愛した彼女は

悠月 星花

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彼女と僕

彼女が甘えすぎている?

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「ただいまぁー!」
「おかえり、朱里」
「疲れたよぉ! ゆたかぁ!」

 スーツを着た朱里が資料を山ほど持って、崩れるように玄関に座り込む。彼女は今日、チームリーダとして進めてきたプロジェクトの総仕上げとして、企画のプレゼンをしに他社へ行っていた。僕は、OJTとして朱里にずっと面倒を見てもらっていたため、一緒に仕事をしていたが、僕の比ではなく仕事をこなしていた朱里が開放されたと、次は廊下に寝そべり始める。

「おつかれさま、ご飯食べる?」
「食べたいけど……もぅくたくたでお箸も持てない!」

「仕方ないな」と床に寝そべった朱里を抱き起こし、抱きかかえソファへ座らせる。なのに……振り返るとぺしょんとソファに倒れこんでいた。余程疲れていてるのか、寝転んだまま、ソファアでゴロゴロと体のいい位置を探しているようだ。

「温めるから、待ってて」
「わかった……」

 キッチンに立つと、そんな僕を眺めて鼻歌を歌い始める彼女は、何が嬉しいのか満面の笑顔である。

「そんなに見たって何にもないぞ?」
「何にもないの?」
「疲れてるんだろ?」
「疲れてる……でも、ハグぐらいならできる!」
「そのまま寝落ちだろ?」

「そうかも!」と、気だるげにソファの上でゴロンと向きを変えて仰向けになっている。だらしない朱里は、僕の前だけだと思うと嬉しい。

 あのままだと、スーツがしわになるんだけどな……。

 普段は、そんなことを気にしないのだけど、あまりに疲れているのか朱里が自分では何もしない。

「温めたよ。ほら、座って。スーツ脱がすから!」
「裕のエッチ!」
「あぁ、はいはい、もう見慣れてるから大丈夫。それより、しわになるから早く脱いで」
「やだ……脱がせて……本当にだるくて……もぅ動けない!」

 珍しく甘えるように脱がせてという彼女に従い、スーツのボタンを取って上着を脱がせ、スカートのホックを外し腰を少し上げてもらいサッと引き抜く。

「わぁー脱がすの上手だね!」
「朱里さんの服は、普段から脱がせてますから……」

 どこに関心しているのか……、朱里は首にぶら下がったまま何度も頷いている。
 ブラウスくらいは自分でと思っていたら、手を下げて、ん!って胸を張ってくる。あぁ、これは、全部脱がせってことかと思い、ブラウスを脱がしたあとストッキングも脱がせる。

 なんだ、なんだ? 僕、介護真っ最中?

 なんてくだらないことを考えていたが、目の前にいる下着姿の彼女は気だるげに、またソファに沈んでいく。

「朱里、風邪ひくよ?」
「じゃあ、温めて!」
「どうやって?」

 ニヤッと笑うと……何か見透かされたのか、少し怪訝そうに目を細める。

「抱っこして」
「そんで?」
「ご飯食べさせて!」
「それから?」
「お風呂に入れて」
「んで?」
「ベッドに運んで……」
「あとは?」
「寝る!」

 潔く寝るときたか……これは、本当に寝るのだろう。

 この何も手に付かないほど、だるそうにしている姿は同棲してから初めて見た。いつも、きっちりしている朱里がこれでもかというほど甘えてくるのだ。応えるしかない。
 僕は、後ろから朱里を抱き、ご飯を口に運ぶ。親鳥から餌をもらう雛のように箸を持っていくと口を開けもぐもぐと食べている。

「ほぃひぃねぇ?」
「それはよかった。しっかり食え!」
「ふん……」

 次から次へと口に運ぶと嬉しそうにもぐもぐと口を動かしている。

「もし、朱里に介護が必要になっても、僕、面倒みれるね?」
「私の方がおばさんだから、もうそんな心配してくれるの?」

 用意した晩御飯をしっかり平らげ、満足そうにしている。目の前にある朱里の首元にキスをするとくすぐったそうにしていた。

「裕も甘える感じ?」
「僕が甘えたら、誰も面倒見てくれないだろ?」
「それもそうね……? 今日は、私が甘える日にしよ!」
「もう十分甘えていると思うけど?」
「まだ、お風呂に入ってないもん!」

 もんって……いくつだよ?

