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第3章 女たちの恋模様
37 大輝と歩く帰路
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「私、ひどいことしちゃった。セイジさん、せっかく送ってくれたのに……」
「そんなことより自分の心配しな。これ以上冷えないうちに早く帰った方がいい」
確かに、酔いが醒めたような、一層回ったような、暑さと寒さの混ざった感覚があった。
「傘、めっちゃ期待してたんだよなあ。あそこで買うか」
駅前のコンビニに二人で駆け込み、透明のビニール傘を買ったところで悦子は言った。
「もう、ここでいいよ。遅くなるし……」
「心配すんなって。別に上がり込もうとか思ってないから。ほら、行くよ」
と傘を開き、悦子の肩を抱き抱える。ますます勢いを増した土砂降りの中、寄り添って早足で歩きながら、悦子は雨に負けぬよう声を張り上げた。
「ねえ、なんで来たの?」
「タクシー」
「じゃなくて、なんでわざわざ?」
「こんなことになってるから」
「……知らなかったくせに」
「邪魔しようと思って。もし、セイジと一緒に降りてきたら」
悦子は唖然として足を止めかけたが、大輝はそれを許さず、悦子の背中を押して先を急がせる。
「セイジさんはそんなんじゃ……」
「えぇっ? っていうようなことが、世の中じゃいくらでも起きる。特に男と女にはね」
(まさか、この人じゃあるまいし、セイジさんはそんな強引なこと……)
「でも、束縛しない約束なんだから、私が誰と一緒だっていいじゃない」
「ウソウソ、一緒じゃないのはわかってた。あいつにさ、すごい降りだけど大丈夫だった? ってメールしたら、今、堀郷のホームでポタージュ中、って返事来て」
「そんなの……出まかせかもしれないし、そこに私が一緒にいるかもって思わない?」
「下心を持って君と一緒にいながら、俺に平然と嘘のメールを送ってこれるような奴じゃないよ。それに、あんな素早い返信ででっち上げにしちゃあタイミングが合いすぎてたし、ポタージュ中とか、あの顔でそんなセンスいいネタかませないっしょ」
「そうだ、雨降ってるって、よくわかったね」
「君が帰りたそうだったからさ、人身事故とかなきゃいいけど、と思ってニュース見てたら、千葉で冠水とか言ってて」
もしセイジが送ってくれると言わなかったら、大輝は今日、悦子を送ってくれるつもりだったのだろうか。それともお持ち帰りのつもりだったか。
マンションの前に着くと、大輝は入口のひさしの下で傘をたたみ、悦子の髪を撫でた。
「……ったく、こんな風にしやがって」
その険しい表情すら美しい。悦子は衝動的に大輝のベルトを引っ張り、その胸に額を預けた。しかし、反応がない。驚いて見上げると、ようやく抱き締められた。これまでにないほどきつく。
じきにその腕が緩み、悦子はドアの方へと押しやられた。
「ほら、帰って寝な」
悦子は頷き、鍵を回して中に入ると、エレベーターホールからガラス越しに手を振った。
服を着替え、髪を乾かしてベッドに入る。携帯を開くとセイジからメッセージが入っていた。
〈さっきは本当にごめん。デリカシーがなかったと反省してます。無事に着いたことだけ連絡くれたら嬉しいです。風邪ひかないように気を付けて。またみんなで飲もうね〉
(みんなで、か……気遣わせちゃったな……)
〈こちらこそ、せっかく送ってくださったのにすみません。疲れていたところに、楽しくてつい飲み過ぎてしまったようです。本当はそんなに深刻な話じゃないんです。酔っ払いの戯言と思って忘れてください。また定例会で集まれるのを楽しみにしています〉
何とか打ち終えて送信し、目をつぶる。本当は今日だって大輝に抱かれたかった。体調は最悪だけれど……。大輝は何を思ってタクシーに乗ったのだろう。もし悦子が本当にセイジを自宅に連れ込もうとあの改札を一緒に通っていたら、大輝はどうしていただろう。
