人の噂は蜜の味

たかさき

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困った話(深見視点)

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 困ったことになった──そう思う。


 何に困っているのか。

 とりあえず恋人がバカなことだろうか。


 バカな子ほど可愛いと言うし実際に可愛いと思うのだが、こんな斜め方向にバカだと対処に困ることもある。
 思考回路の構造は単純なはずなのにあらかじめ妙な変数が設定されているのか出てくる答えがおかしい。しかしそれ自体は塔野の魅力のひとつとも言えるし一緒にいて楽しいから問題はない。

 だが今回はそうも言っていられない。

 元々、恋愛方向に関しては苦手意識を持っているようだったので設定された変数もかなりトリッキーな物だったのだろう。それとも単純にプラマイが逆だったのか……とにかく、今回塔野が出した結論は間違っている。

 なぜ西田が俺の事を好きだと思いこんでいるのだろう。

 確かに会話が微妙に噛み合っていないと感じていたが塔野とはよくあることなのであまり気にしていなかった。向いている方向が一緒なら細部が合っていなくても問題ないと思っていた。しかし今回は根幹が違った。それにもかかわらず細部が微妙にあってしまっていたので気づくのが遅れた。


 その結果塔野はすでに確信している。


 西田が俺の事を好きだと。


 やめて欲しい。


 実際はだからどうしたといったどうでもいい問題である。俺は塔野が好きで、塔野も俺を好きだという疑いようもない両思いなのでそこに西田の入る余地はない。
 それならば西田が塔野を好きだろうと俺を好きだろうと、そんなのどちらでもどーでもいいことだ。

 でも…………嫌だ。

 何が嫌って、なんか嫌だ。害はないから大丈夫と言われても手のひらサイズの蜘蛛と同じ部屋にいるのは嫌なのと同じくらい嫌だ。実際に好かれているわけではないとわかっていても…………気持ち悪い───。

 どうしたらいいのだろう。



 西田が塔野を好きになった。俺はそれを平野から聞いた。だがそれより前から知っていた。見ていればわかる、西田は塔野ばかり見ていた。

 俺はいっそ西田が玉砕覚悟で塔野に告白でもすればいいと思っていた。しかしすでに玉砕しているようなものなので西田は片思い、しかも隠し通すという覚悟を決めたようだった。

 そんな健気さはいらない。

 しかも隠し通すと言っても塔野以外の人間はもう知っている。すでに三角関係だとかなんだとか、とても楽しい噂が飛び交っていて西田はそれを律儀に否定していた。

 放っておけばいいものを……。

 噂などというものは放っておけば消えるものだ。特に高校生なんて熱しやすいが冷めるときは一瞬だ。また他に気になるものができれば俺たちのことなどすぐ過去になるだろう。だが西田はそれをわかっていない、なぜか俺たちは友達だアピールをしだした。

 やめて欲しい。

 西田と俺が友達……まあ友達なのかもしれないがあまり認めたい類いのものではない。はっきり友達だと口に出して言うのは嫌だ。
 塔野と平野なんかは俺たちは親友だ心の友だと恥ずかしげもなく公言するし、そのあと暑苦しいような握手をして二人で笑い合っていたりするがあの二人はあれでいいのだろう。

 西田はそれと同じものを俺に要求した。俺と肩を組み「俺たちって親友だよな」と言い放った。すかさず違うと否定し蔑むような眼差しで西田を見た。なぜ一足飛びで親友にしたのか理解に苦しむ。
 そして──友達ではあるかもしれないけどな──というセリフは胸の中で呟くに留めた。なぜなら口に出したくないからだ。

 しかしそれが噂に拍車をかけた。

 塔野をめぐり友情にも亀裂が入り……などといったとてもおもしろい噂が駆け巡った。
 だがしかし、それは俺にとってどうでもいいことだ。しょせん噂だ、目の前に俺の事を好きだということを隠すことすら考えられない様子の恋人がいればそんなもの歯牙にかけるようなものではない。


