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第4章 俺のライバル
48 サタケ
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メンバーが順にステージに出てくると、場内は拍手に包まれた。男四人編成で、一番小柄なサタケは普段と大差ない地味な服装でドラムセットの中へと消えていく。他三人も皆思い思いのラフな格好で、外見にはこれといったインパクトはない。
ステージを照らす光の帯の中に埃が漂い、暗い客席から口々にメンバーの名を呼ぶ声。「サタケ」という叫びは聞こえないが、ここでは呼び名が違うのかもしれない、と悦子は良心的に解釈した。
生で本格的な音楽を聞くのが初めてなのは兄だけではない。悦子も中学時代から専らラジオやCD専門だ。単なる付き添いのつもりだったが、いつしか胸が高鳴った。
場内が静まり最初の曲が始まると、その音量に驚き、兄と顔を見合わせる。わりとスローな、しかしいかにもロックといった曲調で懐かしい気分になる。もっと奇抜なものをイメージしていた悦子も案外楽しめそうな気がしてきた。
悦子たちの隣の集団には終始若さが漲っていた。イントロに歓声を上げてはサビで飛び跳ね、ボーカリストが客席にマイクを向ければ歌詞を口ずさむ。
兄は最初のうちこそ目の前のギタリストに見入っていたが、そのうちすっかり興奮し、彼女たちに負けない勢いで曲に乗り始めた。ろくに動かせない手をちぎれんばかりに振り回す。悦子はそんな兄の口元のよだれを時折ハンカチで拭ってやる。
悦子は悦子で、違う意味で感動していた。まず、あのサタケがこんなに激しい動きをし、派手な音を叩き出していることに目を見張った。無表情とシニカルなコメントがトレードマークの男が、ステージではここまで猛り狂うものなのか。音楽自体は今時流行るのかどうかわからないが、家で一人で聞けばスカッとするかもしれない。しかし、こういう場では周りの目が気になり、なかなか手放しで盛り上がれないのが悦子だ。
全曲オリジナルと聞いていたが、予想以上の曲数があった。アンコールの一曲目でサタケが濃厚なドラムソロを決め、「うおー、サタケー!」と野太い声が方々から上がった。人は見かけによらない。黄色い声援こそあまり飛ばなかったものの、あのサタケに人を沸かせる力があったとは驚きだ。
全ての演奏が終わって客電が点くと、早々に出て行く人もいれば、興奮さめやらぬ様子で残っている人もいる。悦子たちは帰りは急がないと伝えてあるので、他の客がはけてから上げてもらうことになるだろう。待っている間、メンバーによる自主制作だというCDをヒロ君が欲しがったため二枚とも購入し、脇に積んであった次回ライブの案内チラシももらった。
悦子は、大輝も含め、階段を下りるのを手伝ってくれた面々に老舗の焼き菓子を配り、上りもお世話になりますと挨拶した。うち二人はライブハウスのスタッフで、一人はギタリストの高校時代の友人、残り二人はバンドぐるみで付き合いのある音楽関係者だという。
熱心なファンと思われる最前列の女の子たちは、メンバーに感想を伝え、握手と記念撮影に応じてもらって丁寧に頭を下げると、意外にも長居はせずに去っていった。
兄はいつの間にかバンドメンバーや大輝たちと音楽談義に熱中している。悦子がオレンジジュースの残りをすすっていると、いつになく頬を上気させたサタケが話の輪を離れ、悦子の方にやってきた。
「あ、サタケさん、お疲れさまでした。あの……すごかったです。びっくりしました」
これでは褒めたことになっていない、と思い、慌てて他の言葉を探したが、サタケは、
「ありがと」
と、満足げな笑みを浮かべた。
「この後は? 来れる?」
「この後……?」
「打ち上げっつーか、恒例の飲み会。大輝とかシンゴも来るし、よかったら」
兄の方を見やると、まだ興奮気味に皆と語り合っている。
「あ、お兄さんは来るってよ」
「え? ほんとに?」
「そう思って、念のため段差ないとこ取っといたんだよね」
