ビアンカ・レートは、逃げ出したいⅠ ~ 首が飛んだら、聖女になっていました ~

悠月 星花

文字の大きさ
5 / 55

真っ白な世界

しおりを挟む
 この部屋には、目ぼしいものが何もない。
 あるのは、最低限生活できるようにと揃えられたベッドとソファと机椅子のみだ。外からは鍵がかけられ、外へ出ることも叶わない。
 真っ白な部屋に真っ白な家具。色を持つのは、私とメイドだけであった。
 メイドは交代制で、お昼と夕方、夜から朝と二人から三人体制で私のことを監視するとともに身の回りの世話をしてくれていた。


「退屈ね!何か本とかゲームとかはないの?」


 メイドに尋ねるが、お決まりのございませんとだけ言われ、私はため息をついた。
 目覚めてから、この部屋に閉じ込められていたが、何もすることがなく、少々時間を持て余した。これでも侯爵令嬢なのだし、読み書きくらいできる。何か時間を潰せるものはないかと、考えるだけの余裕もできてきたということだ。
 何かないのかしら?とふくれていると、扉がガチャっと開いた。
 扉の前にいたのは、唯一、まともに話をしてくれる王子セプトの登場だった。


「よぉ!元気していたか?」
「えぇ、元気にしていましたよ! それ以上は、近寄らないでくださいね! あと、暇を持て余しているので、しばらくそこの椅子で話しをしていってください」
「ふぅーん。そこの椅子でね? ……下がれ」


 セプトが一言メイドにいうと、静々と外に出ていった。
 この部屋に二人きりになってしまい、距離を取ろうと考えて立ち位置を決める。


「こっちにこないのかい? 聖女様」
「王子の側にいると危険な気がするから、ここでいいわ」
「そっか。それなら……」


 椅子から立ち上がり、セプトはツカツカとこちらに寄って来たと思ったら、そのまま私の手首を掴まれベッドに押し倒された。


「あんたのおかげでさ、遊ぶ相手が減って困ってるんだよね? わかる?」
「私は、好きでこんなとこいるわけじゃないわよ? だいたい、私が現れたくらいのことで、遊ぶ相手がいないなんて、王子は名ばかりで、信頼できる友達もいなかったのね! 残念!」
「ふんっ! 気の強いのは嫌いじゃないぜ? ただ、今の状況、わかっていってるか?」
「わかって言ってるのは、どっちかしら? だいたい、ここから一歩も出られない鳥籠の中。ここは、私の知っている国でもなければ、私が好きだった人たちがいるところでもない。知らない人しかいない後ろ盾もない私なんて、何をされても、何も言えないし、誰も味方になって私を庇ってくれないじゃない!」


 覆い被さっていたセプトは、ふっと笑い、腕の力を抜いてドサッと私の上に落ちて来た。
 細身であっても流石に筋肉質なのか重たい。


「重いんだけど……」
「退いたら逃げんじゃん」
「当たり前じゃない? 本当に苦しいから、どいて!」


 びくともしないセプトの体は重くのしかかり、だんだん私の息も浅くなって来た。それを見計らったのように囁く。


「俺から逃げないって約束してくれたら、退いてやる」
「あぁ、はいはい。逃げませんよ! この鳥籠からは……逃げ方も知らないわ!」


 そういうと、ゴロンと天地がひっくり返る。
 今度は私が上になった。背中に腕がまわっていて、それはそれで逃げ出せなかった。


「あの……」
「ん?」
「離して?」
「お望み通り、上になったんだから苦しくないだろ? ちょっと、寝させろ」


 そう言ったすぐあとには、すぅすぅと寝息が聞こえてきた。

 私が何かするとは思わないのかしら?