 その恋人には、これらの噂はその過保護代表を自認する恋人の親友により箝口令が敷かれ伝わっていない。
 あのクラスは何なのだろう、おそらくクラスの皆が直感でこれを塔野に伝えると面倒くさい事になると察したのだろう。平野が言う前から情報はシャットアウトされていたらしい。

 俺としては、少しくらい教えても面白くていいのではないかと思うのだが、どうやらいつもご迷惑をおかけしているようなのでそこは塔野のクラスの方針に従った。


 よって俺と塔野はいつも通り平穏だった。


 途中、塔野が西田の手を取り校舎内をウロウロするというパフォーマンスをしたためかなりざわつき、俺の心もざわついたが結局俺の過去に嫉妬していただけというオチも付き俺たちは相変わらず平穏だった。



 だが部外者はそうもいかないらしい。
「え、俺たちって親友じゃないの」などという事を何回か言ってきた。そしてその度に違うと答えた。お前気にするとこ間違ってないかというツッコミをする気も起こらず、違うと答える以外は無視をした。


 そしてその場面を目撃した恋人が──

「せめて親友くらい良いじゃあないかぁ!」

 ──そう喚いたのだ。



 せめて?…………くらい?

 親友というのは英語で言えばbestがつくはずで最上位に分類されるものだからその言い方はおかしいだろう。
 塔野の言い方では親友を上回るポジションが存在し、そこに置けないから親友でいいという風に聞こえる。それならば親友を上回るポジションとは何か…………残念ながらその時の俺には思いつかなかった。

 そして、二人は──恋人と自称俺の親友と喚く何か──は意気投合しだした。
「だよな、親友くらい良いよな」じゃないだろ、親友くらいってなんだ。まだ友達くらいならかろうじていいかなって思えるようなレベルだ、それも口に出して言いたくはないけど。

 そしてうっすらと感じてはいたがこいつら……似ている──同レベルのバカだ。
 単体ならばどうとでも言いくるめられるが二人になると厄介だ。通常攻撃の無視は西田にはほぼノーダメージだが塔野には大ダメージとなるため戦略として取りづらい。できることなら各個撃破が望ましい。
 そう考え、まずは二人を分断することにした。


「塔野、とりあえずいいからこっちに来ようか」
「なんで、あんな無視ばっかりだとさすがに西田可哀想だろ」

 ……可哀想、もう可哀想は西田の代名詞だから気にならないし、そもそも西田は無視なんて気にしていない。

「塔野、塔野が西田の事を気にする必要はないから」
「……でも、俺があんな無視されたらって思うと……俺耐えられないっ!」

 ……なんで西田に感情移入をしだした。

「……俺、塔野のこと無視なんかしてないよね」
「最近はしてないけど……でも俺のことじゃなくて西田の話をしてるんだろ。西田は基本無視だから……可哀想じゃん。俺だったら耐えられない」
「いや、塔野と西田は違うから。西田は無視してもノーダメージだから──そうだよね」

 西田を見ると西田は無表情に塔野を見ていた……おそらく俺の話など聞いていない。こいつは俺が無視したくらいでダメージを受けるようなやつではない。

 そしてここらへんで俺は決定的な意思のすれ違いを感じた。何かがおかしい、塔野が西田にシンパシーのようなものを感じているように思える。同レベルのバカであること以外に塔野が西田にシンパシーを感じる要素などあるのか…………そこでふと俺は一瞬その結論に達した、しかしすぐに否定した。いやいやまさかいくら塔野でもそれはないだろう。

 俺は一旦この場は引こうと考えた。やはり2対1は分が悪い。そしてそもそも俺にはどうでもいいことだ。塔野が西田に意味不明なシンパシーを感じていようと俺を好きなのだという根幹さえ揺るがなければいい。


 塔野が俺を好きでさえいればあとはもう何がどうなろうとどうでも良い。


「塔野……帰ろう」
「え、西田は?」
「……そんなやつ知らない」
「いや、ここにいるけど」
「……俺には見えない」
「ついにその存在ごと無視しだしたの……」
「……帰らない?」
「いや、帰るけど」

