも言える。

 模型での予行練習時に、お互いの能力の程度は大体わかるものだ。何か不安な点があれば年齢や経験の差など気にせず必ず口に出せと新藤から釘を刺されているし、実際そのような暗黙の了解が感じられた。

 そんな空気の中、一希ばかりが質問攻めにうことは少なくない。どうしてこの職業を選んだのか、新藤のもとでどんな修業を積んできたのか、これまでにどんな実務を経験したか、結婚する気はあるのか、結婚したら仕事はどうするつもりなのか……。

 一希は内心うんざりしつつもそれらに答えていくうち、次第にそのありがたみを理解していった。埜岩のいわの一部の軍員や学校の教官、世間の一般人たちの腹の底で渦巻いているであろう軽蔑や嘲弄ちょうろうに比べれば、処理士や補助士たちが率直にぶつけてくれる疑問のいかに清々すがすがしいことか。

 ともすれば、周りよりも一希自身の方が必要以上に性差を意識していると気付かされることもしばしば。いつか新藤に言われた、偏見を捨てることの難しさを改めて感じる。

 信頼関係を築こうという意思をもち、人となりを知ろうとしてくれる彼らに、一希はいつしか感謝し始めていた。おごらず、かといって卑屈にもならず、真摯に堂々とこたえることが一希なりの誠意だ。



 日中の日差しはまだまだ厳しいが、夜にはだいぶ涼しい風が吹くようになった。

 車の運転が加わったことを除けば、表面上はこれまでと大差ない日常。だが、一希は自分がため息ばかりついていることを自覚していた。な一希のあくまで個人的な希望をあれほど熱心に満たそうとしてくれた新藤を、もはや純粋に師匠としては見られなくなっていた。

 職業上の師に対し、一個人として、しかも女としての感情を抱いてしまうなど、後ろめたさの極みだ。まだまだ修業途上の身で、そんなことにうつつを抜かしている場合ではないのに。

 この気持ちを当人に知られたら、相手にされないどころか軽蔑されかねない。最悪の場合、縁を切られるかもしれない。そうなれば仕事にも多大な悪影響が及ぶ。

 いざ実行するかどうか、一希は直前まで迷った。握った右手を開いてはまた握るの繰り返し。こんなものを残して一人眠れぬ床にくより、ここで待っていて一目だけでも姿を見たい。一つ屋根の下に暮らして毎日顔を合わせていてすらそんなことを考えてしまうというのは、もはや何かの病気としか思えなかった。

 最終的には、このままでは仕事に集中できなくなるという不安に背中を押された。決して欲張るつもりはない。きちんとけりを付けたいだけ。

 ぐずぐずしていたら処理室から出てきてしまう。座卓の横に畳まれた布団に、薄めの枕が斜めに載っている。一希はその上で、握り締めたこぶしをそっと開いた。オレンジ色のボタンがぽとんと落ちる。

 あいにくの雨で、月は見えない。それでも頭上にあるはずの真ん丸な月を思いながら、一希はすっかり「自室」と呼べるようになった四畳半に引き取り、冷えたベッドに潜り込んだ。

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