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第4章 俺のライバル

56 個体談義

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「あくまで個対個で周りがどうでもいいんだったら、私に友達がいようがいまいが、家族との関係が良かろうが悪かろうが、関係ないはずじゃない」

 大輝は初めて気付いたという顔をして、ちらりと悦子を見やった。

「もちろん、家庭環境とかは昔のことだし、私がどうこうできることじゃないし、話したくなければ、いいよ、話さなくたって。でも、大輝には……寂しいとかむなしいとか、そういう気持ちをどこかでちゃんと吐き出しててほしいなと思って……」

「君は、俺の人生が寂しくて空しいと思ってるわけだ」

「そういう意味じゃ……でも、もしそうだったらどうしようって……」

 誰にも言わずにずっと抱え続けている何かが、大輝の内側にどす黒くたまっていく様子が最近目に見えるような気がしてならない。自分ごときが力になれるはずもないと自覚すればするほど、却って何かさせてほしいという気持ちが募った。

「心配しなくていいよ。俺は別に困ってないから」

「またそれ? 困ってない困ってないって、全然何も困ってない人なんているわけないじゃない。大輝は……カッコ良すぎるし、何でもできちゃうし、弱味がなさすぎるから、だからこそ本音っていうか、本当の自分をちゃんと出せる場を持っててほしいの。相手は私じゃなくたっていいから」

「君には責任ないじゃん。自分とは別の個体のことをなんでそこまで気にするわけ?」

 単なる別の個体だとは割り切れない思いを抱いているからだと、言ってしまえたらどんなに楽だろう。

「大輝だって……見ず知らずの私を介抱してくれたし、いろいろ相談に乗ってくれたじゃない。あと、酔っ払った人連れて帰ったり、ライブの時のヒロ君のケアだって……」

「それはね、残念ながら人道的に正しい方を選んだにすぎない」

「じゃあ、お土産は? ハワイの」

 大輝は一瞬静止し、それには触れてほしくないとでもいうように眉を寄せた。

「関係ないうちの家族にまでわざわざ……あれ本当に嬉しかったんだから。二人もすごく気に入ってたけど、一番喜んだのは私。物は別に何だってよかったの。そんな遠いところにいる時に思い出してくれて、何かする気になってくれたんだって思ったら……」

 声が震えた。悦子は泣きそうになるのをぐっとこらえた。

「自分とは別の個体とその周りの個体まで、こんなに気にかけてるのは大輝の方じゃない」

 大輝は長いこと考えた末に言った。

「知りたかったのかもしれない。君が日頃からそこまで大事にしているものが何なのか」

(私が大事にしているもの……)

「君は大好きなんだね。ヒロ君のこと」

「大好きって……ただ、ヒロ君仕事してなくて、たまのボランティアぐらいだから付き合い狭いし、私も似たようなもんだからお互い他に話し相手がいないっていうか……」

「そんなに仲良しでさ、何か変なこと考えちゃったりしないの?」

「ちょっと、やめてよ。そんなわけないでしょ」

 しかし、大輝は冗談を言っている風ではなかった。悦子はその思い詰めた眼差しに戸惑った。考えてもみてよ、と大輝にとって身近な人物を例に取ろうとしたが、一人っ子で実家すらない大輝の周囲には適当な例が存在しないことに気付く。

 悦子は結局諦めて、寝るモードに入った。ウォッカが思いのほか効いたらしい。訪れつつある眠りに身を投じながら、とうとう見付けてしまった、と思った。峰岸大輝が誰にも見せない心の穴。一見完璧なこの男に決定的に欠けているもの。

 それは、家族だ。


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