人の噂は蜜の味

たかさき

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喧嘩の話

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「喧嘩?」
「そう、喧嘩。したことないと思って」
「したいの?」
「別にしたくない」
「だよね、俺もしたくない。くだらない、めんどくさい。でもなんでそんな話になったの?」
「聞かれたんだよ、喧嘩するのかって。それでよく考えたら喧嘩したことないなと思って、でもバカにされてることが多いなとも思ってムカついた」
「あー、それはしょうがないね」
「なんだよ、しょうがないって」
「塔野がバカだって常に思ってるわけではないけど、しみじみとバカだなぁと思うことも多いからどうしても態度にでるよね」
「出すなよ、隠せよ」
「お前がバカを出すなよ、隠せよ」
「出してねーよ。お前こそもっとバカを出してこいよ」
「えぇ、絶対やだ」

 だいたいこんな感じの会話をして昼休みが終わる。

 どう聞いてもよくある男子高校生の友達同士の会話だと思う。場所はだいたい中庭で俺たち以外にも人がいる。しかし会話が聞こえる範囲には人はいないはずだし、盗聴なんて大掛かりなことがされているわけでもない。

 それなのになぜ、こんな質問をうけるのか?

「けんかしないコツ?」
「そう、二人って喧嘩したことないんでしょ。私のところ喧嘩ばかりでもう嫌になる。どうしたらいいかと思って」

 最近こんな感じの質問? を受けることがたまにある。
 ──意味不明である。
 そんなこと俺に聞いてどうする。恋愛に関しては初心者どころの話ではなくスタート位置にすら立てていないというのに。

 しかし無碍にもできないお人好しな俺がいる。
 恋愛相談だと思うから無理だとなるわけで、人間関係の相談だと思えば俺だって人間なのだから全く未知の領域というわけではないだろう。
 そんな訳で真摯に答えたりする。

「深見が相手だと喧嘩にならない気がする」

 だがたいていお望みの答えは出せていないようで
「ごめん、ラブラブな二人に聞いたのが間違いだった」
 などと言って、使えねーみたいな空気をわずかに醸し出し去っていく。当て逃げにでもあった気分だ。


「深見にはそういう質問ないのか?」
「ないよ。あっても答えないし」
「え、そうなの?」
「律義に答えてる方が驚きだし、噂が増えていくわけがわかった気がする」

 そう言ってため息をつかれた。

「答えないほうがいいのかな」
「……お好きにどうぞ」
「なんだそれ」
「好きにしろってこと、どちらでもいいよ。たぶんどっちでも同じだから」
「なんで?」
「なんでだろうね」

 はぐらかされた気がする。
 だが噂の発信源が自分であることは気付いているのでどうにかしたいとも思う。
 深見は基本的にどんな噂が立っても何も言わない。特に否定もしていないらしい。
「楽しみたいんだろ」と言われた。たしかに俺は楽しみたいと言った。それならば噂一つに右往左往するのもおかしな話だ。

 でも俺には確実に許容できる噂とできない噂がある。
 特に最近後者のも物が増えた気がする。そしてそれは俺が発生源である自覚がある。

 俺たちが付き合ってるという噂は依然としてあるが正直もうどうでもいい。いちいち否定するのも面倒くさくなってきたしそれで現状が変わるわけではない。
 許容できない噂もただ俺が許容できないだけで噂の大筋に変化があるわけではない。俺の意識の問題だ。

 果たして答えないという選択が俺に可能なのだろうか。
 口で答えなくても表情に出ていたら一緒だし言葉で言っていない分誤解される可能性が高い。むしろ今まではそれで失敗している。

 俺は嘘がつけない人間であるとよく言われる。ただ嘘をつく必要がないのでつかないだけなのだが……。
 いっそ嘘をついてみればいいのかもしれない。
 しかしその方向性が見えない。
 付き合ってるという嘘は現状に一致してしまっていて意味がない。
別れたも嘘じゃないし、深見が嫌いとかいう嘘は深見と別行動の必要性が出てきて大ごとになりそうだ。ちょうど良い嘘というのは難しい。