 無防備に寝入っている顔を眺めた。
「この体制で、寝られると困るんだけど……」と、私はセプトの顔を眺めながら抜け出せないこの状況に困惑する。
 流石に無意識下では、私が重かったのか横に転がるのに合わせて、私も転がされた。
 今なら抜け出せると思って動いた瞬間には、がっちり抱きつかれてしまう。


「は……は上……」


 耳元で聞こえる母を呼ぶ寝言に、私は何事? と覗き込むと、なんだか苦しそうであった。
 どうするのが正解なのか分からず、迷っていたが、頭をゆっくり撫でてやる。
 最初は嫌そうにしていたにも関わらず、徐々に険しい顔は穏やかになっていった。


「何? お母様と折り合い悪いの? この年で、寝言に呼ぶって……可愛らしいところもあるのね?」


 さっきまで退屈だった時間も、誰かいればそれなりの時間になった。
 こんな体制でなければ、なおいいのだが、温もりは安心させてくれる。
 無色の世界に色のついた王子と私。
 無音の中で聞こえる規則正しい寝息を聞いていると私も眠くなった。
 抜け出せないのだから、仕方がない。王子の腕の中で微睡むのであった。


 ◆◇◆


 目が覚めたとき、セプトが私に抱きついていたはずなのに、私がセプトに抱きついていたことに驚いた。
 眠気まなこに、顔をすりすりとしたところは、セプトの胸だ。
 ちょうどいいところにあったとはいえ、幸せな時間は、ニヤついた王子の顔によって、げんなりに変貌する。


「そんなに甘えて擦り寄ってこられたらさぁ?」
「何か? たまたま、目の前にあった抱き枕でしょ? それより、王子は夢でお母様と仲良くできたかしら?」


 今度は私がにへらっと笑うと、バツの悪そうな顔でセプトは私から顔を背けた。
 抱き合ったままの状態では、私からの視線は逸らさないだろう。
 それでも、離してくれそうにない。
 ドアが開いたと思えば、遠慮がちにセプトの侍女が入ってきた。


「殿下、そろそろ……」
「あぁ、わかった」


 セプトは起き上がり、ふぁあと伸びをしている。ベッドに転がりながら、ボケっとそれを見ていた。
 出て行こうと立ち上がるセプトのシャツをぎゅっと私は掴んだ。
 眠りこけて、忘れていた。何か、時間潰しになるようなものを要求するのを。
「何か用か?」と先に尋ねられ、寝ぼけたままだったので、咄嗟に言葉に出てこない。


「行かないでくれとか、寂しいとかなら、大歓迎だけど?」
「……残念ね、そんな甘ったるい話じゃないわ!」
「可愛くシャツを掴んだかと思えば……」
「まさか、そんなふうに思っていたの? おめでたいわね? それだけは、なさそうな発想よね?」
「確かに……んで、何? 俺に何かして欲しいわけ?」


 ニヤニヤしてるのが、妙に癪だったので、お望み通り逆に可愛らしくお願いしてみた。


「えっと……時間をね? 持て余してるの。もっと、会いに来てくれないかな……?」


 上目遣いに、会いに来てとお願いすると、セプトの方が何故か黙ってしまった。

 何かダメだったかしら?

 それより、暇つぶしになる何かをと口を開きかける。


「じょ……」
「あぁ、そこまで恋われるなら、ここにくる時間を多めに取ろう。他にして欲しいことは、あるのか?」


 セプトから意外な答えが返ってきてしまい、戸惑う私。


「そ……そうね、それなら……本が欲しいわ! あと、貸せる分でいいから、この国のことを知りたいわ!」
「わかった、用意しよう。他には?」
「それだけあれば、もう十分よ!」


 私は掴んでいたシャツを手放すと、その様子をじっと見ていたセプトが、鳥籠を出て行こうと出口に向かって足早に歩いて行った。
 王子なのだ。本当は忙しいはずなのだが……こうして少しでも時間を使って私に会いに来てくれるのは、気にかけてくれているのだろう。

