爆弾拾いがついた嘘

生津直

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第3章 血の叫び

77 訃報

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 翌日、歯医者と美容院の後、早めの昼食と買い物を済ませて帰宅した一希は、玄関の鉄扉を開いた瞬間、いない、と直感した。気配か物音、さもなければ処理室の赤ランプで、新藤が在宅の時は大抵すぐにわかる。

 早朝から監督役でデトンの安全化に出かけ、一希が起きた時にはもういなかったため、今日はまだ顔を合わせていなかった。

 それにしても、とっくに帰宅しているべき時間だ。いつもの寄り道にしては長い。一希は黙って気をもむぐらいならと、電話番号簿をった。埜岩の担当直通の番号にかける。

〈業務管理、東山ひがしやまです〉

「あ、お世話になっております、不発弾補助士の冴島です。あの、処理士の新藤が今日デトンの安全化をうけたまわってるはずなんですが、ちょっと戻りが遅いようで……」

〈ああ、お陰さんで無事片付いて、現場はもう引けてますよ。ブツも届いてます〉

「そう、ですか。わかりました。すみません、お騒がせして……」

〈あ、そうそう、ついでにちょっとお尋ねしますがね。来週のザンピの交代要手配ってメモが入っとるんですが、これ新藤さんでお間違いないですか?〉

「えっと……」

 カレンダーを見ると、確かに一週間後にザンピードが予定されている。

「あ、交代、ですか? 私は特に聞いてませんが」

〈あ、そう。いや実は電話受けたのが新入りの名前になっとるもんで、もしかしたら補助士の安藤あんどうさんとごっちゃになったかと思いましてね。ま、二時の会議で話が出るでしょうから、いいですわ〉

 とりあえず礼を述べて電話を切った一希は、妙な胸騒ぎを覚えた。帰りが遅いのもその件と関係があるのではないか。例の偏頭痛なら座敷で寝ているはずだし、一週間後の休みを今から取ることはないだろう。ただごとではない。そう直感した。

 買い物袋の中身を片付けながら、もしや昨日残したボタンのせいではあるまいかと不安に駆られる。

 気もそぞろなまま洗濯物を取り込んでいると、電話が鳴った。急いで受話器を取る。

「はい、新藤です」

〈冴島、俺だ〉

「先生! どうされました?」

〈……悪い知らせがある〉

 一希は呼吸を整えて待った。

〈菊乃婆さんが……〉

 嫌な予感ほど的中する。

〈今朝、亡くなった〉

 一希は首を振って否定した。新藤にはどうやらそれが見えたらしい。しばし事実を呑み込む時間が与えられた。息を吸った瞬間、一希の喉からヒッと高い音が漏れた。

〈くも膜下出血、だそうだ〉

 そんな言葉には何も感じなかった。理由が何であれ、もう生きていないのだということを理解するだけで精一杯だった。

(どうして? どうして……あんなに元気だったのに)

 電話の向こうに新藤がいると思うと余計に泣けてくる。

〈冴島〉

(先生……)

 声を出そうとして咳き込み、そのはずみでいくらか正気を取り戻した。

「先生、今どちらに?」

日代平ひよだいらだ。三男の家に集まってる〉

 新藤は現場から直接向かったのだろうが、これから通夜だ葬儀だとなれば、何日かは帰ってこないだろう。身の回りの物を届けてやらなくていいだろうか、と案じたその時、

〈お前も見送ってやれ〉

「あ……はい、もちろんです」

 葬儀の日時や斎場の名前をメモしなければと手を伸ばしたが、その必要はなかった。

〈日没前には埋葬される〉

(……え?)

〈日没自体は五時過ぎだが、四時にはこの家を出て墓地に向かう〉

 反射的に壁の時計を見上げたが、現在時刻の情報は一希の頭に入ってこなかった。日の入り前に埋葬。亡くなったのが夜間であれば翌朝の日の出より前に。スム族の流儀だ。もっとも、近年では伝統にこだわらず、ワカと同様に火葬を選ぶ者も出てきていると聞くが。

「菊乃さんって……」

〈ああ。やっぱり聞いてなかったか〉

「そういうことは何も……」

〈まあ話題になる場面がなければそれまでだからな。本人は別に隠してたわけじゃない。……隠すような人じゃない〉

「ええ」

 それはわかる。それに、もし隠していたとしても責める理由はなかった。

〈三十分後に迎えの車が行く。一晩泊まることになるが、特に準備する必要はないぞ。みんな着の身着のままだ。喪服とかそういうのも気にしなくていい。金もいらん〉

 気にすることすら忘れていたが、スム流なら一希は二度経験しているから話は早い。
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