恋の駆け出し記念日 ~23歳の地味処女にやたら優しいイケメンは、誰よりも真面目なワケありプレイボーイでした~

生津直

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第4章 俺のライバル

49 ごめんね今日は

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 少し遅れて店に着くと、

「ヒロ! こっちこっち」

と、奥の席で手を挙げて呼んでいるのはボーカルの男だ。すでに顔を赤く染めている。

「ほら、。行っといで」

 バンドメンバーを中心とするグループに兄を託すと、悦子は端の方の比較的静かな集団に招き入れられた。その一角は、ボーカルの彼女とギタリストの妹、その友人たちという顔触れで、お互い見知った仲らしい。新入りの悦子に、彼らが普段どういう活動をしているのかを教えてくれる。悦子は無理なく相槌あいづちを打ちながら、時折兄の調子をうかがった。

 バンド名だか曲名だかのカタカナが飛び交い、時に歌声が上がったりで盛り上がっている間はよかったが、一時間余りが過ぎるとさすがに飽き始めた様子が見て取れた。自分はコーラだから、酒の回った連中のテンションについていけなくなってきたのかもしれない。

 悦子が帰るタイミングを計り始めた頃、真ん中辺りでベーシストともう一人の男と共に話し込んでいた大輝が、ヒロ君を呼び寄せて四人で話し始めた。女性タレントやアナウンサーの名が挙がり、兄がひいきの女優について語り出す。大輝たちも面白がって、何やらひそひそ、くすくす、そして爆笑。

(やれやれ……夜は長そうね)

 途中、悦子がトイレに立つと、大輝が後を追ってきた。

「ね、ちょっといい?」

「あ、うん、どしたの?」

「お宅のヒロ君さ、なんかやたら勘がいいみたいなのは気のせい?」

「やだ、何話してんの?」

「ま、何ってほどの話でもないんだけどね。亀谷ってほら、ベーシスト。あいつの兄弟構成とか、その友達が最近彼女に振られたとか、見事に言い当ててらっしゃって」

「ああ、昔からね。人の心の中とか、出来事とかが見えちゃうみたいなとこあって」

「げ、何それ」

「いろいろ欠けちゃった分、神様がそういう不思議な力を代わりに与えてくれたのかなあって、母とはよくそんな話をするんだけど。特に医学的な根拠があるわけじゃないみたい」

「おっそろしいな……。ってことは何、俺らがやっちゃってるとかもバレてんの?」

「それは……まあ、もしかしたら」

「勘弁してよ。俺、シメられたらどうすんのさ」

「乱暴はしないから大丈夫」

「いや、そういう問題じゃ……」

「大輝のこと気に入ったみたい。仲良くしてあげて」

「まあ、怒られなければね……」

「そうだ、これ……」

 悦子はバッグから封筒を出して大輝に渡した。「何?」という顔をする大輝に

「後で見て」

と言い残してトイレに向かった。



 兄がトイレに行きたくなるタイミングを見計らい、悦子は二人分の飲み代を大輝に預けた。周囲の数人に挨拶して店を後にすると、間もなくバッグの中で電話が鳴り出す。

「大輝」

と兄が呟いた。もちろんそれが大当たりであることを悦子は知っている。

「もしもし」

「これからどうすんの?」

「あ、まっすぐ実家に……」

「それ、今日じゃないとダメ?」

 大輝が女を誘う時の声だった。不覚にも下半身がうずいた。確かに、だいぶ間が空いてはいたし、二人きりになりたいのはやまやまだ。しかし、母が首を長くして待っているし、週末ぐらいは兄の身の回りのことも手伝ってやりたい。

「うん。ごめん、今日は……」

「わかった。じゃあ、気を付けて帰ってね。ヒロ君によろしく」

「うん。ごめんね。じゃ、また」

 電話を切ると、兄が悦子の顔をしげしげと見つめていた。

「大輝がよろしくだって」

と伝えると、兄は、

「よろしくー」

と小さく呟き、下唇をわずかに突き出した。知らない人が見ればほとんどわからない程度だが、何か困った時によく見せる仕草だった。悦子は兄の気をらそうと、今日のライブの感想を聞きながら実家へと向かった。


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