「あ……わざわざすみません。じゃあ、私もお邪魔します」
兄は人懐っこい性格だが、出かける場所がそうあるわけではない。こんな風に同世代の仲間と過ごせる機会は貴重だ。しかも今日のメンバーは皆悦子などお構いなしで兄と直接接してくれる。初対面の人は大抵悦子や母を通して意思疎通を図ろうとしがちで、その心境もわからなくはないだけに、今日の状況はありがたかった。悦子は母に電話を入れて遅くなる旨を伝え、店の場所を聞いておいて、駅で専用のトイレに行かせてから合流することにした。
ステージを照らす光の帯の中に埃が漂い、暗い客席から口々にメンバーの名を呼ぶ声。「サタケ」という叫びは聞こえないが、ここでは呼び名が違うのかもしれない、と悦子は良心的に解釈した。
生で本格的な音楽を聞くのが初めてなのは兄だけではない。悦子も中学時代から専らラジオやCD専門だ。単なる付き添いのつもりだったが、いつしか胸が高鳴った。
場内が静まり最初の曲が始まると、その音量に驚き、兄と顔を見合わせる。わりとスローな、しかしいかにもロックといった曲調で懐かしい気分になる。もっと奇抜なものをイメージしていた悦子も案外楽しめそうな気がしてきた。
悦子たちの隣の集団には終始若さが漲っていた。イントロに歓声を上げてはサビで飛び跳ね、ボーカリストが客席にマイクを向ければ歌詞を口ずさむ。
兄は最初のうちこそ目の前のギタリストに見入っていたが、そのうちすっかり興奮し、彼女たちに負けない勢いで曲に乗り始めた。ろくに動かせない手をちぎれんばかりに振り回す。悦子はそんな兄の口元のよだれを時折ハンカチで拭ってやる。
悦子は悦子で、違う意味で感動していた。まず、あのサタケがこんなに激しい動きをし、派手な音を叩き出していることに目を見張った。無表情とシニカルなコメントがトレードマークの男が、ステージではここまで猛り狂うものなのか。音楽自体は今時流行るのかどうかわからないが、家で一人で聞けばスカッとするかもしれない。しかし、こういう場では周りの目が気になり、なかなか手放しで盛り上がれないのが悦子だ。
全曲オリジナルと聞いていたが、予想以上の曲数があった。アンコールの一曲目でサタケが濃厚なドラムソロを決め、「うおー、サタケー!」と野太い声が方々から上がった。人は見かけによらない。黄色い声援こそあまり飛ばなかったものの、あのサタケに人を沸かせる力があったとは驚きだ。
全ての演奏が終わって客電が点くと、早々に出て行く人もいれば、興奮さめやらぬ様子で残っている人もいる。悦子たちは帰りは急がないと伝えてあるので、他の客がはけてから上げてもらうことになるだろう。待っている間、メンバーによる自主制作だというCDをヒロ君が欲しがったため二枚とも購入し、脇に積んであった次回ライブの案内チラシももらった。
悦子は、大輝も含め、階段を下りるのを手伝ってくれた面々に老舗の焼き菓子を配り、上りもお世話になりますと挨拶した。うち二人はライブハウスのスタッフで、一人はギタリストの高校時代の友人、残り二人はバンドぐるみで付き合いのある音楽関係者だという。
熱心なファンと思われる最前列の女の子たちは、メンバーに感想を伝え、握手と記念撮影に応じてもらって丁寧に頭を下げると、意外にも長居はせずに去っていった。
兄はいつの間にかバンドメンバーや大輝たちと音楽談義に熱中している。悦子がオレンジジュースの残りをすすっていると、いつになく頬を上気させたサタケが話の輪を離れ、悦子の方にやってきた。
「あ、サタケさん、お疲れさまでした。あの……すごかったです。びっくりしました」
これでは褒めたことになっていない、と思い、慌てて他の言葉を探したが、サタケは、
「ありがと」
と、満足げな笑みを浮かべた。
「この後は? 来れる?」
「この後……?」
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「あ……わざわざすみません。じゃあ、私もお邪魔します」
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