 そう思う反面、いまだに可愛くて仕方がない年上の彼女。今日は甘え上手だ。

「お風呂って……僕が洗うの?」
「他に誰がいるの?」

 そんなこんなで、お風呂に歩いて行くのも嫌だ! とゴネる朱里を抱きかかえお風呂にいれる。

「一緒に入れば?」

 なんともまぁ……ありがとうございます。

 というわけで、一緒に入ることになった。もちろん、彼女は一切何もしないでされるがまま体を洗われ、湯船につけられ、ほぅっとほっぺをほんのり赤く染めて気持ちよさそうだ。同じ作業を2度した僕も、彼女と同じ湯船に浸かる。お湯がざばぁ……と出ていき、なんだかもったいない気持ちになる。かと思えば、僕を背もたれにしてすり寄ってきた。

「どこ触ってんのよ!」

 目の前にあるものを触ると、ちょっときれぎみに朱里は言っているが……「そこ、今洗ったところです」と思わず敬語でいうと、そうでしたと苦笑いする朱里。

 のぼせるというので、風呂場からまた抱きかかえ、体を拭き着替えさせる。大きな着せ替え人形のようである。同時に僕も着替える。髪を乾かしオイルを塗って、いつでも寝られるようにしてベッドへと移動する。ここまでも、甘えてくるのでずっとお姫様抱っこだ。

 心底疲れていたのは、本当みたいだ。

 ベッドに転がした瞬間には、朱里はもう眠りについてしまった。

 彼女にかかりっきりになっていたので、夕飯の片付けもまだだったことを思い出し片付けをした。広いリビングでビールを呑んでいてふと思う。

 がんばったご褒美に長期休養をとってどこかのんびりするように言ってみよう。ハワイとかいいかな?

 水着姿の朱里を想像しながらほくそ笑むと、静かすぎるリビングが寒く感じ、いそいそと朱里の眠るベッドへと潜り込む。

 疲れ果て眠っているのだろう。抱きしめても起きることはなかった。ぬくぬくとしていてその体温が僕にまで流れ込んでくるようで、僕もそのまま眠りについてしまった。

 ◇

 目が覚めると、まだ、朱里は眠っていた。むにゃむにゃと何か話しているが、夢でもみているのだろう。こっそりベッドから抜け出し朝ごはんの用意を始める。

 この家のルールは、『気が付いた人がやる』であるため、先に起きた僕が朝ごはんを作る。意外と、寝坊助な彼女が朝ごはんを作ったところを見たことがない。実際問題、同棲してもう1年以上たつ。

 缶酎ハイを山のように買って帰って「泊っていけば?」と言った彼女の行動は心配になったが、僕だけにしたことだと教えてくれた。実際、彼女はあの後、ありとあらゆるものを買い揃えてくれ、すぐにキーロックのナンバーまで教えてくれた。「いつでもきていいよ! ていうか、アパートならもういっそうここに住めば?」と言い放ったのだ。
 お世話になっている身分ではあるのだけど……職場では上司でOJTの関係で、家では彼氏彼女でと二人の取り巻く環境は、この1年でかなり変わったなと考えるとくすぐったい気持ちになる。