 教室に戻ると平野が「うかない顔してどうした? 深見と喧嘩でもしたか?」と聞いてきたので軽い気持ちで頷いた。

「えっマジで?」

 自分で言ってきたくせに予想外の驚きを見せる平野を無視して自分の席に戻った。こういう時はあまり何も言うべきではないだろう。

 放課後になり帰ろうとすると深見からメッセージが届いた。
『喧嘩してたっけ』というもので『してないと思う』と返信したがそれ以上連絡は来なかった。待ってても深見が来なかったので深見の教室に行くともう帰ったと言われる。
 仕方ないので一人で帰る。

 翌日、教室に行き、いつも通り授業を受けて、いつも通り昼になり、いつも通り中庭に行くがいつも通りに深見は来なかった。

 連絡をすればいいことはわかっている。
 ──喧嘩したって嘘ついた。
 ──なんで先に帰った。
 ──どうして昼来なかった。
 言えばいいし聞けばいいのにできない。

 怒ったのだろうか。
 俺はただ頷いただけだ。たったあれだけでという思いもあるが嘘は嘘だ。
 嘘をついた自覚がある。
 謝るべきなのだろうというのはわかる。謝るなら早くしたほうがいいというのもわかっている。わかっているが机に突っ伏してぼーっとしている自分がいる。

 ──何やってるんだろうな。喧嘩なんてしてないのに。
 そもそもなんで嘘なんてつこうと思ったのだろう。答えても答えなくても一緒と言われたからだろうか。
 それで結局またバカにされるのだから本当に救いようのないバカだ。
 でもバカにされるだけならば別にいい。

 どうしよう。
 愛想をつかされたら。
 あまり考えたくないが、これで終わりなんてことになったら。怖くて連絡すらできないとか笑えない。

「塔野、大丈夫か?……大丈夫じゃなさそうだな」

 平野が聞いてきた。大丈夫じゃなさそうなのか、いま俺。

「喧嘩の理由なんなんだ?」

 そう言われたが実際には喧嘩してないので理由なんかない。

「言いたくないなら言わなくてもいいけど、ちょっと見ていられない」

 そんなにか、見ていられないほどの状態ってどんなのだろう。
 他人ごとのように考えるが動く気力がないので返事すらできない。たしかに重症だろうな、とまた他人ごとのように考える。

「だから余計なお世話だと思ったけど深見呼びに行ったから」

 ──は? 誰が?
 あわてて起き上がると女子に連れられて深見が教室に入ってきた。
 ──どうしよう大ごとになってしまった。

 不機嫌そうな深見が俺の机のそばまで来る。深見は半目で俺に「懲りた?」と聞いてきた。俺は机に頭をついた状態で「ごめんなさい、もうしません」と謝った。

 平野が「よくわからないけど仲直りできたのか?」と聞いてくる。

 俺は深見を見つめる。

 深見はため息をついて「今日はもう一緒に帰るから大丈夫」と言った。



「本当に勘弁してほしい、なんなのあの羞恥プレイ。嫌がらせ?」

 帰りの深見君は激おこだった。

「バカなのは知ってるけどもう少し自分のバカっぷりをわきまえて欲しいし、お前のクラスお前に過保護過ぎない?」

 俺は、すいません、そうですねといった相槌を繰り返した。
 だがあまりの言われようにだんだんと反論したくなってきた。

「でも、ちょっと喧嘩したって嘘ついただけで急に連絡なしに先に帰るとか酷いだろ」
「ちょっとね、ちょっとか、反省してないね。でもいいやおもしろかったし」
「おもしろい?」
「ものすごい落ち込みっぷりで可哀想だって何人かに言われた、喧嘩なんてしてないのにね。さすがに呼び出し受けるのは想定外だったけど」
「おもしろいか?」
「…………まぁ、これからは余計なことは考えないほうがいいよ。ろくなことにならないから」
「おもしろかったのか?」
「……すごくおもしろかった」
「どこが?」
「塔野が落ち込んでるのが」
「それで昼もこなかったの?」
「そうだけど」
「……深見の馬鹿」
「は?」

 そして俺たちは本当に喧嘩した。
 正確には俺が一方的に。
 しかし俺が怒っても深見の機嫌は良くなるばかりで、結局、深見相手に喧嘩は成立しないということを俺は身をもって知った。


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