人の噂は蜜の味

たかさき

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お宅訪問する話

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「なぁ深見」
「何?」
「暇じゃね?」
「……暇ではないよね」
「なんかさ、飽きた」
「まだ一時間経ってないんだけど飽きるの早すぎない?」
「家探ししていい?」
「人の話聞いてないよね」
「とりあえずベッドの下からかな」
「本当に聞かないよね」
「それよりもさー、なんで食卓なの?」
「……文句があるなら帰ったら?」

 俺達は今テスト勉強をしている。
 深見の家で。
 渋る深見を拝み倒してなんとかここまでやって来た。

 しかし食卓である。二人で食卓に向かい合わせに座り教科書とか問題集とかノートを広げている。
 リビングダイニングトイレ以外立入禁止を何回も何回も、しつこいくらい何回も言われてようやく入った深見の家である。
 文句はない、食卓での勉強はありだ。とても合理的な判断だと思う。色々広げても気にならないし、何より塔野家と違って食卓の上が片付いている。
 それでも気になる、深見の部屋。
 マンションにある深見の家の一室。
 玄関入ってすぐ右手にある、可愛いらしい文字でユウと描かれたプレートがぶら下がったあの部屋。

 深見からは絶対に見せないという強い意志を感じる。いいじゃないか少しくらい、覗いたり、ちょっと寝転んだり、家探しするくらい。

「深見の部屋ってそんなに汚いの?」
「汚くないよ。塔野と一緒にしないでね」
「俺の部屋を汚いって決めつけるなよ、ある程度の清潔さは保たれてるよ」
「……意外だ、腐海みたいになってるかと思った」

 深見が驚いた顔をして俺を見る。
 いつも思うのだがこいつの中で俺はどれだけダメ人間になっているのだろうか。しかし反論できない程度のダメさは自覚しているので眉間をピクピクさせる事ぐらいしかできないのが歯がゆい。

「汚くするとさ、親がすごく嬉しそうに隅から隅まで掃除しようとするんだよ。それだけは阻止したいからしょうがなく掃除してる」
「……よくわからないけど一人暮らししたらダメになりそうだね」
「その時は大人になってるから大丈夫だろ?」
「それは大人の塔野に夢見過ぎじゃない? たぶん今の塔野と変わらないかもっとダメになってるかもよ」
「……一人暮らししなければいいかな」
「諦めるの早いね」

 そんな会話を繰り広げつつもやっぱり気になる深見の部屋。
 せっかくテスト勉強という格好の口実でもって深見の家までやって来たのにここまで頑なに隠されるとは思わなかった。
 しかし隠されると気になるのが人間のサガである。一体どんな秘密が隠されているのだろうか。
 まさかアイドルのポスターとか貼ってあったり、抱きまくらとかあったりするのだろうか。

「あのさ、いいかげん勉強したら? 何しに来たの?」
「俺、そういうのに偏見ないから」
「……なんの話?」
「深見の部屋の話」
「本当に何しに来たの?」
「テスト勉強」
「さっきからしてないよね」
「深見ってチャラいのに真面目だよな」
「塔野は一瞬真面目そうに見えるけどかなり残念だよね」
「一瞬なの? 一見じゃないの?」
「一瞬だね、刹那」

 俺の真面目さは一瞬でしか捉えられないのか、ある意味レアだな。それよりも残念って何だ。

「俺テスト勉強ってさ、一夜漬けでいいと思うんだよね」
「……ならなんでテスト勉強やろうなんて言ったの」
「深見の家に興味があったし、深見の部屋にも興味があったから」
「ならもう欲望は満たされたから帰れよ」
「満たされてないよ、部屋見せてくれないじゃん」
「見たでしょ、ドア」
「ドアで何を満たせって言うんだよ、中が見たいんだよ。今度俺の部屋見せてあげるから見せろよ」
「……それ人にものを頼む態度じゃないよね」
「見せてください、お願いします」
「…………」
「深見、お願い。見せて?」
「…………」
「深見様…………おい、なに笑ってるんだよ」