 また、メイドと会話のない時間を過ごすのかとため息をついたとき、何故か踵を返して戻ってきた。


「どうしたの?」


 ベッドから見上げると、顎に手をかけられ、気づいたときにはキスをしていた。


「忘れものだ。じゃあ、本は後で持ってこさせるから、それまで大人しくしてろよな! あと、そろそろ名前で呼んでくれ!」


 私はポカンと鳥籠から今度は本当に出て行くセプトの背中を見送ったのであった。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

さようならの定型文~身勝手なあなたへ

宵森みなと
恋愛
「好きな女がいる。君とは“白い結婚”を——」 ――それは、夢にまで見た結婚式の初夜。 額に誓いのキスを受けた“その夜”、彼はそう言った。 涙すら出なかった。 なぜなら私は、その直前に“前世の記憶”を思い出したから。 ……よりによって、元・男の人生を。 夫には白い結婚宣言、恋も砕け、初夜で絶望と救済で、目覚めたのは皮肉にも、“現実”と“前世”の自分だった。 「さようなら」 だって、もう誰かに振り回されるなんて嫌。 慰謝料もらって悠々自適なシングルライフ。 別居、自立して、左団扇の人生送ってみせますわ。 だけど元・夫も、従兄も、世間も――私を放ってはくれないみたい? 「……何それ、私の人生、まだ波乱あるの?」 はい、あります。盛りだくさんで。 元・男、今・女。 “白い結婚からの離縁”から始まる、人生劇場ここに開幕。 -----『白い結婚の行方』シリーズ ----- 『白い結婚の行方』の物語が始まる、前のお話です。

白い結婚のはずが、旦那様の溺愛が止まりません!――冷徹領主と政略令嬢の甘すぎる夫婦生活

しおしお
恋愛
政略結婚の末、侯爵家から「価値がない」と切り捨てられた令嬢リオラ。 新しい夫となったのは、噂で“冷徹”と囁かれる辺境領主ラディス。 二人は互いの自由のため――**干渉しない“白い結婚”**を結ぶことに。 ところが。 ◆市場に行けばついてくる ◆荷物は全部持ちたがる ◆雨の日は仕事を早退して帰ってくる ◆ちょっと笑うだけで顔が真っ赤になる ……どう見ても、干渉しまくり。 「旦那様、これは白い結婚のはずでは……?」 「……君のことを、放っておけない」 距離はゆっくり縮まり、 優しすぎる態度にリオラの心も揺れ始める。 そんな時、彼女を利用しようと実家が再び手を伸ばす。 “冷徹”と呼ばれた旦那様の怒りが静かに燃え―― 「二度と妻を侮辱するな」 守られ、支え合い、やがて惹かれ合う二人の想いは、 いつしか“形だけの夫婦”を超えていく。

辺境のスローライフを満喫したいのに、料理が絶品すぎて冷酷騎士団長に囲い込まれました

腐ったバナナ
恋愛
異世界に転移した元会社員のミサキは、現代の調味料と調理技術というチート能力を駆使し、辺境の森で誰にも邪魔されない静かなスローライフを送ることを目指していた。 しかし、彼女の作る絶品の料理の香りは、辺境を守る冷酷な「鉄血」騎士団長ガイウスを引き寄せてしまった。

【12月末日公開終了】これは裏切りですか?

たぬきち25番
恋愛
転生してすぐに婚約破棄をされたアリシアは、嫁ぎ先を失い、実家に戻ることになった。 だが、実家戻ると『婚約破棄をされた娘』と噂され、家族の迷惑になっているので出て行く必要がある。 そんな時、母から住み込みの仕事を紹介されたアリシアは……?

