恋の駆け出し記念日 ~23歳の地味処女にやたら優しいイケメンは、誰よりも真面目なワケありプレイボーイでした~

生津直

文字の大きさ
79 / 80
第5章 もう一つの卒業

79 マリちゃん

しおりを挟む
 廊下の突き当たりで若い女性看護師二人が立ち話をしている。悦子がその手前を折れて給湯室に入り、花瓶の水を流しに空けていると、彼女たちの話し声が聞こえてきた。

「珍事といえば、救急から聞いたんだけどさ、患者さん意識不明で家族の連絡先探すじゃん。本人の名刺がすぐ見付かって、代表取締役ってなってるから、じゃあ最悪家族がつかまらなかったら会社に連絡してあげようか、って、そこまではいいんだけどね。名刺の裏に緊急連絡先として二つ番号書かれてんだけど、名前がないんだって。一つはなぜかお寺で」

「寺! 何それ、死ぬ気満々じゃん。超ウケる」

「なんかワケありだったみたいで、警察がかけたらしいけどね。実家か何かだったのかなあ。でね、もう一個がすごいの。『僕のとても大事な人』」

「うわ、寒っ。彼女ってこと? でも『一番大事』じゃないんだ。で、誰だったの?」

「そこを見届けてないって言うのよ。ま、あとは警察の判断でどうにかしたんじゃない?」

「ま、手掛かりないよりはいいけどね。最近みんな携帯は暗証番号とかでロックしてるしさ。手帳って時代でもないし……」

 どこかのお寺出身の社長さんが事故にでも遭って運ばれてきたのだろうか。案外身近な大野氏辺りのことだったりして、と密かに笑みを浮かべながら悦子は病室に戻った。



 水を入れ替えたばかりの花瓶を窓際に置く。花は先日病室でささやかにクリスマスを祝った時の名残だ。悦子は雑誌をめくっている大輝に尋ねた。

「ねえ、こないだのお客さんって、誰だったの? 大野さんと三人で話したって」

「ああ、会社のお客さん」

「会社の、って……その格好で会ったわけ?」

 あの日も今と同じ、病院のパジャマ姿だったはずだ。

「しょうがないじゃん入院してんだもん。ま、あの人はもともとスーツな仲じゃないけど」

 大輝はめきめきと回復していた。食事は普通食になり、顔色も普段と変わりない。

「あれ? パソコンなんて、どこから?」

「さっきうちのパートナーが来てね。いつまで休んでんだって怒られちった。煙草吸い終わったらまた戻ってくると思うけど。あ、ほら、噂をすれば」

 入口を振り返ると、チノパンにジャケットという服装に黒縁の眼鏡をかけた小柄な男性が入ってきたところだ。悦子の姿を見て、軽く頭を下げる。

「あ、どうもこんにちは。峰岸君の右腕の、藤崎ふじさきと申します」

(藤崎さんって、あの……)

 大輝が仕事の電話で以前口にした名だ。さすがに口内炎はもう治っているだろうが。

「右腕? 随分謙虚じゃん」

と大輝が茶化す。

「どうも、はじめまして、柿村と申します」

 仕事の打ち合わせはすでに終わっていたようで、二人の間では雑談が続いた。

「サトシがさすがに年末年始は休むぞ、って凄んでたけど」

「ああ、いいよ。藤崎君がカバーするんで」

「あのさ、マジで倒れていい?」

「ウソウソ、この週末から三日までは取ってもらっていいよ。俺ももうじき完全復帰するし」

「マリコもさすがにヤバいだろ。さっさと産休入らせないと、ブラックとか言われんぞ」

(産休……)

 悦子は思わず聞き耳を立てる。

「そうだね。本人は上二人ん時も直前まで働いてたから大丈夫とは言ってるけど、旦那さんは心配してるみたいだし、会社で産まれちゃったりしたらシャレにならんもんな」

「予定日まであと三週間って時に、どっかの怪我人が病院まで呼び付けたりするし」

「いや、来てくれるって言ってくだすったの。メールも電話もできないんじゃ話になんないっつって。ほら、まだ手術翌朝だったから動こうにも動けないし、病室で長々電話すんのもあれだしさ。あん時はもうね、メール三行打つだけでフラッフラだったのよ」

