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女子高生、異世界へ行く。
お勉強です。
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異世界生活二日目の朝。清々しいほどの良い天気。午前九時だというのに私は今、机の前に座り、彼方さんの授業を受けていた。
語学である。
曰く、メニューが読めたのはウェイトレスをしている子が“私が読める文字の”メニューを出してくれたから、と言うだけでこちらの言葉ではなかったのだと言う。「文字は読める……みたいなのってないんすかね……」と聞き、「んなもんあるわけないだろ。覚えろ」と一蹴されたのは一時間前の事である。
この世界の言葉は私のいた世界の言葉と似通ったものがあり、東国で主に使われる東国文字はほぼほぼ日本語と言っても過言ではなかった。しかしながら、ここは大陸であり、東国文字は使われておらず、公用文字は大陸文字と呼ばれる文字だった。こちらはどちらかと言うとローマ字に近い印象なのだが、「ん」だけで三種類も文字がある上に、私のよく知るそれとは違った文字が時折ぶち込まれてくるのである。教わったそれを五十音表にして、手のひらサイズの手帳(元々学校の予定を書くために買ったが全く使わずカバンに入れてたもの)に書いておく。それが終わると、次はお金の単位だ。端的に言うと、金貨や銀貨なんてものはなかった。使われている単位は「ネグル」と「圓」の二つ。1ネグル=60圓になるらしく、割とややこしい。この圓、日本円と同じ換算らしく、60圓は60円と同じ価値なのだという。さらに訳が分からない。これもとりあえずノートに書いておく。
「ここからは、お前が食いつきそうな話になる」
「と、言うと?」
「このあたりの地理だ」
彼方さんはそう言うと一枚の羊皮紙をどこからともなく取りだし、テーブルの上に広げた。そこに描かれているのはこの世界の地図なのだろう。大きな大陸は三つ、そして大陸文字で国名や地名と思われる文字の羅列が記されている。
「私らが居るのはこの大陸のどちらかと言うと南寄りの真ん中の方」
「という事はここに描いてある大きな森があの森ですね?」
「ヴェルジェの樹海だな。それよりほんの少し北に行くと大きな山脈にぶち当たる。その山脈の左側にあるのが帝国。右側が王国だ」
帝国は機械等の技術が発展しており、世界的に見ても大きな軍事国家なのだという。代わりに、なのかはさておき、あまり第一次生産業向きの土地ではなく、土地の痩せた場所でもあるらしい。
一方、王国はというと機械よりも魔術関連の研究が優遇されていたりするらしい。王は斬風王といい、精霊に愛された王だと聞いた。
「じゃあ、この山脈のちょっと下にあるこれも国ですか?」
見様によっては要塞にも見えなくはない絵とまだ見なれぬ文字の書かれたそこを指させば彼女はそれに答える。
「いや、それは学校だ。影使い専門学校。正確にはシャドウリムズタウンという町だが、学園都市と言っても過言ではないだろうな。言っておくが、この地図の樹海より右側は王国だぞ。とはいえ、この店の一番近くにある街は冒険者街。あれは自治都市だからな。四つのギルドが運営してる」
「へぇー……ってその前にその影……使い?専門学校って何なんですか?」
「その名の通りだが?」
そういう意味ではないと分かっていて、そう答える彼女は意地が悪いのだと思う。
「そうじゃなくて、その、影使いってのはまずなんなんですか」
「何って、ボクたちみたいな者の事だよ。ね、彼方」
ここには彼方さんと私しか居ない、あるはずのない第三者の声。そして、ゆらり、と彼女の影が三次元へと姿を現す。その黒い塊はみるみるうちに姿を変え、一人の青年の姿へと変わった。紫色の髪に金のメッシュがひとふさ、目元は髪で隠れていてわからない。シャツにネクタイ、スラックスとハイカット、耳には魚の形のピアスがぶらさがっている。
「これが影使いだ」
スタンドか何かのように後ろに立つその人を親指で指さしながら彼女はそう言った。
影使い。
影使いとは、もうひとりの自分、即ち影と共にある者のことを指す。基本的には自身と同性の影を持つが、稀に異性の影を持つ者もいる。影の姿は様々で基本は人間の姿をしているが、人間以外、動物やぬいぐるみなどの姿のものも報告されている。また、見た目年齢も様々であり、どのような法則があるのかは分かっていない。幼少期から影がある事はごく稀であり、基本的には魔力の安定する十五歳以上で影が姿を持つようになる。影と影使いは同じ個体でありながら別の個体であり、思考や好みなども個々で持っている。影と影使いは別個体であるが、影使いが致命傷を負い、死亡した際には影も消滅する。
「これって教科書なんです?辞書?」
「どっちでもいいだろ」
「この後にもびっしりなんか書いてあるんですけど……」
「読みたけりゃ言葉を覚えな」
分厚いハードカバーの本を閉じ、机の上に置く彼方さんはそう言った。
つまり、ここに居る彼は彼女の影であり、もうひとりの自分、というものになるということなのだろうか。
「こいつの事はまっちゃんとでも呼べばいい。ちなみにこの店の制服は全部こいつの手作りだ」
「既にキミの制服も出来上がってるよ☆」
既にツッコミどころしか存在していない。いつ私の服のサイズを測ったのだろうか。
「まぁからかうのはこのくらいにしてだな、出かけるからとっとと着替えな」
そう言うとぽん、と服を投げられる。
「出かける、ってどこに?」
「街だよ。生活必需品がいらないって言うなら話は別だが」
