49 / 80
第4章 俺のライバル
49 ごめんね今日は
しおりを挟む
少し遅れて店に着くと、
「ヒロ! こっちこっち」
と、奥の席で手を挙げて呼んでいるのはボーカルの男だ。すでに顔を赤く染めている。
「ほら、ヒロ。行っといで」
バンドメンバーを中心とするグループに兄を託すと、悦子は端の方の比較的静かな集団に招き入れられた。その一角は、ボーカルの彼女とギタリストの妹、その友人たちという顔触れで、お互い見知った仲らしい。新入りの悦子に、彼らが普段どういう活動をしているのかを教えてくれる。悦子は無理なく相槌を打ちながら、時折兄の調子を窺った。
バンド名だか曲名だかのカタカナが飛び交い、時に歌声が上がったりで盛り上がっている間はよかったが、一時間余りが過ぎるとさすがに飽き始めた様子が見て取れた。自分はコーラだから、酒の回った連中のテンションについていけなくなってきたのかもしれない。
悦子が帰るタイミングを計り始めた頃、真ん中辺りでベーシストともう一人の男と共に話し込んでいた大輝が、ヒロ君を呼び寄せて四人で話し始めた。女性タレントやアナウンサーの名が挙がり、兄がひいきの女優について語り出す。大輝たちも面白がって、何やらひそひそ、くすくす、そして爆笑。
(やれやれ……夜は長そうね)
途中、悦子がトイレに立つと、大輝が後を追ってきた。
「ね、ちょっといい?」
「あ、うん、どしたの?」
「お宅のヒロ君さ、なんかやたら勘がいいみたいなのは気のせい?」
「やだ、何話してんの?」
「ま、何ってほどの話でもないんだけどね。亀谷ってほら、ベーシスト。あいつの兄弟構成とか、その友達が最近彼女に振られたとか、見事に言い当ててらっしゃって」
「ああ、昔からね。人の心の中とか、出来事とかが見えちゃうみたいなとこあって」
「げ、何それ」
「いろいろ欠けちゃった分、神様がそういう不思議な力を代わりに与えてくれたのかなあって、母とはよくそんな話をするんだけど。特に医学的な根拠があるわけじゃないみたい」
「おっそろしいな……。ってことは何、俺らがやっちゃってるとかもバレてんの?」
「それは……まあ、もしかしたら」
「勘弁してよ。俺、シメられたらどうすんのさ」
「乱暴はしないから大丈夫」
「いや、そういう問題じゃ……」
「大輝のこと気に入ったみたい。仲良くしてあげて」
「まあ、怒られなければね……」
「そうだ、これ……」
悦子はバッグから封筒を出して大輝に渡した。「何?」という顔をする大輝に
「後で見て」
と言い残してトイレに向かった。
兄がトイレに行きたくなるタイミングを見計らい、悦子は二人分の飲み代を大輝に預けた。周囲の数人に挨拶して店を後にすると、間もなくバッグの中で電話が鳴り出す。
「大輝」
と兄が呟いた。もちろんそれが大当たりであることを悦子は知っている。
「もしもし」
「これからどうすんの?」
「あ、まっすぐ実家に……」
「それ、今日じゃないとダメ?」
大輝が女を誘う時の声だった。不覚にも下半身が疼いた。確かに、だいぶ間が空いてはいたし、二人きりになりたいのはやまやまだ。しかし、母が首を長くして待っているし、週末ぐらいは兄の身の回りのことも手伝ってやりたい。
「うん。ごめん、今日は……」
「わかった。じゃあ、気を付けて帰ってね。ヒロ君によろしく」
「うん。ごめんね。じゃ、また」
電話を切ると、兄が悦子の顔をしげしげと見つめていた。
「大輝がよろしくだって」
と伝えると、兄は、
「よろしくー」
と小さく呟き、下唇をわずかに突き出した。知らない人が見ればほとんどわからない程度だが、何か困った時によく見せる仕草だった。悦子は兄の気を逸らそうと、今日のライブの感想を聞きながら実家へと向かった。
~~~
「ヒロ! こっちこっち」
と、奥の席で手を挙げて呼んでいるのはボーカルの男だ。すでに顔を赤く染めている。
「ほら、ヒロ。行っといで」
バンドメンバーを中心とするグループに兄を託すと、悦子は端の方の比較的静かな集団に招き入れられた。その一角は、ボーカルの彼女とギタリストの妹、その友人たちという顔触れで、お互い見知った仲らしい。新入りの悦子に、彼らが普段どういう活動をしているのかを教えてくれる。悦子は無理なく相槌を打ちながら、時折兄の調子を窺った。
バンド名だか曲名だかのカタカナが飛び交い、時に歌声が上がったりで盛り上がっている間はよかったが、一時間余りが過ぎるとさすがに飽き始めた様子が見て取れた。自分はコーラだから、酒の回った連中のテンションについていけなくなってきたのかもしれない。