 塔野に手を差し出すと塔野は一旦伸ばしかけた手を西田を見て引っ込めた。おそらくそれを見ていた西田と目があう。そして俺がひとり歩きだすと塔野が小走りで俺に追いつき、西田も歩き出したようだった。

 おそらく異様な雰囲気で俺たちは帰っている。気のせいか他の生徒にチラチラ見られている。そして塔野がオドオドしている。オドオドってこういう状態のことを言うんだなと少し感心した。




 そのまましばらく歩いていると、どうやら何かに耐えられなくなった塔野がついにキレた。

「あー、もう何だよお前ら!空気悪すぎだろ」

 ただ一切会話がなく無表情だっただけで別に空気は悪くない。

「どうしたらいいんだよ俺……」

 そう言って塔野が落ち込みだした。どうしたらって塔野がどうにかするようなことでもない。

「…………でも俺深見のこと好きなんだよ……」

 唐突に告白された。それは知っているが何度聞いても良いものだと思う。そして塔野は俺の腕を掴むと西田に振り返った。


「……だから西田ごめん、深見のことは渡せない」

 塔野はきっぱりはっきり、西田に向かってそう言った。
 

「…………深見なんかいらないけど……」

 困惑顔の西田が言う。
 俺は思わず吹き出しそうなところを耐えた。

 さきほど一瞬その可能性が頭をよぎったのですぐに察した、塔野は盛大な勘違いをしている。西田も間をおき理解したらしい「おい、深見…………こいつバカだろ」と言った、否定はしない。

「…………え、俺どうしたらいいんだ」
 西田が悩んでいる、俺にもよくわからない。

「……だからせめて親友に……」

 塔野が俺に向かって言う。西田を見るとなんとも言えない表情をしていた。きっと俺も同じような表情をしていることだろう。


 本当に困った事になっている。


 何故か塔野なりの優しさが炸裂しているがそれもそれでおかしいだろう。だが塔野も塔野で一応考えた末での話らしい。でも──鈍いとかそういうレベル以前の問題だ。
 あんなに分かりやすかったのに当事者になるとわからないものなのか?それとも、塔野特有の問題なのか?…………なんとなく後者の気がする。


 いっそ告白してしまえ──そんな言葉が頭をよぎった。西田は片思いとかそういうガラではないし塔野の誤解を解くにはそれが一番早い。

「……西田、どうにかしろ」
「なんで俺が……」
「あたって砕けろ」
「……お前ほんとムカつくな」

 だが西田は「わかった」と言った。覚悟を決めたらしい。

「塔野、俺先に行ってるから」
「え、なんで……」


「西田が話があるって」



 そしてしばらくのんびり歩いていると、塔野が走って追いついてきた。

「誤解は解けた?」
「…………解けた」
「なんて?」
「俺深見のこと好きだからごめんって……」
「それで?」
「……知ってるって」

 その言い方だと、諦める気はなさそうだ。

「でもなんで西田が俺のこと好きだと思ったの」
「だって……俺が深見のこと好きだって言ったら……俺もって言うから」

 そんなことがあったのか。たぶんそれも何か盛大な行き違いがありそうだ。

「それで?」
「まぁそれと……無視されても果敢に話しかけるところとか、蔑まれても平気そうなところとか…………よっぽど好きなのかなって……」

 それは……そういう関係なのだとしか言いようがない。


 塔野に手を差し出すと塔野の手が重なった。
 自然と笑みが漏れる。


「好きだよ」


 俺が言うと、塔野が微笑んで「俺も」と言った。


 二人で歩き出す。


「深見が言うのは実は珍しい」
「……そうだっけ?」
「そう、いつも言ってるのは俺の方」
「……まぁ、そうだね。もっと言った方がいいかな」

「…………別に……いつも聞いてる気がするからいい」

 こういう事は何で平気そうに言うのだろう。機嫌よさそうな塔野の横で、俺の手がゆっくり上がり俺の口元を覆った。



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