人の噂は蜜の味

たかさき

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罰ゲームの噂の話

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 最近、深見の様子がおかしい。

 昼も一緒に食べない日があるし、帰りも別々に帰る事が多くなった。
 深見からは気にしなくていい、変な事は考えなくていいと言われたので気にしないようにしている…………しているのだが、それだけで気にしないように振る舞えるようなできた人間ではない。

 連絡はよく来る。
 こんなにマメなやつだったかと思うほどに来るのでちょっと気持ち悪いくらいだ。

 でも、どうしたのかと聞くと何でもないと言う。何かあったのかと聞くと気にするなと言う。それでは俺のモヤモヤが晴れるわけない。

 だがさすがに俺もこんな事でウジウジなんてしない、普通の態度を心がけている。ちょっと友達と一緒に帰れないくらいで落ち込んでいるほうがヤバイだろう。あまり気にしたくないが周りへの影響もある。

 俺は何事にも動じない強靭な精神力を身につけたい。
 ついでにこの機会にポーカーフェイスも身につけたい。

 まぁそんなわけで別々に行動していると案の定声をかけてくるやつがいる。

「なんか無理してない?」
「平野君、なぜそう思う」
「落ち込んでるよりはいいけど……空元気っていうのか、見ていて痛々しい」
「……それは気のせいじゃないかな」
「それならいいけど」

 どういうテンションでいたらいいか分からなかったので高めでいたのだが痛々しいらしい。しかし低めで行くと今度は心配される気がする。普通のテンションって……どんなのだったかな。
 そもそもなんで自分のテンションをいちいち気にしなくてはいけないのだ。どう考えても深見のせいだ。

 こうして俺の深見に対するイライラは日に日に膨らんでいく。

 深見の馬鹿野郎と大声で叫びたい気分だがそんなことをするわけにもいかないので小声で呟いていたら「いよいよおかしくなったか」と言われた。
 これはヤバイと思いポーカーフェイスを心がけているのだが末期症状かのような扱いを受ける。いったい何の末期なんだ、俺の悪循環は止まらない。

 そしてそんなある日、こんな会話を耳にした。

「え、本当なのそれ」
「本当らしいよ。深見君の友達が言ってたの聞いたって」
「えーじゃあ塔野君、超可哀想じゃん」
「ねー、深見君も酷いよね」

 ……俺がチョー可哀想なことって何だろう。
 いつも深見にバカにされている事だろうか。それならば確かに俺がチョー可哀想だし深見は酷い。
 なるほど深見の真実の姿がみんなに認知されてきたんだなとひとり納得していたのだが──周りの様子がおかしい。

 クラスの奴らから腫れ物に触るような扱いを受ける。そしてみんなが俺に優しい。
 授業中あたっても誰かが答え教えてくれるし、先生に雑用を頼まれても誰かが代わってくれる。みんなが俺に優しい世界……悪くはない。

 でもみんなの俺を見る目がなんか……哀れまれてる気がする。
 何かあったの? と聞いてもみな目を反らすだけで教えてくれない。平野に至っては目があった瞬間に泣きそうな顔をされた。

 深見に『クラスのみんなが変なんだけど』とメッセージを送ったら『塔野も変だから大丈夫☆』というよくわからない太鼓判を星付きで貰った。


「……意味わかんねーよっ!」とけっこうな音量で叫んだらそこは教室で、昼休み中で、俺はクラスの皆の注目を浴びた。


 ひとつ咳払いをして何事もないかの様にまた弁当を食べ始めたが……しんどい。
 さすがにこの状況はしんどい。
 俺はご飯を食べる機械だと念じながらポーカーフェイスをしているつもりで残りの弁当を食べているとクラスの女子数人が俺の前にやって来た。

「私達は深見君の事信じてるから」

 そう言った。
 確かにそう言った。

 そんな事を俺に言われても困る。しかし横からも「深見は良いやつだって」という深見賛美が聞こえる。

 なにこのクラス。
 深見信者多くない?

