恋の駆け出し記念日 ~23歳の地味処女にやたら優しいイケメンは、誰よりも真面目なワケありプレイボーイでした~

生津直

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第4章 俺のライバル

55 勘当

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 ショックと不安と罪悪感とで涙が湧いた。後から後から湧き続けた。布団に染みが広がり、たちまち冷たくなった。

 どうして私はこうなのだ。何もかも台無しにしてしまう。今日こそは甘いムードのまま朝を迎えられると思ったのに。何が起きたのか知りたくて、それが無理でもとりあえず謝りたくて、閉ざされたドアの前まで行った。でも、ノックを無視されたらと思うと怖くて引き返した。さっきあんなに眠かったのだからと目をつぶっては、寝返りを繰り返した挙句にカーテンの隙間から外を眺めた。



 二時間程過ぎた頃だろうか。カチャッと固い音が響いた。悦子は反射的に寝たふりをした。静かにドアが開き、大輝が現れる。悦子は薄目を開けて、そのシルエットがトイレに行くのを見送った。どうしよう。出てきたら何と声をかけよう。あるいはこのまま寝たふりに徹するべきか。考える時間はほとんどなかった。トイレから出てきた大輝はリビングの酒セクションに向かった。

「何か飲む?」

 ぎくりとして悦子は布団の中で首をすくめ、観念して希望を述べた。

「……ウォッカ」

「水割り?」

「うん」

 大輝はウォッカの水割りを二つ作り、悦子の元へとやってきた。悦子がグラスを受け取ると、大輝はベッドの縁に腰掛けてグラスを大きく傾け、喉を鳴らした。悦子もそれに続く。ちょうど悦子好みの濃さだった。教えたわけでもないのに。

「君はタヌキ寝入りすらヘッタクソだな」

とニヤつくその顔はいつもの大輝に戻ったように見え、少し安心する。

「救いようのない大バカ正直だ」

 しかし、悦子は笑う気になれなかった。大輝もそれっきり何も言わず、同じ味の酒を各々飲み続けた。グラスが二つとも空になってしまうと、大輝が呟いた。

「ごめん」

 悦子はそこに何を読み取ればよいのかわからなかった。

「君のせいじゃない」

 大輝はそれだけ言うと、悦子からグラスを受け取り、キッチンに向かった。ごみ箱と共に戻ってきた大輝は、悦子が床に作ったティッシュの山を片付け、キッチンに戻ってグラスを洗い、食洗機の食器を棚に収めた。それが終わると、ベッドに戻ってきて腰を下ろす。

「寝た方がいいよ」

 悦子はうなずき、大人しく横になりながら尋ねた。

「ねえ、聞いてもいい?」

 大輝は警戒するように視線を彷徨さまよわせ、そして床に落とした。

「前に言ってたじゃない、実家がないって。それって……どうして?」

「まあ、いろいろあってね」

「いつから……?」

「高校ん時。まあ早い話が、勘当かんどうされた」

「いわゆる……不良だったとか?」

 大輝はニヒルな笑いをこぼした。

「まさか。そんな生易なまやさしいもんだったら勘当されてないよ」

「じゃあ……」

「あんまり思い出したいたぐいの話じゃないんだよね」

「それっきり、ずっと連絡取ってないの? ご両親と」

「聞いてどうする? そんなこと」

「どうするって……」

「俺がなんで勘当されたか、その後どの程度はっきり縁が切れてるのか、そういうことが君の次の行動に影響するわけ?」

「そうじゃないけど……」

「君はさ、俺が一対一の関係から逃げてるってさんざん文句言ったけど、俺は例えば今この瞬間はきっちり一対一で君のことを考えてるつもりなんだよね。そんな時に俺の周りがどうなってるかなんてことを気にする必要がほんとにあんの?」

「必要ってわけじゃ……」

「君だけじゃない。基本的にみんなそう。純粋に個対個で付き合えればいいのにっていつも思う。誰かと接してる時にその人の周りがどうかなんて、どうでもいいことじゃん」

「そう……?」

「俺の周りが大事?」

「どうでもよくは……ないと思う。大輝だって前に言ってくれたじゃない、よかったって」

 大輝は、ピンとこないという顔をした。

「ほら、ノエルで一緒に飲んでて、ヒロ君から電話あった時。私に笑顔で語れる人間関係があってよかった、って……あれ、そういう意味でしょ?」

 大輝は何もない空間を見つめていた。
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