爆弾拾いがついた嘘

生津直

文字の大きさ
84 / 118
第3章 血の叫び

80 埋葬

しおりを挟む
 間もなく、康雄やすおが運転担当者一同を集めて地図を広げ、その上で行き先を示した。右折すべき交差点の名を皆で復唱し、それぞれの車へと散っていく。

 一希は荷台の新藤に「じゃあ出ますね」と声をかけ、運転席に乗り込んだ。まさかこのハンドルを自分が握ることがあろうとは……。座席をぐっと前に出し、ミラーを調節する。荷台に座った新藤の後頭部がちらりと見えた。

 助手席に乗ることになったのは菊乃の妹。菊乃とは正反対と言ってもいいぐらいに、無口でおとなしそうな女性だった。墓地への道中はずっと、涙ながらにおきょうのようなものを唱えていた。

 山あいのこぢんまりとした墓地に夕暮れが迫る。墓穴の準備を済ませて待機していた長男利雄としおの夫婦が、皆に手短に挨拶した。

 車から降ろされた菊乃は布にくるまれただけの状態で、墓穴のすぐ脇にある、竹で編んだ小さなベッドのような台に寝かされた。それを関係の近い順に取り囲み、墓地の管理人を兼ねているお坊さんがごく簡単にお経を唱える。

 ものの二分程度でそれが終わってしまうと、ついにお別れの時間だ。花を飾ることもないし、思い出の品や本人の宝物も登場しない。墓に入るのは故人本人と、その体を覆う布一枚だけ。

 長男が場の面々を見渡し、顔が見えている間に最後の別れを告げるよう促す。菊乃の弟妹が少しそばに寄って手を合わせ、周りの皆もそれに続く。

 人の群れが遠ざかった後、綾乃がひざまずいて菊乃の髪に触れ、何か声をかけたようだ。息子たちからも「お母ちゃん」、「母ちゃーん」と涙声が上がる。新藤だけが無言で地面に膝をついたままだ。

 一緒に育った菊乃の子供たちと同じ輪の中にはいるが、一人だけ違う空気をまとっているように見える。血が繋がっていないから仕方ないのだろうか。

 間もなく綾乃が一歩下がり、菊乃を男手に委ねた。長男、次男、三男が菊乃の体の下にロープを渡す。上半身と腰の辺りと足の三箇所をロープで持ち上げるためだ。

 準備が整うと、長男が新藤の方を振り返った。「建一」と省略形で呼ばれた新藤は、しかし動かなかった。いや、その両手が膝の脇で土を握り締め、細かく震えていた。「母ちゃん行っちまうぞ」との長男の声に、新藤はただ小さくうなずいた。

 菊乃の顔がついに布で覆われる。三男の昭雄が涙を拭いながら歩み寄り、新藤の腕を取って立ち上がらせた。ロープを握るのは、康雄、昭雄、新藤の三人。

「お前、母ちゃん落っことすなや」

と、康雄が新藤の背中をさする。「せーの」で菊乃の体は持ち上げられ、皆が合掌する中、穴の中へと下ろされていった。一希の位置からは穴の中は見えないが、大人の背丈を超える程度の深さはあるはずだ。底から一メートル弱の高さまでは幅が狭く、遺体はその中に納められる。

 お坊さんの指示に従いながら、男たちは中間地点の段差部分を足場にして、無事に菊乃を底に到達させたようだ。「元気でな」という康雄の場違いな別れのセリフを最後に、足場にしていた部分に細い木の板が順に渡される。その上から土を被せて埋葬は終わりだ。

 年長者たちを除けば、土葬には初めて立ち会う者がほとんどのようだった。取り囲む輪の外側の方にいる者たちは皆、興味津々しんしんといったていで覗き込んでいる。

 この国では、生きていた時と同じ姿のままほぼ直接地中に埋めるという埋葬法を、好ましく受け止める者は少ない。あるいは単純に、それがワカの世界では特殊な形であるせいだろうか。

 一希は自然と両親の時のことを思い出していた。自分の親が土に埋められるところを見るのは確かにショックだった。何か残酷なことをしているような気にさせられた。

 しかし、後から考えてみれば火葬だって同じことだ。火葬炉に入れられて扉を閉められてしまうから、燃やされる姿を見ずに済むというだけ。生きた人間にはとてもできないような扱いを、遺体にはせざるを得ない。それが世の常なのだ。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

罪悪と愛情

暦海
恋愛
 地元の家電メーカー・天の香具山に勤務する20代後半の男性・古城真織は幼い頃に両親を亡くし、それ以降は父方の祖父母に預けられ日々を過ごしてきた。  だけど、祖父母は両親の残した遺産を目当てに真織を引き取ったに過ぎず、真織のことは最低限の衣食を与えるだけでそれ以外は基本的に放置。祖父母が自身を疎ましく思っていることを知っていた真織は、高校卒業と共に就職し祖父母の元を離れる。業務上などの必要なやり取り以外では基本的に人と関わらないので友人のような存在もいない真織だったが、どうしてかそんな彼に積極的に接する後輩が一人。その後輩とは、頗る優秀かつ息を呑むほどの美少女である降宮蒔乃で――

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

愛しているなら拘束してほしい

守 秀斗
恋愛
会社員の美夜本理奈子(24才)。ある日、仕事が終わって会社の玄関まで行くと大雨が降っている。びしょ濡れになるのが嫌なので、地下の狭い通路を使って、隣の駅ビルまで行くことにした。すると、途中の部屋でいかがわしい行為をしている二人の男女を見てしまうのだが……。

里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます

結城芙由奈@コミカライズ3巻7/30発売
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります> 政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

与兵衛長屋つれあい帖 お江戸ふたり暮らし

かずえ
歴史・時代
旧題:ふたり暮らし 長屋シリーズ一作目。 第八回歴史・時代小説大賞で優秀短編賞を頂きました。応援してくださった皆様、ありがとうございます。 十歳のみつは、十日前に一人親の母を亡くしたばかり。幸い、母の蓄えがあり、自分の裁縫の腕の良さもあって、何とか今まで通り長屋で暮らしていけそうだ。 頼まれた繕い物を届けた帰り、くすんだ着物で座り込んでいる男の子を拾う。 一人で寂しかったみつは、拾った男の子と二人で暮らし始めた。

屈辱と愛情

守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

処理中です...