「25歳OL、異世界で年上公爵の甘々保護対象に!? 〜女神ルミエール様の悪戯〜」

透子(とおるこ)
恋愛
25歳OL・佐神ミレイは、仕事も恋も完璧にこなす美人女子。しかし本当は、年上の男性に甘やかされたい願望を密かに抱いていた。 そんな彼女の前に現れたのは、気まぐれな女神ルミエール。理由も告げず、ミレイを異世界アルデリア王国の公爵家へ転移させる。そこには恐ろしく気難しいと評判の45歳独身公爵・アレクセイが待っていた。 最初は恐怖を覚えるミレイだったが、公爵の手厚い保護に触れ、次第に心を許す。やがて彼女は甘く溺愛される日々に――。 仕事も恋も頑張るOLが、異世界で年上公爵にゴロニャン♡ 甘くて胸キュンなラブストーリー、開幕! ---

望まぬ結婚をさせられた私のもとに、死んだはずの護衛騎士が帰ってきました~不遇令嬢が世界一幸せな花嫁になるまで

越智屋ノマ
恋愛
「君を愛することはない」で始まった不遇な結婚――。 国王の命令でクラーヴァル公爵家へと嫁いだ伯爵令嬢ヴィオラ。しかし夫のルシウスに愛されることはなく、毎日つらい仕打ちを受けていた。 孤独に耐えるヴィオラにとって唯一の救いは、護衛騎士エデン・アーヴィスと過ごした日々の思い出だった。エデンは強くて誠実で、いつもヴィオラを守ってくれた……でも、彼はもういない。この国を襲った『災禍の竜』と相打ちになって、3年前に戦死してしまったのだから。 ある日、参加した夜会の席でヴィオラは窮地に立たされる。その夜会は夫の愛人が主催するもので、夫と結託してヴィオラを陥れようとしていたのだ。誰に救いを求めることもできず、絶体絶命の彼女を救ったのは――? (……私の体が、勝手に動いている!?) 「地獄で悔いろ、下郎が。このエデン・アーヴィスの目の黒いうちは、ヴィオラ様に指一本触れさせはしない!」 死んだはずのエデンの魂が、ヴィオラの体に乗り移っていた!?  ――これは、望まぬ結婚をさせられた伯爵令嬢ヴィオラと、死んだはずの護衛騎士エデンのふしぎな恋の物語。理不尽な夫になんて、もう絶対に負けません!!

モブ令嬢はシスコン騎士様にロックオンされたようです~妹が悪役令嬢なんて困ります~

咲桜りおな
恋愛
 前世で大好きだった乙女ゲームの世界にモブキャラとして転生した伯爵令嬢のアスチルゼフィラ・ピスケリー。 ヒロインでも悪役令嬢でもないモブキャラだからこそ、推しキャラ達の恋物語を遠くから鑑賞出来る! と楽しみにしていたら、関わりたくないのに何故か悪役令嬢の兄である騎士見習いがやたらと絡んでくる……。 いやいや、物語の当事者になんてなりたくないんです! お願いだから近付かないでぇ!  そんな思いも虚しく愛しの推しは全力でわたしを口説いてくる。おまけにキラキラ王子まで絡んで来て……逃げ場を塞がれてしまったようです。 結構、ところどころでイチャラブしております。 ◆◇◇◇ ◇◇◇◇ ◇◇◇◆  前作「完璧(変態)王子は悪役(天然)令嬢を今日も愛でたい」のスピンオフ作品。 この作品だけでもちゃんと楽しんで頂けます。  番外編集もUPしましたので、宜しければご覧下さい。 「小説家になろう」でも公開しています。

バッドエンド予定の悪役令嬢が溺愛ルートを選んでみたら、お兄様に愛されすぎて脇役から主役になりました

美咲アリス
恋愛
目が覚めたら公爵令嬢だった!?貴族に生まれ変わったのはいいけれど、美形兄に殺されるバッドエンドの悪役令嬢なんて絶対困る!!死にたくないなら冷酷非道な兄のヴィクトルと仲良くしなきゃいけないのにヴィクトルは氷のように冷たい男で⋯⋯。「どうしたらいいの?」果たして私の運命は?

処理中です...