悦子が帰るタイミングを計り始めた頃、真ん中辺りでベーシストともう一人の男と共に話し込んでいた大輝が、ヒロ君を呼び寄せて四人で話し始めた。女性タレントやアナウンサーの名が挙がり、兄がひいきの女優について語り出す。大輝たちも面白がって、何やらひそひそ、くすくす、そして爆笑。
(やれやれ……夜は長そうね)
途中、悦子がトイレに立つと、大輝が後を追ってきた。
「ね、ちょっといい?」
「あ、うん、どしたの?」
「お宅のヒロ君さ、なんかやたら勘がいいみたいなのは気のせい?」
「やだ、何話してんの?」
「ま、何ってほどの話でもないんだけどね。亀谷ってほら、ベーシスト。あいつの兄弟構成とか、その友達が最近彼女に振られたとか、見事に言い当ててらっしゃって」
「ああ、昔からね。人の心の中とか、出来事とかが見えちゃうみたいなとこあって」
「げ、何それ」
「いろいろ欠けちゃった分、神様がそういう不思議な力を代わりに与えてくれたのかなあって、母とはよくそんな話をするんだけど。特に医学的な根拠があるわけじゃないみたい」
「おっそろしいな……。ってことは何、俺らがやっちゃってるとかもバレてんの?」
「それは……まあ、もしかしたら」
「勘弁してよ。俺、シメられたらどうすんのさ」
「乱暴はしないから大丈夫」
「いや、そういう問題じゃ……」
「大輝のこと気に入ったみたい。仲良くしてあげて」
「まあ、怒られなければね……」
「そうだ、これ……」
悦子はバッグから封筒を出して大輝に渡した。「何?」という顔をする大輝に
「後で見て」
と言い残してトイレに向かった。
兄がトイレに行きたくなるタイミングを見計らい、悦子は二人分の飲み代を大輝に預けた。周囲の数人に挨拶して店を後にすると、間もなくバッグの中で電話が鳴り出す。
「大輝」
と兄が呟いた。もちろんそれが大当たりであることを悦子は知っている。
「もしもし」
「これからどうすんの?」
「あ、まっすぐ実家に……」
「それ、今日じゃないとダメ?」
大輝が女を誘う時の声だった。不覚にも下半身が疼いた。確かに、だいぶ間が空いてはいたし、二人きりになりたいのはやまやまだ。しかし、母が首を長くして待っているし、週末ぐらいは兄の身の回りのことも手伝ってやりたい。
「うん。ごめん、今日は……」
「わかった。じゃあ、気を付けて帰ってね。ヒロ君によろしく」
「うん。ごめんね。じゃ、また」
電話を切ると、兄が悦子の顔をしげしげと見つめていた。
「大輝がよろしくだって」
と伝えると、兄は、
「よろしくー」
と小さく呟き、下唇をわずかに突き出した。知らない人が見ればほとんどわからない程度だが、何か困った時によく見せる仕草だった。悦子は兄の気を逸らそうと、今日のライブの感想を聞きながら実家へと向かった。
~~~
0
あなたにおすすめの小説
俺様上司に今宵も激しく求められる。
美凪ましろ
恋愛
鉄面皮。無表情。一ミリも笑わない男。
蒔田一臣、あたしのひとつうえの上司。
ことあるごとに厳しくあたしを指導する、目の上のたんこぶみたいな男――だったはずが。
「おまえの顔、えっろい」
神様仏様どうしてあたしはこの男に今宵も激しく愛しこまれているのでしょう。
――2000年代初頭、IT系企業で懸命に働く新卒女子×厳しめの俺様男子との恋物語。
**2026.01.02start~2026.01.17end**
極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です
朝陽七彩
恋愛
私は。
「夕鶴、こっちにおいで」
現役の高校生だけど。
「ずっと夕鶴とこうしていたい」
担任の先生と。
「夕鶴を誰にも渡したくない」
付き合っています。
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
神城夕鶴(かみしろ ゆづる)
軽音楽部の絶対的エース
飛鷹隼理(ひだか しゅんり)
アイドル的存在の超イケメン先生
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
彼の名前は飛鷹隼理くん。
隼理くんは。
「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」
そう言って……。
「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」
そして隼理くんは……。
……‼
しゅっ……隼理くん……っ。
そんなことをされたら……。
隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。
……だけど……。
え……。
誰……?
誰なの……?
その人はいったい誰なの、隼理くん。
ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。
