王太子が婚約破棄を宣言したので、魔界のご令嬢がお怒りになりました

未玖乃尚

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1 アレンとアストレア

5 最強の皇女と最強の剣

「で、どこまで、連れてくつもりだ」

 王太子の屋敷を後にして、森の中をしばらく歩くと開けた場所に辿り着いた。
 アストレアが足を止める。

 遠くから鳥の鳴き声が聞こえた。風を受けて、木の葉が擦れあう。アストレアは靡いた髪を押さえつけた。
 アレンは手を離し、剣で袖に切れ目を入れた。服を破ると、アストレアの手を取った。

「気づいてたのか」
「あれだけの魔力を使えば、皮膚も破れる」

 アストレアの手は血で滲んでいた。アレンの命を奪うために使った魔法の反動だ。
 アレンは手早く布を巻きつける。

「覚えてるか? あの時もお前は、薄汚い服を私に巻き付けてくれたな」
「魔界の姫様から見たら、オレの服なんてさぞかし汚いだろうな」
「そうだ。私は貧乏など耐えられんぞ」

 アストレアの指がアレンの腕を撫でる。彼女が触れたのは、かつて二人が魔獣に襲われたときに負った爪痕だ。

「逃げればいいのに、無理して私を守ろうとするから、余計な傷を負うんだ」
「身を挺して主を守るなんて、家来の鑑だろ?」
「主にいらん世話をかける家来は下の下だ」

 腕を裂かれたアレンを目の当たりにして、アストレアは魔獣ごと森を消し去った。

「アストレアは、ハンカチを腕に縛り付けてくれたな。家来にしては破格の待遇だ」
「私は慈悲深いからな」

 アストレアが笑う。木々から差し込む月光が、彼女の唇を滑らかに照らす。
 アレンは、まばたきを忘れた。それでも目の渇きに耐え切れずに、瞼を閉じて再度開いた。アストレアが歯を見せた。

「気になるか? 私の唇が……」
 答えに詰まる。返答次第では身を危険にさらすことになる。

「お前、ごまかしてたが、さっき私にキスしただろ」
 アストレアはアレンの視線を弄ぶように、しなやかな指先を唇に当てた。

「歯をぶつけおって、初めてのキスが台無しだ」
 睨みながらアレンの脛に爪先をぶつける。

「お前でなければ、あの瞬間首と胴が離れてたぞ」
 誇張ではない。彼女なら手を触れずに、そうすることが可能だ。

「オレだから……許された?」
「自分で考えろ、その前にまずはこれからのことだ」

 アストレアが背を向ける。唇が視界から消えた。
 これからのこと。
 計画とも言えないものだ。彼女を連れ出すことを思いついたときから考えていたことがある。

「魔族最強の皇女と最強の剣である勇者が手を組めば、何だってできるんじゃないか」
「やっぱり面白いな、お前!」

 アストレアは腹を抱えて笑い出した。

「そうだ、私とお前ならできないことはない。うまくいけば、さっきの続きを考えてやるかもしれんぞ」
 月明りの元で、二人の歩みが再び始まった。

「歯をぶつけることは許さんがな」
 アストレアが手を差し出す。アレンはそっと受け取った。
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