「マリコって……」

と悦子はつい口を挟んだ。

「うちの秘書兼、プロジェクト管理兼、実質何でも屋のスーパーマリちゃん。お陰様で全部丸投げさせてもらって、俺はたっぷり休養できたわけよ」

? じゃもう稼働扱いでいいのね。その丸投げほとんど俺んとこ来てんだからさ」

「だからナベさんのアポは俺、予定通り受けたじゃん。いいよ、病院まで来てくれてパジャマオッケーな人ならどんどん回してくれて」

 なんと、手術翌日に面会に来た妊婦の正体がマリちゃんだったとは……。悦子は勝手な勘違いで泣き喚いたことを恥じ、大輝の丸投げを処理してくれた臨月の妊婦に感謝した。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

俺様上司に今宵も激しく求められる。

美凪ましろ
恋愛
 鉄面皮。無表情。一ミリも笑わない男。  蒔田一臣、あたしのひとつうえの上司。  ことあるごとに厳しくあたしを指導する、目の上のたんこぶみたいな男――だったはずが。 「おまえの顔、えっろい」  神様仏様どうしてあたしはこの男に今宵も激しく愛しこまれているのでしょう。  ――2000年代初頭、IT系企業で懸命に働く新卒女子×厳しめの俺様男子との恋物語。 **2026.01.02start~2026.01.17end**

極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です

朝陽七彩
恋愛
 私は。 「夕鶴、こっちにおいで」  現役の高校生だけど。 「ずっと夕鶴とこうしていたい」  担任の先生と。 「夕鶴を誰にも渡したくない」  付き合っています。  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  神城夕鶴(かみしろ ゆづる)  軽音楽部の絶対的エース  飛鷹隼理(ひだか しゅんり)  アイドル的存在の超イケメン先生  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  彼の名前は飛鷹隼理くん。  隼理くんは。 「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」  そう言って……。 「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」  そして隼理くんは……。  ……‼  しゅっ……隼理くん……っ。  そんなことをされたら……。  隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。  ……だけど……。  え……。  誰……?  誰なの……?  その人はいったい誰なの、隼理くん。  ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。  その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。  でも。  でも訊けない。  隼理くんに直接訊くことなんて。  私にはできない。  私は。  私は、これから先、一体どうすればいいの……?

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される

奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。 けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。 そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。 2人の出会いを描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630 2人の誓約の儀を描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041

【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜

来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、 疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。 無愛想で冷静な上司・東條崇雅。 その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、 仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。 けれど―― そこから、彼の態度は変わり始めた。 苦手な仕事から外され、 負担を減らされ、 静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。 「辞めるのは認めない」 そんな言葉すらないのに、 無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。 これは愛? それともただの執着? じれじれと、甘く、不器用に。 二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。 無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

あなたがいなくなった後 〜シングルマザーになった途端、義弟から愛され始めました〜

瀬崎由美
恋愛
石橋優香は夫大輝との子供を出産したばかりの二十七歳の専業主婦。三歳歳上の大輝とは大学時代のサークルの先輩後輩で、卒業後に再会したのがキッカケで付き合い始めて結婚した。 まだ生後一か月の息子を手探りで育てて、寝不足の日々。朝、いつもと同じように仕事へと送り出した夫は職場での事故で帰らぬ人となる。乳児を抱えシングルマザーとなってしまった優香のことを支えてくれたのは、夫の弟である宏樹だった。二歳年上で公認会計士である宏樹は優香に変わって葬儀やその他を取り仕切ってくれ、事あるごとに家の様子を見にきて、二人のことを気に掛けてくれていた。 息子の為にと自立を考えた優香は、働きに出ることを考える。それを知った宏樹は自分の経営する会計事務所に勤めることを勧めてくれる。陽太が保育園に入れることができる月齢になって義弟のオフィスで働き始めてしばらく、宏樹の不在時に彼の元カノだと名乗る女性が訪れて来、宏樹へと復縁を迫ってくる。宏樹から断られて逆切れした元カノによって、彼が優香のことをずっと想い続けていたことを暴露されてしまう。 あっさりと認めた宏樹は、「今は兄貴の代役でもいい」そういって、優香の傍にいたいと願った。 夫とは真逆のタイプの宏樹だったが、優しく支えてくれるところは同じで…… 夫のことを想い続けるも、義弟のことも完全には拒絶することができない優香。

恋は、やさしく

美凪ましろ
恋愛
失恋したばかりの彼女はひょんなことから新橋の街中で上司にお姫様抱っこされ……!? ――俺様な美形上司と彼女とのじんわりとした恋物語。 性描写の入る章には*マークをつけています。

処理中です...