百鬼怪異夜行

葛葉幸一

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第二十九夜 八百比丘尼─ヤオビクニ─

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 僕がまだ子供の頃。
 大きな杉の木がある神社で一人の女性と出会った。
 噂ではその杉の木は、1000年もこの地にある、御神木だという。

 女性はその木を見上げながら、悲しそうな表情を浮かべていた。
 僕に気がついた女性は悲しげな顔のまま、僕に笑いかけた。

 その時、僕は思わず逃げてしまったが、なんとなく気になって次の日も神社に行った。
 女性は何事もなかったように木を見上げていた。
 また僕と目が合ったが、今度は逃げずに女性と話をした。

 この町がまだ別の名前で呼ばれてた時。
 この国にまだコンクリートなんかなかった時。
 旅をするには、自分の足で歩いて行かなくてはいけなかった時。
 子供の頃の僕は、不思議とその話しは嘘やでたらめではなく、この女性が本当に体験してきたことなのだと信じて疑わなかった。

 色々な話を聞いて、僕を見た祖父が言った。
 お前、あの女に会ったのか?
 もうそんな時期か。
 人魚の肉を食い、1000年の時を生きる。
 不老不死は昔からの人間の悲願だが、実際死ねないとなると、どう考えるのか。
 俺たちの預かり知れない苦悩だろうよ。

 次の日も僕は神社に行って、女性とまた色んな話をした。
 僕は気になって、女性が今、どんなことをしてるか聞いてみた。

─まだ死ぬ運命にない人が死んでしまわないように、私の命をわけているの。
 女性は空を見上げている。
 1000年生きているという女性は、どの時代にも現れるらしい。

 そして、自分の命を200年分誰かに分け与えることができるという。
 どうしてそんな悲しい人生を送るのか。僕にはわからなかった。あまりにも理不尽すぎる。

─それは、私たち八尾比丘尼が背負った業なのよ。
 ごう。業。その意味は幼い頃の僕にはわからなかったが、当時の僕はすごい悲しい気持ちになって泣いてしまった。
 
 それを見た女性は、僕を優しく抱きしめてくれた。
─私のために泣いてくれて、ありがとう。

 次の日。神社に行ったが、女性と会うことはなかった。
 祖父に話を聞こうとしたが、なにも話してはくれなかった。

 大人になった僕は、その女性を思い出すたびに涙がこぼれる。
 役目を終えて死したのち、女性は幸せになれるのか。
 それとも、また八尾比丘尼として生まれ、人々に寿命を分け与えながら800年の時を生きるのか。
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