「よくプロポーズ受けてくれたな。明らかに朱里の方がイロイロ上なんだけど……」
「何が上って?」

 目玉焼きを作っていると、にゅっと腕が出てきて後ろから抱きついてくる。今日の朱里は、よく眠れたらしく気だるげではないが、家にいるので服装はかなりおざなりだ。

「いや、なんでもないよ。おはよう!」
「おはよう……なんか、気になるんだけど……」
「なんでもないって。それよりさ、海外旅行とか行かない? 有休、結構残っているんでしょ?」
「うん、あるけど……二人で休んだら、あやしくない?」
「いいじゃん! もう公になっても、離すつもりはないから」
「そんなのわかんないよ? やっぱり若い子がいい! ってなるかもしれないでしょ?」
「なりませんって。プロポーズもしたし、ほら指輪も光ってる。なんなら、今から確かめますか?」

 抱きしめると、素直に腕の中におさまる朱里。「いいよ」と抱きしめ返してきた。

「でも、ご飯食べてからね。お腹すきすぎちゃったよ!」

 そんなことを言ってご飯を催促しはじめる。

「はいはい、お待たせしました」

 朝ごはんを目の間に置き、ニンマリしながら朱里はご飯を食べてる。

「裕が作るご飯はおいしいね……毎日ありがとう」
「朱里も毎晩作ってくれるじゃん!」
「簡単なものだけね!」
「うまいよ! とっても」

「そうかしら?」なんていいながら、ご飯を頬張る。嬉しいようでモゴモゴと口を動かしていた。

「食べた後は、仲良くしようね! 今日も明日も休みだから!」

 いい笑顔で言われると、逆にプレッシャーがかかるけど、朱里を見飽きるわけもなく、休日はあっという間に溶けていく。

「次の休みに旅行の計画しよ! パンフレットもらってくるよ!」
「僕、パスポートないから、作らないと……朱里はあるの?」
「私もない! 海外行く暇もなく働いてたからね……一緒に取りに行こう! 確か戸籍とかいるよね? 裕の分、取り寄せておいてくれる?」
「わかった。朱里も準備しといて」

 んーっと言いながら、ベッドでコロコロと転がっている。年上なのに、自分より幼く見えることもある朱里。

「朱里って妹っぽい」
「妹? 私の方が年上なのに?」
「年上っていうけど、たまに幼い感じがするんだよね?」
「そうなの? 私一人っ子だから? 裕は妹がいるんだっけ?」
「そうそう、生意気な妹がいる」
「えぇーいいな……妹」
「僕は一人っ子がいい!」
「そんなことないよ! 兄妹って羨ましい。でも、私、この世界のどこかに弟か妹がいるような気がするんだよね!」
「なんで?」
「私、生まれた瞬間に母親に捨てられちゃったから……ずっと、お父さんと二人きりだったの。生んだ人が再婚してたら、その可能性もあるでしょ?」

「あぁ、なるほどね」というと、ふふっと笑う朱里。この話は、わりと何度も聞いている。

 ネタか何かと思っていて本気にしてなかったんだけど……今わかった気がする。

 朱里の本当の話だったんだ。父子家庭なのも聞いていたし、一人っ子だと言うのも知っていたはずなのに、自分の生きてきた世界では、朱里のような体験をしている子がいなかったから、そこに思い至らなかった。

「もし、いたらどうするの?」
「どうもしないよ? だって、血は繋がっていてもやっぱり他人だからね。家族って感じがしない」
「そんなもん?」
「そんなもん。私、母親の顔すら知らないのに……いきなり弟です妹ですって言われたら怖くない?」

 うーんと唸るったあと、「確かに……」と答えた。

 もし、朱里の立場だったら……いきなり姉ですって言われても……ピンとこない。

 想像したことを話し、「そういうもんだね」というと「そういうもん」ってオウム返しをされる。

「朱里」
「ん?」
「もう、体は大丈夫なの?」
「あぁ、酷かったよね……本当にダルくて。今は、もう大丈夫だよ! あっ! でも、今日は、おしまいね!」

 腕を伸ばそうとしたことに気付いたのか、ストップがかかる。まぁ十分堪能させていただいたので、大人しくぎゅっと抱きしめるだけと言ったら、じゃあと抱きついてきてくれる。あたたかい体温を感じ、その日はゆっくり過ごしたのだった。
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