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晶の記憶

食育と飽食

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…つかれた

朝焼けが白む空を包むように、大量のカラスが歌舞伎町のゴミを狙い啄み、ホストやホステスは吐瀉をし倒れ込み不夜城の終焉を迎える。

久々に嫌なものを見た。
仕事終わりの掃除屋に自分のミスでまだ息のあった奴を風呂場で溶かす現場をみせつけられ、
断末魔と罵声と異臭が忘れられない。

久々にやらかしてしまった。
野犬と掃除屋の信頼失うなあ…

そう思いながら、カラスが撒き散らした足元にあった黒生の缶を蹴り飛ばした。

紫から青空になる頃に、傷心のまま東新宿の自宅に着いた。
家には和歌がいる、子供にこんな顔みせれないな。
いつも通りの日常が始まる…
気を引き締めよう。

そう思っていた。

「ただいま」

「おかえりなさい!」

そこには寝巻き姿の和歌がいた。
おかえりといわれるのも悪くはない…
しかし…この匂いは…
出汁の香りと甘い澱粉が煮詰まる匂い…

「和歌…おまえ…」

「ん?朝ごはんくらいはたべないとだめだよ」

「若いのにたいしたもんだ」

「奴隷達で交代で作ってたから」

奴隷達…過酷だなあ…

今日仕事だったんだよね?と言って出してくれたのは
炊き立ての米に豆腐、フジッコの豆、ネギとワカメと油揚げの味噌汁、ほうれん草のお浸し。

「晶は納豆食べれるかわからないから煮豆にした」

「…納豆はくめ納豆がすきだ」

「こだわり派…なのね」

「関西だとなっとういちかな…しかし立派な食事だ。上等!」

「稼いでくれるからいいの作れるの、ありがとう晶」

稼いでお礼かあ…社畜時代に上司が お金は使ってくれた方が嬉しいんだ って言っていたのを思い出した。
いまなら解る気がする。ありがとうが心地いい。

2人で席に座り、いただきますと言う。

味噌汁を啜るといつも食べてる松屋の味噌汁とは味が違う!
芳しく香る鰹節と…これは…

「赤白合わせ味噌とあごだしに鰹節を入れて生臭くなる前に引き上げたのか?」

「へぇ~わかるんだ」

「それはこっちの台詞だ!こんな味付けなんで知ってるんだ!」

「接待に奴隷を連れて行ってお飾りにした時に食べた記憶を思い出して作る。料理って調味料の味がわかれば大体作れるの」

和歌はニンマリと驚かれてよろこんでいた。

…これは…もしかしたら生まれ持った才能とセンス良いのでは?

「料理は…好きか?家庭科の評価は」

期待しながら聞いてみる。

「わかりやすいから好きかな! よくできました ってかいてる!」

これは…才能だ!間違いない!

「他の教科捨てろ、お前は調理師を目指せ」

「イヤーン!晶ほめすぎだって…」

クネクネしながら和歌は喜ぶが俺は笑えない。
和歌は静かな空気に気づき、呆気に取られた。

「…それ…マ?」

静かに頷いた。頼む気づいてくれと願いながら、
気づけば煙草も吸わずにがむしゃらに食べていた。

米にはわずかながらの砂糖で粘りを足してあり、
ほうれん草のお浸しには僅かなスダチと醤油が香る。
疲れた身体に染みる味付けだ。
豆腐も丁寧に豆乳に出汁がといてあるのがトロッとかかり、上に山葵が載っている。
料理ひとつひとつに愛情と一生懸命も伝わるが、それ以上に知識とセンスに舌を巻いた。

仕事の失敗も忘れて夢中に食べれる飯は久々だった。

「ごちそうさまでした。」

俺は食洗機に食器を突っ込んでボタンを押してからソファーに横になる。

「一眠りしたらデートするか」

和歌は喜んでくれたようでまた踊っている。
なんとも騒がしいなあと思いながら一眠りついた。



眠りから覚めて気がつくと昼前になっていた。
デートの支度をいそいそと始める。

俺は髭を剃り、ラルフローレンのポロシャツとスラックスをあわせ、ヘアワックスを付けた。
和歌にはイーストボーイのチェックのスカートに半袖のポロシャツを着せて、長い髪をポニーテールに括り、紺のシュシュを合わせる。

どこから見ても、夏休み中の父と娘だ。
100歩間違えても援助交際だろう。
決して清らかな男女交際には見えない。

真夏に歩くのはかわいそうなので、地下街を歩く。
そして高野フルーツパーラーに着くまで特に会話もなく、ただ暑いと愚痴りながら歩いていた。
幸い昼食前なので、すんなりと座れた。

しかし出会って一月…これといって話題がない。
テーブルに沈黙…俺は耐えきれなかった。

「付き合いはじめはデートで共通話題を作るとホットドッグプレスにかいてあった!共通の話題つくるぞ!和歌!」

「晶のそのマニュアルが歩いたようなとこ…引くほど尊敬する!馬鹿なの?」

とりあえず目の前にある丸ごと乗っかっているもものパフェを突きほおばり

「うまいな」

…それしか言えない、だめだ!わからない!

見かねた和歌は苺をさして

「はいあーん」

棒読みで俺の口にいちごを差し出す。

「い…いきなりか?ハードルたかくないか?」

「いいから食べる!」

そう言うと口に放り込んできた。

「…ん!さすが高野の苺だ、香りが芳潤で糖度が高い!
後から来る酸味も嫌味ではない。」

「流石ね、何もわからないヒヒジジイと違って晶は色々よくわかるわね、食べていて楽しい!」

苺一つとっても会話が弾む、これが女子力か!侮れん
俺も負けてられなくなり、桃にたっぷりクリームを乗っけて和歌に無言で差し出す。

ぱくっ!と小さい口をめいいっぱい開けてももを頬張るが唇にクリームが残る。

俺はそのクリームを唇を指で撫でてすくいあげ、舐める。そして舌舐めずりしながら

「ん…美味しいな、和歌は」と甘く囁いた。

和歌の頬と耳はどんどん赤くなり、両手で口をおさえて悶絶する。必死になって飲み込んだ後、涙目になりながら轟沈した。

子供にはまだ早かったか…
これは本にはかいてなかったから失敗したか…
そう思いながら足りないのを見越して、追加でフルーツサンドも頼んだ。

「でもなんで最初に高野に連れてきたの?」
和歌はテーブルに来たフルーツサンドを食べながら聞いてきた。

「今朝言った通りだ。才能は伸ばさないといけない。だからデートでは美味しいものを食べさせたいし、おれも和歌から美味しいものをつくってもらいたい。そう思った。食育だ」

「…晶ほんとお堅い」

「今知ったから良かったじゃないか」

「下も硬いのかしら」

「…入るといいんだけどな」

そう言ってフルーツサンドのこり3個を全て掴み一口で食べた。和歌は抗議をしているがうけつけない。

これも食育だ。
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