恋の駆け出し記念日 ~23歳の地味処女にやたら優しいイケメンは、誰よりも真面目なワケありプレイボーイでした~

生津直

文字の大きさ
38 / 80
第3章 女たちの恋模様

38 お見舞い

しおりを挟む
 翌朝、バナナを食べて薬を飲み終えると、大輝から電話がかかってきた。

「具合どう?」

「うん、そんなにひどくはないんだけどね。なんか、だるいのと、微妙に寒気っていうか」

「やっぱりね。今日休みますって会社に電話した頃かなあと思って」

「どうしてそれを……」

「昨日の時点でもう熱あったよ。今は? 測った?」

「あ、今ちょうど……、えっと、七度八分」

「結構あるね。ねえ、行っていい? お見舞い」

「え? ちょっと、なんで?」

 思いがけない展開に、感激と焦りで声が上ずった。今日辺り掃除しなければと思っていたところだから、部屋はきれいとは言い難い。

「俺の責任でもあるし……実はもう駅まで来てんだよね。ていうか着いたわ。これどうやんの? 部屋番号の後に呼出ボタンを押してください……」

「あ……五〇二」

 すぐに階下からの呼び鈴が鳴り、画面に大輝の姿が映る。

(行っていい、って、来ちゃってから言われても……)

 しかし追い返す気などないことは自分でもわかっている。解錠すると、間もなく部屋の呼び鈴が鳴った。うつしては申し訳ないと、マスクを着けてドアを開ける。大輝は、

「あれ、どちら様?」

とおどけて首をかしげるなり、悦子のマスクをひょいと下げて、チュッとキスした。風邪うつるよ、と言おうとした悦子の目の前で、コンビニの袋が振り子のように揺れた。

「お腹は平気? 適当にプリン系買ってきてみたけど」

「あ……わざわざありがとう。後でもらうね」

 中へ案内しながら、今日の大輝の装いを眺める。第一ボタンの開いた紺のワイシャツに、下はベージュのスラックスと焦げ茶の革靴だ。そこへ、大輝の携帯が鳴りだした。

「あ、ごめん、ちょっと出るね」

 そういえば、一緒にいる時に大輝の電話が鳴るのは初めてだ。

「もしもーし。ああ、そうそう、ちょっとね、急用で。セミナーは予定通り行くから。何かあったら電話して。ほーい。じゃあね」

 電話を切ると、悦子をベッドに座らせる。

「これ飲む?」

と大輝が差し出したのは、ペットボトルのスポーツドリンクだ。適度に冷えた甘みのある柑橘系の味がれた喉に心地よかった。

「これ、冷蔵庫入れとく?」

「あ、うん、ありがと」

 冷蔵庫に「プリン系」を入れて戻ってきた大輝は、悦子の髪を撫でて言った。

「ちょっとここで仕事してもいい?」

「あ、うん。なんか……ごめんね」

「机借りるね。あと、椅子も。あと、インターネットも」

と、鞄からノートパソコンを取り出し、コードを繋ぎ始める。

「あ、ネット使うの、パスワードがね、確かその辺に……」

 固定電話の隣に何やら機械があり、引っ越しを手伝ってくれた従妹いとこが設定を済ませた時にパスワードもメモしてくれているはずだが、悦子にはよくわかっていない。

「あ、これかな」

 大輝がそれを打ち込む。

「オッケ、繋がった。サンキュ」

と言うなり、パソコンの画面を見ながら電話をかけ始める。

「もしもし? ごめんね。さっきの続き、いい?」

(仕事中にわざわざ来てくれるなんて……)

 俺の責任、という言葉を思い出し、まあ確かにそうとも言えるけど、と呟いてみる。

「メールは見れそうだから。うん」

 仕事をしている大輝の姿は新鮮だった。しかし、電話の口調はいつもの大輝のままだ。

「あと、明日ね、俺、いないかもしんない。……えっ、ウッソ、それ来週でしょ?」

(仕事でしょ? そんないい加減な態度……)

「今見てるけどさ、俺のカレンダー来週の水曜ってなってるよ。え、ちょっと、どっち?」

 大輝は背もたれに寄りかかり、困ったように指先で髪を一房引っ張った。

「そしたらさ、もう本人に聞いちゃうわ。ちょっとかけ直すね」

 そう言うなり、他のところへ電話をかけている。

「おはようございます、ステポラの峰岸です。こちらこそ大変お世話になっております」

 大輝が丁寧な口を利くというシーンは貴重だ。と思ったのも束の間。

「お陰様で、もうサイッコー。今度一緒に行きましょうよ。どうすか最近? ……うん、そうですね、積もる話は……十時でしたよね? 予定通り伺います。はい失礼しまーす」

 大輝は、すぐにまた電話をかけ始めた。

「マリちゃーん、明日じゃん」

(マリちゃん? 私のことは……私たちのことは名前でなんか呼ばないくせに……)