「そんなことより自分の心配しな。これ以上冷えないうちに早く帰った方がいい」
確かに、酔いが醒めたような、一層回ったような、暑さと寒さの混ざった感覚があった。
「傘、めっちゃ期待してたんだよなあ。あそこで買うか」
駅前のコンビニに二人で駆け込み、透明のビニール傘を買ったところで悦子は言った。
「もう、ここでいいよ。遅くなるし……」
「心配すんなって。別に上がり込もうとか思ってないから。ほら、行くよ」
と傘を開き、悦子の肩を抱き抱える。ますます勢いを増した土砂降りの中、寄り添って早足で歩きながら、悦子は雨に負けぬよう声を張り上げた。
「ねえ、なんで来たの?」
「タクシー」
「じゃなくて、なんでわざわざ?」
「こんなことになってるから」
「……知らなかったくせに」
「邪魔しようと思って。もし、セイジと一緒に降りてきたら」
悦子は唖然として足を止めかけたが、大輝はそれを許さず、悦子の背中を押して先を急がせる。
「セイジさんはそんなんじゃ……」
「えぇっ? っていうようなことが、世の中じゃいくらでも起きる。特に男と女にはね」
(まさか、この人じゃあるまいし、セイジさんはそんな強引なこと……)
「でも、束縛しない約束なんだから、私が誰と一緒だっていいじゃない」
「ウソウソ、一緒じゃないのはわかってた。あいつにさ、すごい降りだけど大丈夫だった? ってメールしたら、今、堀郷のホームでポタージュ中、って返事来て」
「そんなの……出まかせかもしれないし、そこに私が一緒にいるかもって思わない?」
「下心を持って君と一緒にいながら、俺に平然と嘘のメールを送ってこれるような奴じゃないよ。それに、あんな素早い返信ででっち上げにしちゃあタイミングが合いすぎてたし、ポタージュ中とか、あの顔でそんなセンスいいネタかませないっしょ」
「そうだ、雨降ってるって、よくわかったね」
「君が帰りたそうだったからさ、人身事故とかなきゃいいけど、と思ってニュース見てたら、千葉で冠水とか言ってて」
もしセイジが送ってくれると言わなかったら、大輝は今日、悦子を送ってくれるつもりだったのだろうか。それともお持ち帰りのつもりだったか。
マンションの前に着くと、大輝は入口のひさしの下で傘をたたみ、悦子の髪を撫でた。
「……ったく、こんな風にしやがって」
その険しい表情すら美しい。悦子は衝動的に大輝のベルトを引っ張り、その胸に額を預けた。しかし、反応がない。驚いて見上げると、ようやく抱き締められた。これまでにないほどきつく。
じきにその腕が緩み、悦子はドアの方へと押しやられた。
「ほら、帰って寝な」
悦子は頷き、鍵を回して中に入ると、エレベーターホールからガラス越しに手を振った。
服を着替え、髪を乾かしてベッドに入る。携帯を開くとセイジからメッセージが入っていた。
〈さっきは本当にごめん。デリカシーがなかったと反省してます。無事に着いたことだけ連絡くれたら嬉しいです。風邪ひかないように気を付けて。またみんなで飲もうね〉
(みんなで、か……気遣わせちゃったな……)
〈こちらこそ、せっかく送ってくださったのにすみません。疲れていたところに、楽しくてつい飲み過ぎてしまったようです。本当はそんなに深刻な話じゃないんです。酔っ払いの戯言と思って忘れてください。また定例会で集まれるのを楽しみにしています〉
何とか打ち終えて送信し、目をつぶる。本当は今日だって大輝に抱かれたかった。体調は最悪だけれど……。大輝は何を思ってタクシーに乗ったのだろう。もし悦子が本当にセイジを自宅に連れ込もうとあの改札を一緒に通っていたら、大輝はどうしていただろう。
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