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真っ白な世界
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この部屋には、目ぼしいものが何もない。
あるのは、最低限生活できるようにと揃えられたベッドとソファと机椅子のみだ。外からは鍵がかけられ、外へ出ることも叶わない。
真っ白な部屋に真っ白な家具。色を持つのは、私とメイドだけであった。
メイドは交代制で、お昼と夕方、夜から朝と二人から三人体制で私のことを監視するとともに身の回りの世話をしてくれていた。
「退屈ね!何か本とかゲームとかはないの?」
メイドに尋ねるが、お決まりのございませんとだけ言われ、私はため息をついた。
目覚めてから、この部屋に閉じ込められていたが、何もすることがなく、少々時間を持て余した。これでも侯爵令嬢なのだし、読み書きくらいできる。何か時間を潰せるものはないかと、考えるだけの余裕もできてきたということだ。
何かないのかしら?とふくれていると、扉がガチャっと開いた。
扉の前にいたのは、唯一、まともに話をしてくれる王子セプトの登場だった。
「よぉ!元気していたか?」
「えぇ、元気にしていましたよ! それ以上は、近寄らないでくださいね! あと、暇を持て余しているので、しばらくそこの椅子で話しをしていってください」
「ふぅーん。そこの椅子でね? ……下がれ」
セプトが一言メイドにいうと、静々と外に出ていった。
この部屋に二人きりになってしまい、距離を取ろうと考えて立ち位置を決める。
「こっちにこないのかい? 聖女様」
「王子の側にいると危険な気がするから、ここでいいわ」
「そっか。それなら……」
椅子から立ち上がり、セプトはツカツカとこちらに寄って来たと思ったら、そのまま私の手首を掴まれベッドに押し倒された。
「あんたのおかげでさ、遊ぶ相手が減って困ってるんだよね? わかる?」
「私は、好きでこんなとこいるわけじゃないわよ? だいたい、私が現れたくらいのことで、遊ぶ相手がいないなんて、王子は名ばかりで、信頼できる友達もいなかったのね! 残念!」
「ふんっ! 気の強いのは嫌いじゃないぜ? ただ、今の状況、わかっていってるか?」
「わかって言ってるのは、どっちかしら? だいたい、ここから一歩も出られない鳥籠の中。ここは、私の知っている国でもなければ、私が好きだった人たちがいるところでもない。知らない人しかいない後ろ盾もない私なんて、何をされても、何も言えないし、誰も味方になって私を庇ってくれないじゃない!」
覆い被さっていたセプトは、ふっと笑い、腕の力を抜いてドサッと私の上に落ちて来た。
細身であっても流石に筋肉質なのか重たい。
「重いんだけど……」
「退いたら逃げんじゃん」
「当たり前じゃない? 本当に苦しいから、どいて!」
びくともしないセプトの体は重くのしかかり、だんだん私の息も浅くなって来た。それを見計らったのように囁く。
「俺から逃げないって約束してくれたら、退いてやる」
「あぁ、はいはい。逃げませんよ! この鳥籠からは……逃げ方も知らないわ!」
そういうと、ゴロンと天地がひっくり返る。
今度は私が上になった。背中に腕がまわっていて、それはそれで逃げ出せなかった。
「あの……」
「ん?」
「離して?」
「お望み通り、上になったんだから苦しくないだろ? ちょっと、寝させろ」
そう言ったすぐあとには、すぅすぅと寝息が聞こえてきた。
私が何かするとは思わないのかしら?
無防備に寝入っている顔を眺めた。
「この体制で、寝られると困るんだけど……」と、私はセプトの顔を眺めながら抜け出せないこの状況に困惑する。
流石に無意識下では、私が重かったのか横に転がるのに合わせて、私も転がされた。
今なら抜け出せると思って動いた瞬間には、がっちり抱きつかれてしまう。
「は……は上……」
耳元で聞こえる母を呼ぶ寝言に、私は何事? と覗き込むと、なんだか苦しそうであった。
どうするのが正解なのか分からず、迷っていたが、頭をゆっくり撫でてやる。
最初は嫌そうにしていたにも関わらず、徐々に険しい顔は穏やかになっていった。
「何? お母様と折り合い悪いの? この年で、寝言に呼ぶって……可愛らしいところもあるのね?」
さっきまで退屈だった時間も、誰かいればそれなりの時間になった。
こんな体制でなければ、なおいいのだが、温もりは安心させてくれる。
無色の世界に色のついた王子と私。
無音の中で聞こえる規則正しい寝息を聞いていると私も眠くなった。
抜け出せないのだから、仕方がない。王子の腕の中で微睡むのであった。
◆◇◆
目が覚めたとき、セプトが私に抱きついていたはずなのに、私がセプトに抱きついていたことに驚いた。
眠気まなこに、顔をすりすりとしたところは、セプトの胸だ。
ちょうどいいところにあったとはいえ、幸せな時間は、ニヤついた王子の顔によって、げんなりに変貌する。
「そんなに甘えて擦り寄ってこられたらさぁ?」
「何か? たまたま、目の前にあった抱き枕でしょ? それより、王子は夢でお母様と仲良くできたかしら?」
今度は私がにへらっと笑うと、バツの悪そうな顔でセプトは私から顔を背けた。
抱き合ったままの状態では、私からの視線は逸らさないだろう。
それでも、離してくれそうにない。
ドアが開いたと思えば、遠慮がちにセプトの侍女が入ってきた。
「殿下、そろそろ……」
「あぁ、わかった」
セプトは起き上がり、ふぁあと伸びをしている。ベッドに転がりながら、ボケっとそれを見ていた。
出て行こうと立ち上がるセプトのシャツをぎゅっと私は掴んだ。
眠りこけて、忘れていた。何か、時間潰しになるようなものを要求するのを。
「何か用か?」と先に尋ねられ、寝ぼけたままだったので、咄嗟に言葉に出てこない。
「行かないでくれとか、寂しいとかなら、大歓迎だけど?」
「……残念ね、そんな甘ったるい話じゃないわ!」
「可愛くシャツを掴んだかと思えば……」
「まさか、そんなふうに思っていたの? おめでたいわね? それだけは、なさそうな発想よね?」
「確かに……んで、何? 俺に何かして欲しいわけ?」
ニヤニヤしてるのが、妙に癪だったので、お望み通り逆に可愛らしくお願いしてみた。
「えっと……時間をね? 持て余してるの。もっと、会いに来てくれないかな……?」
上目遣いに、会いに来てとお願いすると、セプトの方が何故か黙ってしまった。
何かダメだったかしら?