 深見はひとしきり笑ったあと、ものすごくいやな笑顔で「絶対ヤダ」と言った。
 お願い損だ。
 仕方なく、本当に仕方なくテスト勉強を始めた。

 深見は俺と話しながらもコツコツと勉強を進めていたので結構ノートが埋まっている。器用なやつだ。少し丸みを帯びた見やすい文字がノートに並んでいる。
 その文字を綴り出す手を見て、そのまま真剣な顔でノートを見つめる深見を見た。

「今度は何?」
「……え?」

 気がつくと深見が俺を見ていて目があった。
 ついボーッと深見を見てしまったようだ。

「あーっと、勉強しようかな」

 俺がそう言うと深見は一瞬眉間に皺を寄せてまた顔を下げた。また深見の手から文字が綴り出される。
 そのノートを見ていると何故か胸がザワザワして最終的に憮然とした顔でリビングの時計を睨みつけていた。

「もう帰る?」
「……帰ろうかな」
「本当に何しに来たんだか」

 そう言って、深見はため息をついたあと笑った。

「何だよ」
「いや、何であんな変な顔で時計の方見てたのかと思って」
「元々そういう顔なんだよ」
「そうだった?」
「なんか深見の家は勉強がはかどらないから帰る」

 そう言って俺は片付けを始めた。
 あれだけお願いして押しかけておきながら酷い物言いをした自覚はある。だが勉強する気にはなれない、というか集中できない。

「塔野に勉強がはかどるような場所があるの?」
「あるよ、机の下」
「何だよそれ」

 深見が俺を留めるような事はしない。
 深見は去る者を追わないし、来るものは……どうだろう。少なくとも俺は拒まれなかった。そしていつも好きにしたらと言う。これはもう好きにさせてもらうしかないだろう。
 俺がある決意を持って鞄を掴み立ち上がると深見も立ち上がった。

「深見君、僕の事は気にしないで勉強を続けていいよ」
「いや、お客様をひとりで帰すわけにはいかないから玄関まで送るよ」
「お客様だなんて、ただの押しかけお邪魔虫だから本当に気にしないで」
「お邪魔虫の塔野君はおバカで道に迷うといけないから送っていくよ」
「玄関までの道ならわかるからひとりで大丈夫だよ」
「でも心配だから送らせてよ」

 そう言って手を握られた。

「ナニコレ」
「迷子にならないように」

 そして鼻唄でも歌いそうな様子で歩き出す。
 リビングを出てユウと描かれた文字を横目に見ながら、わずかな距離を引っ張られるように歩いた。

「はい、到着」
「もう?」
「もう?…………もっと繋いでいたいの?」

 そう言う深見の声を聞いて、握られた手を見てようやく思考が現実に追いついた。
 慌てて手を離すと深見が手をプラプラさせながら「手汗」と呟く。ズボンで手をぬぐいながら思考をまとめる。
 ──あれ?なんで手を繋いでたんだ?
 首を傾げながら靴を履き玄関に立つと深見が笑い出した。

「迷子にならなくてよかったね」

 そう言われてようやく俺の作戦が失敗に終わったことを知る。まぁ知るも何も、そもそも最初から失敗していたようなものだ。憮然とした顔をすると「本当に元々その顔なんだね」と言われた。

「また来るし」
「勉強しないのに?」
「テストじゃない時に来るし」
「部屋に入れる気はないよ」
「……ケチ」

 俺はいつか必ず深見の部屋に入ると言う目標を立てた。
 それまで深見の部屋がどんなものでも驚かないようにいろいろ想像しておこう。

「帰りの道わかる?」
「たぶん大丈夫」
「送って行こうか?」
「……いらない」

とりあえず、深見の部屋に一面アニメポスターが貼ってある想像をしてそれにどう反応すべきかを考えながら、俺は自分の家に帰ることにした。
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