「できてるわけないじゃん、これ入れたの彼女だもん。来週だと思ってんでしょ?」

 大輝はキーボードのタッチパッドを人差し指でくるくるともてあそびながら続けた。

「いいや、今回はもう俺作っちゃう。これ系はまだ来るからそん時で。ちょっとカレンダーひと通り見といてあげて。彼女大丈夫そう? ……そうだね、次の波来ちゃう前に」

 新人か何かがミスをしたのだろう。彼女の尻拭いを引き受けた上で気にかけてやる大輝。悦子はその人物に自分を重ねた。どこまでも鈍臭どんくさく誰からもうとまれてきた自分に、ここまで情けをかけてくれたのは大輝ぐらいだ。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です

朝陽七彩
恋愛
 私は。 「夕鶴、こっちにおいで」  現役の高校生だけど。 「ずっと夕鶴とこうしていたい」  担任の先生と。 「夕鶴を誰にも渡したくない」  付き合っています。  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  神城夕鶴(かみしろ ゆづる)  軽音楽部の絶対的エース  飛鷹隼理(ひだか しゅんり)  アイドル的存在の超イケメン先生  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  彼の名前は飛鷹隼理くん。  隼理くんは。 「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」  そう言って……。 「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」  そして隼理くんは……。  ……‼  しゅっ……隼理くん……っ。  そんなことをされたら……。  隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。  ……だけど……。  え……。  誰……?  誰なの……?  その人はいったい誰なの、隼理くん。  ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。  その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。  でも。  でも訊けない。  隼理くんに直接訊くことなんて。  私にはできない。  私は。  私は、これから先、一体どうすればいいの……?

愛されないと吹っ切れたら騎士の旦那様が豹変しました

蜂蜜あやね
恋愛
隣国オデッセアから嫁いできたマリーは次期公爵レオンの妻となる。初夜は真っ暗闇の中で。 そしてその初夜以降レオンはマリーを1年半もの長い間抱くこともしなかった。 どんなに求めても無視され続ける日々についにマリーの糸はプツリと切れる。 離縁するならレオンの方から、私の方からは離縁は絶対にしない。負けたくない! 夫を諦めて吹っ切れた妻と妻のもう一つの姿に惹かれていく夫の遠回り恋愛(結婚)ストーリー ※本作には、性的行為やそれに準ずる描写、ならびに一部に性加害的・非合意的と受け取れる表現が含まれます。苦手な方はご注意ください。 ※ムーンライトノベルズでも投稿している同一作品です。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。 そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。 だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。 そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

ハイスぺ幼馴染の執着過剰愛~30までに相手がいなかったら、結婚しようと言ったから~

cheeery
恋愛
パイロットのエリート幼馴染とワケあって同棲することになった私。 同棲はかれこれもう7年目。 お互いにいい人がいたら解消しようと約束しているのだけど……。 合コンは撃沈。連絡さえ来ない始末。 焦るものの、幼なじみ隼人との生活は、なんの不満もなく……っというよりも、至極の生活だった。 何かあったら話も聞いてくれるし、なぐさめてくれる。 美味しい料理に、髪を乾かしてくれたり、買い物に連れ出してくれたり……しかも家賃はいらないと受け取ってもくれない。 私……こんなに甘えっぱなしでいいのかな? そしてわたしの30歳の誕生日。 「美羽、お誕生日おめでとう。結婚しようか」 「なに言ってるの?」 優しかったはずの隼人が豹変。 「30になってお互いに相手がいなかったら、結婚しようって美羽が言ったんだよね?」 彼の秘密を知ったら、もう逃げることは出来ない。 「絶対に逃がさないよ?」

魔性の大公の甘く淫らな執愛の檻に囚われて

アマイ
恋愛
優れた癒しの力を持つ家系に生まれながら、伯爵家当主であるクロエにはその力が発現しなかった。しかし血筋を絶やしたくない皇帝の意向により、クロエは早急に後継を作らねばならなくなった。相手を求め渋々参加した夜会で、クロエは謎めいた美貌の男・ルアと出会う。 二人は契約を交わし、割り切った体の関係を結ぶのだが――

処理中です...