それより、暇つぶしになる何かをと口を開きかける。
「じょ……」
「あぁ、そこまで恋われるなら、ここにくる時間を多めに取ろう。他にして欲しいことは、あるのか?」
セプトから意外な答えが返ってきてしまい、戸惑う私。
「そ……そうね、それなら……本が欲しいわ! あと、貸せる分でいいから、この国のことを知りたいわ!」
「わかった、用意しよう。他には?」
「それだけあれば、もう十分よ!」
私は掴んでいたシャツを手放すと、その様子をじっと見ていたセプトが、鳥籠を出て行こうと出口に向かって足早に歩いて行った。
王子なのだ。本当は忙しいはずなのだが……こうして少しでも時間を使って私に会いに来てくれるのは、気にかけてくれているのだろう。
また、メイドと会話のない時間を過ごすのかとため息をついたとき、何故か踵を返して戻ってきた。
「どうしたの?」
ベッドから見上げると、顎に手をかけられ、気づいたときにはキスをしていた。
「忘れものだ。じゃあ、本は後で持ってこさせるから、それまで大人しくしてろよな! あと、そろそろ名前で呼んでくれ!」
私はポカンと鳥籠から今度は本当に出て行くセプトの背中を見送ったのであった。
あるのは、最低限生活できるようにと揃えられたベッドとソファと机椅子のみだ。外からは鍵がかけられ、外へ出ることも叶わない。
真っ白な部屋に真っ白な家具。色を持つのは、私とメイドだけであった。
メイドは交代制で、お昼と夕方、夜から朝と二人から三人体制で私のことを監視するとともに身の回りの世話をしてくれていた。
「退屈ね!何か本とかゲームとかはないの?」
メイドに尋ねるが、お決まりのございませんとだけ言われ、私はため息をついた。
目覚めてから、この部屋に閉じ込められていたが、何もすることがなく、少々時間を持て余した。これでも侯爵令嬢なのだし、読み書きくらいできる。何か時間を潰せるものはないかと、考えるだけの余裕もできてきたということだ。
何かないのかしら?とふくれていると、扉がガチャっと開いた。
扉の前にいたのは、唯一、まともに話をしてくれる王子セプトの登場だった。
「よぉ!元気していたか?」
「えぇ、元気にしていましたよ! それ以上は、近寄らないでくださいね! あと、暇を持て余しているので、しばらくそこの椅子で話しをしていってください」
「ふぅーん。そこの椅子でね? ……下がれ」
セプトが一言メイドにいうと、静々と外に出ていった。
この部屋に二人きりになってしまい、距離を取ろうと考えて立ち位置を決める。
「こっちにこないのかい? 聖女様」
「王子の側にいると危険な気がするから、ここでいいわ」
「そっか。それなら……」
椅子から立ち上がり、セプトはツカツカとこちらに寄って来たと思ったら、そのまま私の手首を掴まれベッドに押し倒された。
「あんたのおかげでさ、遊ぶ相手が減って困ってるんだよね? わかる?」
「私は、好きでこんなとこいるわけじゃないわよ? だいたい、私が現れたくらいのことで、遊ぶ相手がいないなんて、王子は名ばかりで、信頼できる友達もいなかったのね! 残念!」
「ふんっ! 気の強いのは嫌いじゃないぜ? ただ、今の状況、わかっていってるか?」
「わかって言ってるのは、どっちかしら? だいたい、ここから一歩も出られない鳥籠の中。ここは、私の知っている国でもなければ、私が好きだった人たちがいるところでもない。知らない人しかいない後ろ盾もない私なんて、何をされても、何も言えないし、誰も味方になって私を庇ってくれないじゃない!」
覆い被さっていたセプトは、ふっと笑い、腕の力を抜いてドサッと私の上に落ちて来た。
細身であっても流石に筋肉質なのか重たい。
「重いんだけど……」
「退いたら逃げんじゃん」
「当たり前じゃない? 本当に苦しいから、どいて!」
びくともしないセプトの体は重くのしかかり、だんだん私の息も浅くなって来た。それを見計らったのように囁く。
「俺から逃げないって約束してくれたら、退いてやる」
「あぁ、はいはい。逃げませんよ! この鳥籠からは……逃げ方も知らないわ!」
そういうと、ゴロンと天地がひっくり返る。
今度は私が上になった。背中に腕がまわっていて、それはそれで逃げ出せなかった。
「あの……」
「ん?」
「離して?」
「お望み通り、上になったんだから苦しくないだろ? ちょっと、寝させろ」
そう言ったすぐあとには、すぅすぅと寝息が聞こえてきた。
私が何かするとは思わないのかしら?