 いつの間にか世にも奇妙な深見の世界に迷いこんだのかと真剣に悩んでいると、ふとひとつの可能性にたどり着いた。

 罰ゲームだ。

 罰ゲームの噂が変な尾ヒレをつけて泳ぎ回っているのではないか?
 それならこの妙な状況も説明がつくのではないだろうか。

 今更ではないか?今更すぎるだろう。そういえば深見の友達から聞いたと言っていた。
 あのどよめき達のことだろうか、本当にろくなことをしない奴らだ。

 でも、なんとなく理由がわかると俺の胸中は落ち着いた。
 みんなは深見教の信者になったのではなく俺の心配をしてくれている。
 少し照れくさいが「ありがとう」と言うと女子達は頷いて戻っていき、横からは軽く肩を叩かれた。

 ……でも、ちょっと待ってほしい。
 今、俺ってどう思われているのだろうか。

 深見と付き合っている噂は健在だ。
 罰ゲームの話が表に出てきたのなら俺から告白したという捏造されたエピソードは消滅したのではないか。
 そして代わりに罰ゲームで適当に告白した深見にそれと知らず喜んで告白を受け入れた可哀想な俺というエピソードが追加されたのだろうか。
 俺が可哀想な分新しいエピソードの方がしんどいな。実際すごく哀れまれているし。

 でもそれって哀れまれることなのだろうか。
 きっかけはどうであれ今が幸せならいいのでは?
 俺が幸せそうに見えなかったからこんなに哀れまれているのでは?
 それならばそれは深見の行動が怪しく、俺が落ち込んで見えたせいだろう。

 ということは、俺たちが別々に行動して俺が落ち込んでいる時に深見の告白が実は罰ゲームで俺の事をなんとも思っていなかったということがわかり、さらなるダメージを受ける俺みたいな図式か。
 俺が深見にベタ惚れってのもまだ有効だったら2コンボくらいになるかな。
 もしかしてラブラブに見えていたのも俺の一方通行だったとか思われてるのだろうか。それは可哀想だな俺……じゃなくて噂の塔野君。

 なんだろう、まだ気づいていないふりをしたほうがいいのだろうか。
 それとも最初から知ってましたって言ったほうがいいのだろうか。
 そもそもただの友達だと言っているはずなのになぁ。
 というかこれって俺が悩む事なのだろうか。

 そんな事を考えていたら午後の授業が終わっていた。

 なんだか馬鹿馬鹿しくなってきたし、面倒くさくもなってきた。おもむろに深見に電話をかけると俺の教室の前だと言われた。
 そちらを見ると深見と目が合ったので電話を切って手招きをする。深見は少し渋る様子を見せたあと教室の中に入ってきた。

「深見君、俺に何か言うことあるよね」
「え、ここで?」

 そう言って深見は周りを見回す。
 注目の的だ、ざまぁみろ。

「……罰ゲームバレたから」と観念したように深見は言った。
「知ってた、最初から知ってた」と俺は周りに聞こえるように言う。

 深見は何か察したようだが察しきれなかったようで「どうしたいの?」と聞いてきた。
 どうしたいかなんて決まっている。

「これからも一緒にいたい」

 俺がそう言うと深見は片手で顔を覆い「マジかよ」と呟いた。

「マジだよ、返事は?」

「………………こちらこそ」

 ちょっと歯切れが悪いが、まぁいいだろう。

「よし、帰ろう」

 深見の服を掴んで教室を出て靴箱まで歩く。イタズラが成功した気分でちょっと楽しい。

「お前さぁ、今の絶対告白だと思われたよ」
「深見じゃあるまいし告白なんてしてないだろ、一緒にいたいって言っただけだよ」
「いや、それがさ……え、何?何も考えずにあれやったの?」
「なんか色々考えたら面倒くさくなった。深見も変なこと考えるなって言ってたし」
「変なことを考えるなとは言ったけど考えるなとは言ってないよ」

 深見はため息をつきながら「いいけどさぁ」などとブツブツ言っている。元々は深見が怪しい行動をするのが悪い。

「それよりも何やってたんだ?」
「……なんかね、もう全部後手に回ったからもういいよ」
「何のこと?」
「……罰ゲーム、バレるの嫌だって言ってたから」
「バレたじゃん」
「そうだね」
「今さら気にしないのに」
「……そうみたいだね」
「無駄な足掻きだったな」
「…………本当にそうだね」

