王太子が婚約破棄を宣言したので、魔界のご令嬢がお怒りになりました

未玖乃尚

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2 小箱の中のぼろ雑巾

9 やり直し

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 魔界の皇女たるこの私が、逃げ惑うことなどあるわけがないだろう。こいつは、私のことをまだ理解できていなかったか。
 それとも、言葉の選択を誤った?

 気配の揺らぎを感じて、魔力を放つ。
 トロールが壁に激突した。アレンの言葉に憤慨したか。こん棒を握る指に力が入ってたぞ。

「次はないぞ。動くな、とは、指一本動かすなということだ。私はまだ、アレンを殺せとは命じてないぞ」

 アレン、お前は私の求める答えを引き出せるか。
 私を失望させてくれるな。お前は、私の記憶を引き裂いた罪がある。贖えるかはお前次第だ。

「で?」
「待て」
「理解できてるか? お前はこの場の全員を敵に回してるぞ。私がこやつらに自由を与えると、お前、死ぬぞ?」

 私をさらう覚悟が本当にあるのか。
 この場にいる魔族だけではない。お前の言葉は人間族すら裏切るということだ。
 つまり、世界中を敵にするということだ。
 命を懸けられるのか?

「こんな国、捨ててオレと行こう」

 言葉は転げた石のように、空っぽな心に、やけに大きく響く。
 こいつ、本当に言いおった。
 人間族の切り札勇者が、魔界の皇女に、国を捨てようだと?

 やっぱりバカだ。事の重大さが分かっていない。
 笑いを堪えきれずに腹を抱えた。やっぱりこいつは面白い。私を楽しませてくれる。
 アレンは私をかばって傷ついたときから変わっていない、大バカ者のままだ。

「お前、私の敵じゃなかったのか?」
「違う。オレはお前と戦うつもりはなかった」
「あいつは、勇者のお前は人間側だと言ったではないか」

 王太子は私の圧力で身動きすら取れない。様子を伺っているだけだ。

「我らを裏切る気か、アレン!」
「黙ってろ、下郎」

 割り込むな。会話の邪魔をするな。

「どうなんだ、アレン?」
「王太子が言っていただけだ。オレの本心とは違う」

 だったら……
 この場が、あの森に変わる、私たちの出発地点というのなら、証が必要だ。

 傷口に縛り付けた、ハンカチと袖に代わる私たちを繋ぐもの。

 お前が私を傷つける力を持っているのなら……

「なら、恭順の意を示せ。剣を捨てろ」

 即座にアレンは剣を投げた。

「こうなると、もう後戻りはできないぞ」
「するつもりもない」
「今から、私が殺せと号令を下すかもしれんぞ」
「そうなったら諦めるしかないな」
「バカなヤツだ」

 次はないぞ。もう二度と私の敵に回るな。
 お前が誠意を見せたんだ。私も答えてやる。

 いつもの私なら、こんなことはしない。
 拾え、と誰かに命じれば結果となって現れる。

 この私が、こうべを垂れて、他人の所有物を拾うなど、ありえんことだ。

「これで私も後戻りはできないな」

 剣を握らせる。お前の力で、魔王からも私を守って見せろ。

「お前の話に乗ってやる。お前はバカだからこそ、面白い」

 私は手を伸ばす。
 ちゃんと取れ。
 アレンが触れた。

「私を連れて行くことを許可してやる」

 やり直しだ。
 あの森から、私たちの歩みは始まった。繋がっていたのは別れの道だったが、今度こそこの手を離すなよ。
 しっかりと私を案内しろ。

「それで、私を連れて行くとして、どこへ行くつもりだ?」
「分からない」
「行先もないのに、この私についてこいと?」
「そうだ」

 つまり、この状況は計画していたものでなく、突発的な行動の結果というわけか。
 許す。
 見通せない行先を想像して歩むのも一興だ。

 さっさと行くぞ。
 逃げるように立ち去るなぞ、私の性に合わん。
 こやつらには、私たちを見送る名誉ある枠割を与えてやろう。

「私は機嫌がいい。指を動かす程度なら見逃してやろう。だが!」

 どうにもならない現実に歯噛みして私たちを送り出すがいい。

「それ以上は許さん。黙って私たちを見送れ。後は好きにしろ」

 さしずめ、お前たちは私たちに拍手を送る観客だ。
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