無防備に寝入っている顔を眺めた。
「この体制で、寝られると困るんだけど……」と、私はセプトの顔を眺めながら抜け出せないこの状況に困惑する。
流石に無意識下では、私が重かったのか横に転がるのに合わせて、私も転がされた。
今なら抜け出せると思って動いた瞬間には、がっちり抱きつかれてしまう。
「は……は上……」
耳元で聞こえる母を呼ぶ寝言に、私は何事? と覗き込むと、なんだか苦しそうであった。
どうするのが正解なのか分からず、迷っていたが、頭をゆっくり撫でてやる。
最初は嫌そうにしていたにも関わらず、徐々に険しい顔は穏やかになっていった。
「何? お母様と折り合い悪いの? この年で、寝言に呼ぶって……可愛らしいところもあるのね?」
さっきまで退屈だった時間も、誰かいればそれなりの時間になった。
こんな体制でなければ、なおいいのだが、温もりは安心させてくれる。
無色の世界に色のついた王子と私。
無音の中で聞こえる規則正しい寝息を聞いていると私も眠くなった。
抜け出せないのだから、仕方がない。王子の腕の中で微睡むのであった。
◆◇◆
目が覚めたとき、セプトが私に抱きついていたはずなのに、私がセプトに抱きついていたことに驚いた。
眠気まなこに、顔をすりすりとしたところは、セプトの胸だ。
ちょうどいいところにあったとはいえ、幸せな時間は、ニヤついた王子の顔によって、げんなりに変貌する。
「そんなに甘えて擦り寄ってこられたらさぁ?」
「何か? たまたま、目の前にあった抱き枕でしょ? それより、王子は夢でお母様と仲良くできたかしら?」
今度は私がにへらっと笑うと、バツの悪そうな顔でセプトは私から顔を背けた。
抱き合ったままの状態では、私からの視線は逸らさないだろう。
それでも、離してくれそうにない。
ドアが開いたと思えば、遠慮がちにセプトの侍女が入ってきた。
「殿下、そろそろ……」
「あぁ、わかった」
セプトは起き上がり、ふぁあと伸びをしている。ベッドに転がりながら、ボケっとそれを見ていた。
出て行こうと立ち上がるセプトのシャツをぎゅっと私は掴んだ。
眠りこけて、忘れていた。何か、時間潰しになるようなものを要求するのを。
「何か用か?」と先に尋ねられ、寝ぼけたままだったので、咄嗟に言葉に出てこない。
「行かないでくれとか、寂しいとかなら、大歓迎だけど?」
「……残念ね、そんな甘ったるい話じゃないわ!」
「可愛くシャツを掴んだかと思えば……」
「まさか、そんなふうに思っていたの? おめでたいわね? それだけは、なさそうな発想よね?」
「確かに……んで、何? 俺に何かして欲しいわけ?」
ニヤニヤしてるのが、妙に癪だったので、お望み通り逆に可愛らしくお願いしてみた。
「えっと……時間をね? 持て余してるの。もっと、会いに来てくれないかな……?」
上目遣いに、会いに来てとお願いすると、セプトの方が何故か黙ってしまった。
何かダメだったかしら?
それより、暇つぶしになる何かをと口を開きかける。
「じょ……」
「あぁ、そこまで恋われるなら、ここにくる時間を多めに取ろう。他にして欲しいことは、あるのか?」
セプトから意外な答えが返ってきてしまい、戸惑う私。
「そ……そうね、それなら……本が欲しいわ! あと、貸せる分でいいから、この国のことを知りたいわ!」
「わかった、用意しよう。他には?」
「それだけあれば、もう十分よ!」
私は掴んでいたシャツを手放すと、その様子をじっと見ていたセプトが、鳥籠を出て行こうと出口に向かって足早に歩いて行った。
王子なのだ。本当は忙しいはずなのだが……こうして少しでも時間を使って私に会いに来てくれるのは、気にかけてくれているのだろう。
また、メイドと会話のない時間を過ごすのかとため息をついたとき、何故か踵を返して戻ってきた。
「どうしたの?」
ベッドから見上げると、顎に手をかけられ、気づいたときにはキスをしていた。
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