 真面目な深見君は自分の責任を感じて何かしていたらしい。
 それについては評価をしてもいいが俺に何も言わなかったのはマイナスだ。言ってくれればこんな事をする必要はなくてまた外野が何か言ってるよで終わったはずだ。

「まぁいいじゃん。何も変わらないよ」

 俺たちは友情を確認したしさっきのでまた新しい噂が立っても今までと状況は変わらないはずだ。

 しかし「……何も変わらない……ね」と妙な含みを持たせて深見が言う。

「何?」
「とりあえずそれでいいかな」
「何だよそれ」
「付き合ってるわけだし」
「噂ではね」
「そう噂、噂では相思相愛だし、ラブラブバカップルだし、別にいいよね。何も変わらない」
「ん?何言ってんの?」
「友達でも恋人でも肩書きは何でもいい。一緒にいたいし好きだというのは変わらない」
「深見?」
「塔野もそうでしょ?さっき一緒にいたいと言ったし、よく友達として好きだと言う。でも塔野の俺に対する執着はただの友達ではないよ。だけど塔野が望むなら肩書きは友達のままでいい」
「おい、何のことだよ」

「うん、まぁ……どうしようもなく好きだってことだよ」

 深見がそう言った。

 それは友達としてだろうか、恋人としてだろうか。
 肩書きは何でもいいと言った。
 それならば人としてだろか、深見自身としてだろうか。

 俺自身は深見のことをどう思っているのだろう。

「塔野?」

「……本当だ……こんなにどうしようもなく好きとか……笑える」

 なぜだか涙が溢れてきた。
 何だろうこれは。

 いつのまにか深見に抱きしめられている、これは絶対恥ずかしいやつだ。
 だけど涙が止まらないからしょうがない。

 深見の肩にすがって落ち着くまで泣いて、ふと気づくと俺たちはこんな恥ずかしいことを校門の前でやっていた。
 慌てふためく俺の手を深見が引いてその場を退場し、ようやく家に帰ると俺はそのまま知恵熱を出した。
 翌日登校した深見から「さすがに周りの空気がしんどかった。ペアルックの噂並みにしんどかった。でもお前のクラスのやつからはよくやったって言われた」という報告を受けた。

 よくやったって何をだよ。
 俺行きづらいじゃん。
 っていうかペアルックはしんどかったんだ。

 あと変な噂が増えていたか聞くと「うーん、まぁ変わらないよ。ラブラブバカップルが場所もわきまえずイチャイチャしてただけだね」と言われた。

 なんだ本当に変わらない、今まで通りだ。
 強いて変化をあげるなら深見が激甘で寒気がするくらいだ。
 気持ち悪いからやめてくれと言ったら「数日で落ち着くと思う」と言われた。
 期間限定なら少しくらいは楽しもう。

 熱も下がって学校へ行く。
 今日も深見と一緒にご飯を食べて、一緒に帰る。
 いつもと変わらない、すでに俺にとっては日常だ。

「雨降って地固まるってやつか?鬱陶しいくらいご機嫌だな」と平野が言った。
 そうだろうか、そんなに顔に出ていたのだろうか。

「それでやっと付き合い出したのか?」
「あれ?付き合ってるって思ってたんじゃないの?」
「そう思ってたけど、友達だ友達だって言うからやっぱり友達なのかなって思い直そうとしてたとこ」

 どうやら平野への認識修正はきちんと為されていたらしい。
 でもその修正ももう必要なさそうだ。

「付き合ってはないかな」
「え、そうなの。それならまだ友達なのか?」
「友達なのかな。でも付き合ってるのかな」
「え、どっちなの?」
「どっちでもいいかなって結論に達した」
「ちょっと何言ってるのかわからないけど」
「俺もよくわからないけど。まぁ今日も一緒に帰れるならそれでいいよ」
「そうか、まぁ楽しそうだからそれでいいのかな」

 そう言って「また明日な」と帰っていった。
 俺も教室を出ると深見の姿が見えた。一瞬走り出しそうになる自分に苦笑する。

 別にゆっくり歩けばいい、今日も一緒に帰るのだから。
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