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第3章 女たちの恋模様
36 お迎え
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悦子はずぶ濡れで電車に揺られていた。女が一人涙していたところで気にする者もいない。
セイジの言葉を思い出すだけで、苛立ちがますます募った。幸福だの恋愛成就だの、そんな大それた夢が叶う人生ではないのだと、なぜわかってくれないのだろう。今の悦子には正論ほど聞きたくないものはない。君のため、善意で。そんな態度をとられても却って惨めなだけだ。道理に満ちた誠意。振りかざされた論理。それが一体何の役に立つだろう。
セイジが本当に悦子のためを思ってくれていても、それが悦子の長年の欲求不満を一分も満たしていないことは明らかだ。ありがたいとは思う。でも、相手からの好意という希少な資産すら必ずしも解たり得ないのだと悦子は知ってしまった。
誰かに大事にされてみたい。そんな思いを自覚することすら恐れ、胸の奥にくすぶらせて生きてきたはずの自分が、今こうしてセイジにそれを差し出された途端背を向けてしまうなんて……。
安らぎや充足感、生きている実感が得られればそれでよいというものではないのだと、悦子は今改めて思い知った。それを与えてくれる相手を、人は選ぶものなのだ。セイジの言う通り、見せかけなのかもしれない。まやかしなのかもしれない。でも、それでもいいから、今だけただ夢を見させてほしい。……なぜ?
相手が、大輝だからだ。
自宅最寄り駅のホームから階段を下りると、改札の向こうに思いがけぬ姿があった。まっすぐこちらを見て佇む、峰岸大輝。
(えっ? なんで……?)
目が合うと同時に、その整った眉が中央に寄る。どう弁解しようかと悦子が立ち尽くしていると、大輝は財布を取り出し、改札に向かって大股に歩き出した。悦子は慌てて改札を抜けた。大輝の髪がわずかに濡れている。悦子の肩を、大きな手が包んだ。
「どうした? 何があった?」
「な、何も……」
悦子が何と言おうと、ようやく泣きやんだばかりなのは、大輝でなくともすぐに見て取れただろう。しかも、全身ずぶ濡れだ。
「セイジは?」
「あ、送って……くれました。ちゃんと、駅まで」
「傘は?」
「あの、電車に……」
「電車に忘れたなら歩いてる間は差してたんだよね? じゃ、なんでこんなんなるわけ?」
大輝の深いため息が聞こえる。
「セイジとは駅に着く前に別れた。傘はあっちが持ってる。つまり、君はあいつから逃げてきた。なんでそんなことになった?」
大輝の頭の回転の速さが、この時ばかりは憎たらしかった。
「ま、あいつに聞けばわかることだけどね。何か言われたのか、されたのか、その両方か」
こんなに厳しい表情の大輝を、悦子は初めて見る。
「違います。セイジさんは何も……ただ、なんか、急に悲しくなっただけ」
それを聞くと、大輝はますます深刻な面持ちで悦子を観察した。
「セイジさんには余計なこと言わないで。ほんとに、あの人は悪くないの」
大輝から何があったのかと聞かれたりしたら、セイジは何も知らずに先ほどの会話の内容を大輝に話してしまうかもしれない。セイジがどこまで真実を察しているにせよ、大輝が責められるのだけは避けたかった。露骨に不服そうな大輝をなだめるように悦子は言う。
「だって、二人で出てってあの後どうした、なんて聞いたら……まるでヤキモチみたいじゃない。ね、私と大輝の間に何かあるとか……思われたくないし」
こんな言い方をするのは辛かったが、作戦のつもりで思い切って口に出した。
「わかったよ。言わない」
それを聞いてほっとすると、悦子は疲れと共に罪悪感に襲われた。
セイジの言葉を思い出すだけで、苛立ちがますます募った。幸福だの恋愛成就だの、そんな大それた夢が叶う人生ではないのだと、なぜわかってくれないのだろう。今の悦子には正論ほど聞きたくないものはない。君のため、善意で。そんな態度をとられても却って惨めなだけだ。道理に満ちた誠意。振りかざされた論理。それが一体何の役に立つだろう。
セイジが本当に悦子のためを思ってくれていても、それが悦子の長年の欲求不満を一分も満たしていないことは明らかだ。ありがたいとは思う。でも、相手からの好意という希少な資産すら必ずしも解たり得ないのだと悦子は知ってしまった。
誰かに大事にされてみたい。そんな思いを自覚することすら恐れ、胸の奥にくすぶらせて生きてきたはずの自分が、今こうしてセイジにそれを差し出された途端背を向けてしまうなんて……。
安らぎや充足感、生きている実感が得られればそれでよいというものではないのだと、悦子は今改めて思い知った。それを与えてくれる相手を、人は選ぶものなのだ。セイジの言う通り、見せかけなのかもしれない。まやかしなのかもしれない。でも、それでもいいから、今だけただ夢を見させてほしい。……なぜ?
相手が、大輝だからだ。
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(えっ? なんで……?)
目が合うと同時に、その整った眉が中央に寄る。どう弁解しようかと悦子が立ち尽くしていると、大輝は財布を取り出し、改札に向かって大股に歩き出した。悦子は慌てて改札を抜けた。大輝の髪がわずかに濡れている。悦子の肩を、大きな手が包んだ。
「どうした? 何があった?」
「な、何も……」
悦子が何と言おうと、ようやく泣きやんだばかりなのは、大輝でなくともすぐに見て取れただろう。しかも、全身ずぶ濡れだ。
「セイジは?」
「あ、送って……くれました。ちゃんと、駅まで」
「傘は?」
「あの、電車に……」
「電車に忘れたなら歩いてる間は差してたんだよね? じゃ、なんでこんなんなるわけ?」
大輝の深いため息が聞こえる。
「セイジとは駅に着く前に別れた。傘はあっちが持ってる。つまり、君はあいつから逃げてきた。なんでそんなことになった?」
大輝の頭の回転の速さが、この時ばかりは憎たらしかった。
「ま、あいつに聞けばわかることだけどね。何か言われたのか、されたのか、その両方か」
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「違います。セイジさんは何も……ただ、なんか、急に悲しくなっただけ」
それを聞くと、大輝はますます深刻な面持ちで悦子を観察した。
「セイジさんには余計なこと言わないで。ほんとに、あの人は悪くないの」
大輝から何があったのかと聞かれたりしたら、セイジは何も知らずに先ほどの会話の内容を大輝に話してしまうかもしれない。セイジがどこまで真実を察しているにせよ、大輝が責められるのだけは避けたかった。露骨に不服そうな大輝をなだめるように悦子は言う。
「だって、二人で出てってあの後どうした、なんて聞いたら……まるでヤキモチみたいじゃない。ね、私と大輝の間に何かあるとか……思われたくないし」
こんな言い方をするのは辛かったが、作戦のつもりで思い切って口に出した。
「わかったよ。言わない」
それを聞いてほっとすると、悦子は疲れと共に罪悪感に襲われた。
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