その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。
でも。
でも訊けない。
隼理くんに直接訊くことなんて。
私にはできない。
私は。
私は、これから先、一体どうすればいいの……?
【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される
奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。
けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。
そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。
2人の出会いを描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630
2人の誓約の儀を描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」
https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041
【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜
来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、
疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。
無愛想で冷静な上司・東條崇雅。
その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、
仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。
けれど――
そこから、彼の態度は変わり始めた。
苦手な仕事から外され、
負担を減らされ、
静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。
「辞めるのは認めない」
そんな言葉すらないのに、
無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。
これは愛?
それともただの執着?
じれじれと、甘く、不器用に。
二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。
無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
あなたがいなくなった後 〜シングルマザーになった途端、義弟から愛され始めました〜
瀬崎由美
恋愛
石橋優香は夫大輝との子供を出産したばかりの二十七歳の専業主婦。三歳歳上の大輝とは大学時代のサークルの先輩後輩で、卒業後に再会したのがキッカケで付き合い始めて結婚した。
まだ生後一か月の息子を手探りで育てて、寝不足の日々。朝、いつもと同じように仕事へと送り出した夫は職場での事故で帰らぬ人となる。乳児を抱えシングルマザーとなってしまった優香のことを支えてくれたのは、夫の弟である宏樹だった。二歳年上で公認会計士である宏樹は優香に変わって葬儀やその他を取り仕切ってくれ、事あるごとに家の様子を見にきて、二人のことを気に掛けてくれていた。
息子の為にと自立を考えた優香は、働きに出ることを考える。それを知った宏樹は自分の経営する会計事務所に勤めることを勧めてくれる。陽太が保育園に入れることができる月齢になって義弟のオフィスで働き始めてしばらく、宏樹の不在時に彼の元カノだと名乗る女性が訪れて来、宏樹へと復縁を迫ってくる。宏樹から断られて逆切れした元カノによって、彼が優香のことをずっと想い続けていたことを暴露されてしまう。
あっさりと認めた宏樹は、「今は兄貴の代役でもいい」そういって、優香の傍にいたいと願った。
夫とは真逆のタイプの宏樹だったが、優しく支えてくれるところは同じで……
夫のことを想い続けるも、義弟のことも完全には拒絶することができない優香。
恋は、やさしく
美凪ましろ
恋愛
失恋したばかりの彼女はひょんなことから新橋の街中で上司にお姫様抱っこされ……!? ――俺様な美形上司と彼女とのじんわりとした恋物語。
性描写の入る章には*マークをつけています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる