木積さんと奇怪な日常

浅木宗太

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第三怪

合宿譚と僕らの長い一日5

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おそらく、というか確実にこいつの言う「嫁」は吉岡さんの事だ。
「よ、嫁なんて言われても!そんな出会って一分も経ってない人のお嫁さんには私はなりません!それに……その」
中嶋くんの後ろから吉岡さんがバツの悪そうに続ける。
「流石にナマズの嫁は……無理です」
そう、狩衣を着たその人物はのっぺりとした顔に長い二本のヒゲ、小さめの丸い目と寸胴のような体型。おまけに手には水かきがついているときたものだ。
「龍のくせに地震起こしてる時点でおかしいとは思ってたが」
「そもそもその顔と身長で龍神を名乗るのがおこがましい。精々地主のおっちゃんレベルだろ」
「お、中嶋なかなかいいこと言うな」
やいのやいの、先程までの真剣な雰囲気はどこへやら、足が短いだのせめて髪は欲しかっただのと言いたい放題である。てかこの状況で一緒になって言ってる吉岡さん強いな。
唖然としたのは言われている龍神(仮)である。今まできっと恐れ戦かれたりひれ伏されたりしたことはあれど初手からここまで盛大にディスられたのは初めてだったに違いない。
しばし固まっていたなと思ったら顔を真っ赤にして震え始めた。
「黙って聞いていれば足が短いだの髪がないだの二頭身のちんちくりんだの好き放題言いよって……!」
「二頭身のちんちくりんは言ってないぞ」
「思ってるんだな自分で」
ペースを完全に崩され、もはや何だか可哀想な感じになっているのも否めない。そんなそいつは何やらブツブツと呟くと背後の泉の水面がざわめき始める。
「よかろう……我を馬鹿にした罪は重いぞ。その娘を置いて行けば見逃してやろうと思ったが……」
水面から姿を現したのは、大きな蛇だった。
「なるほど、あれが奴が龍神様だと思われていた理由か」
「どうすんのよあれ」
「俺泳ぐの嫌いだしパス」
全く慌てる様子がないのはこの場においては全員の事なのだが、蛇を呼び出した本人は「驚き過ぎてリアクションが追いついていない」のだと勘違いしているらしく得意げな顔をしている。
「男はこやつの餌としてくれよう。その娘の他の女は……ふむ、なかなかいいのが揃っておる。妾にでもして可愛がってやろう。そこの黒髪の気の強そうなのを従順にするのも楽しそ」
言い切ることができなかった理由は簡単なことであり、そして彼の言葉の代わりにとても重い打撃音が響いたのも一瞬のことだった。
「誰を、どうするって?」
頬をさすりながら立ち上がろうとするそいつの胸元を掴み、持ち上げながら“彼”は言った。
突然の事に対処できなかった蛇も自身の主の胸元を掴んでいるその人に向かって攻撃を仕掛ける。が、彼の飛ばした水球によって失敗に終わる。
「あいつを、お前の何にするって?あ?」
普段の彼からは全くにもって考えられない殺気を放つ姿に私はと言うと瞬きを繰り返すことくらいしかできなかった。
「舜、そんくらいにしとけ。白目剥きそうになってんぞそいつ」
彼方のそんな声に普段からは想像のつかない程に眉間に皺を寄せた彼は乱暴に投げ捨てると
「こいつの隣はお前なんかには渡さない。次言ったら殺す」
と吐き捨てたのだった。

そのあとはまぁトントン拍子に進むもので合宿場への途中の道で待っていた吉岡さんの班の人達と合流し、そのまま帰還。当の吉岡さんはというと「絶対人には言わないわ!私達の秘密ね!」と何だかキラキラした目をしていた。私はと言うと帰る時のあの怯えきった龍神(仮)の表情が忘れられない。
河井荘に帰ってから知った事なのだが、河原くんは彼方と出会って千三百年ちょっとの間、ずっと彼方に片想いをしているらしい。彼方はあんな感じだし、気がついているのか居ないのか、私には彼にエールを送ることしか出来ない。頑張れ、河原くん。
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