「いります!」
食い気味に返事をしてしまったが仕方がないと思う。
語学である。
曰く、メニューが読めたのはウェイトレスをしている子が“私が読める文字の”メニューを出してくれたから、と言うだけでこちらの言葉ではなかったのだと言う。「文字は読める……みたいなのってないんすかね……」と聞き、「んなもんあるわけないだろ。覚えろ」と一蹴されたのは一時間前の事である。
この世界の言葉は私のいた世界の言葉と似通ったものがあり、東国で主に使われる東国文字はほぼほぼ日本語と言っても過言ではなかった。しかしながら、ここは大陸であり、東国文字は使われておらず、公用文字は大陸文字と呼ばれる文字だった。こちらはどちらかと言うとローマ字に近い印象なのだが、「ん」だけで三種類も文字がある上に、私のよく知るそれとは違った文字が時折ぶち込まれてくるのである。教わったそれを五十音表にして、手のひらサイズの手帳(元々学校の予定を書くために買ったが全く使わずカバンに入れてたもの)に書いておく。それが終わると、次はお金の単位だ。端的に言うと、金貨や銀貨なんてものはなかった。使われている単位は「ネグル」と「圓」の二つ。1ネグル=60圓になるらしく、割とややこしい。この圓、日本円と同じ換算らしく、60圓は60円と同じ価値なのだという。さらに訳が分からない。これもとりあえずノートに書いておく。
「ここからは、お前が食いつきそうな話になる」
「と、言うと?」
「このあたりの地理だ」
彼方さんはそう言うと一枚の羊皮紙をどこからともなく取りだし、テーブルの上に広げた。そこに描かれているのはこの世界の地図なのだろう。大きな大陸は三つ、そして大陸文字で国名や地名と思われる文字の羅列が記されている。
「私らが居るのはこの大陸のどちらかと言うと南寄りの真ん中の方」
「という事はここに描いてある大きな森があの森ですね?」
「ヴェルジェの樹海だな。それよりほんの少し北に行くと大きな山脈にぶち当たる。その山脈の左側にあるのが帝国。右側が王国だ」
帝国は機械等の技術が発展しており、世界的に見ても大きな軍事国家なのだという。代わりに、なのかはさておき、あまり第一次生産業向きの土地ではなく、土地の痩せた場所でもあるらしい。
一方、王国はというと機械よりも魔術関連の研究が優遇されていたりするらしい。王は斬風王といい、精霊に愛された王だと聞いた。
「じゃあ、この山脈のちょっと下にあるこれも国ですか?」
見様によっては要塞にも見えなくはない絵とまだ見なれぬ文字の書かれたそこを指させば彼女はそれに答える。
「いや、それは学校だ。影使い専門学校。正確にはシャドウリムズタウンという町だが、学園都市と言っても過言ではないだろうな。言っておくが、この地図の樹海より右側は王国だぞ。とはいえ、この店の一番近くにある街は冒険者街。あれは自治都市だからな。四つのギルドが運営してる」
「へぇー……ってその前にその影……使い?専門学校って何なんですか?」
「その名の通りだが?」
そういう意味ではないと分かっていて、そう答える彼女は意地が悪いのだと思う。
「そうじゃなくて、その、影使いってのはまずなんなんですか」
「何って、ボクたちみたいな者の事だよ。ね、彼方」
ここには彼方さんと私しか居ない、あるはずのない第三者の声。そして、ゆらり、と彼女の影が三次元へと姿を現す。その黒い塊はみるみるうちに姿を変え、一人の青年の姿へと変わった。紫色の髪に金のメッシュがひとふさ、目元は髪で隠れていてわからない。シャツにネクタイ、スラックスとハイカット、耳には魚の形のピアスがぶらさがっている。
「これが影使いだ」
スタンドか何かのように後ろに立つその人を親指で指さしながら彼女はそう言った。
影使い。
影使いとは、もうひとりの自分、即ち影と共にある者のことを指す。基本的には自身と同性の影を持つが、稀に異性の影を持つ者もいる。影の姿は様々で基本は人間の姿をしているが、人間以外、動物やぬいぐるみなどの姿のものも報告されている。また、見た目年齢も様々であり、どのような法則があるのかは分かっていない。幼少期から影がある事はごく稀であり、基本的には魔力の安定する十五歳以上で影が姿を持つようになる。影と影使いは同じ個体でありながら別の個体であり、思考や好みなども個々で持っている。影と影使いは別個体であるが、影使いが致命傷を負い、死亡した際には影も消滅する。
「これって教科書なんです?辞書?」
「どっちでもいいだろ」
「この後にもびっしりなんか書いてあるんですけど……」
「読みたけりゃ言葉を覚えな」
分厚いハードカバーの本を閉じ、机の上に置く彼方さんはそう言った。
つまり、ここに居る彼は彼女の影であり、もうひとりの自分、というものになるということなのだろうか。
「こいつの事はまっちゃんとでも呼べばいい。ちなみにこの店の制服は全部こいつの手作りだ」
「既にキミの制服も出来上がってるよ☆」
既にツッコミどころしか存在していない。いつ私の服のサイズを測ったのだろうか。
「まぁからかうのはこのくらいにしてだな、出かけるからとっとと着替えな」
そう言うとぽん、と服を投げられる。
「出かける、ってどこに?」
「街だよ。生活必需品がいらないって言うなら話は別だが」
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食い気味に返事をしてしまったが仕方がないと思う。
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