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女子高生、異世界へ行く。

外出します。

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さぁて、初の外出だ!と意気揚々と私は出かけようとしたんですよ。はい。出かけようとしました。

店を出ようとすると店の前に人が倒れていました。

ドアを開けた瞬間閉めてしまったけれど、このくらいなら許されるはずだ。
「おい、何故閉めた」
「いや、店の前に人が倒れてたから……」
「なんだ、そんな理由か」
やれやれ、というような顔をして先程私が閉めたばかりのドアを開ける彼方さん。
やはり店の前にうつ伏せで人が倒れている。
藤色の長い髪に金田一一が被っているようなあんな帽子と多分肘くらいまでのなんかよくわからない丈のケープ?と呼べばいいのかマントと呼べばいいのか分からない代物をつけ、ブーツを履いてるのはわかる。圧倒的毛量と言えばいいのか、ほぼほぼ髪で隠れているのがこれまた凄い。
「いやいや、そうじゃない。そうじゃないぞ私」
「1人でよく喋るな。お前は」
彼女は少しばかり「んー?」と首を傾げたかと思うと、その人の前にしゃがみこんだ。
「今回はどんな感じだ?」
彼女がそう言うと倒れている人が微かに動く。
「……全身バッキバキだっての。見りゃわかんだろ魔眼の小娘……」
男性にしては高くて、女性と言うには低い声をした人だった。
「その表現じゃ筋肉痛だ。具体的に言いなよ」
「ざけんなよ、こちとらやっと骨が癒着を始めたとこだわ息すんのもいてぇんだっての。全身複雑骨折。全部くっつかせるのにまだちょっと足りん」
彼女は立ち上がると、その人をひょいと持ち上げて店のソファに文字通り、ポイした。
「怪我人は丁寧に扱えや」
「怪我人は寝てろや。私は出かけてくるから大人しくそこで寝てな」
はんっと鼻を鳴らしたかと思うと彼女はそのままドアから表に出ていってしまう。そんな彼女を慌てて追いかける。あまりにナチュラルな動きで放置するので眺めている間に全ての工程が終わってしまって、何者なのか聞けなかった。
「さっきのって……あの」
追いついた彼女に話しかける。一方、彼女はと言うとこの大草原のど真ん中で何かを探しているようで周囲の地面を見渡している。
「んー?ああ、あいつか。時々あるんだよ、とはいえ、奴がヘマをしなければ来ないからそう頻度は高くないはずだけど」
何者なのかは帰ってから本人に聞けばいいと言うと彼女はお目当ての物を見つけたらしく、ポケットから鍵束を取りだした。
「ヘマって、一体何なんですかあの人……」
「本人に聞け」
「えぇ……」
鍵束の中から一本、彼女は鍵を選ぶとそれを何もない空間に差し込んだ。そしてそれを回す。するとどうだろう、がちゃり、という鍵の開く音と共に木製の扉が出現する。
「これで街はすぐそこだ」
「欲を言えば家の鍵みたいな形じゃなくてアンティークだったら感動してましたね」
「夢見すぎだろ。そんなん束ねてたら場所とるわ」
全ての夢をぶち壊していくなぁなんて思いながら扉を通ると、目の前には大きな街の入り口が広がっていた。
「ここがうちの店から一番近い街。冒険者街なんて呼ばれてる街だ」
活気に溢れる露店。野菜や肉から装飾品、なんだかよく分からない物まで売っている。
「凄いですね……活気に溢れまくってこぼれてる感じすごい……」
「いや、今日はいつもより普通に騒がしい」
「あっこれデフォルトじゃなかったんですね」
人のごった返す広場の方へと進んで行くとそこには特設リングが設置されており、その中で武器を構えた人達が戦っていた。広場の入口には大きなハリボテ看板が置かれており、それを見た彼方さんは「あー……」と納得するような、うんざりするような声を漏らしたのだった。
「端的に言えばバカ騒ぎだ」
「それはわかる。見た感じそうとしか言いようがない感じある」
要約すると腕に自信がある奴はリングに上がってこいという事らしい。今は現在進行形でそう年齢の変わらなさそうな少年と見るからにガタイのいいおじさんが立っている。少年の装備は航空帽にゴーグルとカーキ色の一昔前というか、アニメなどでよく見るファンタジーなパイロットスーツに似たものを着ている。日本の大戦中の空軍が似たようなの着てたような気がする。一方、おじさんはというとメタルな胸当てとその上からでもわかる筋肉、殴られたら痛いだろうなと思われるスタッズのついた篭手だ。少年の武器は真っ黒いメイス?と言うべきか、なんかどっちかと言うとあんな感じの肉叩きがばあちゃん家にあったのを思い出す。おじさんの武器は痛そうな篭手をつけたその上からこれまた痛そうなナックルを付けている。スタッズの増量具合が某ラーメン店の盛り付けを彷彿させる。
「おじさんの武器の方が殴られた時痛そうだけど、なんだろう……なんかやばそうな気配がするのはあの少年のメイス?かな……」
「まぁお前らで言うところの呪いの装備だからな」
「つけたら外せないじゃないですかヤダー!」
「いいから黙って見てろ」
カーンッというゴングの良い音と共におじさんが走り始める。少年は動かない。
そしてその少年に向けて増量キャンペーンみたいな拳で右フックを繰り出そうとして、少年の右アッパーに仕留められた。
天高く、おじさん舞うかな。なんて心の中で一句読んでしまう程に呆気なく空を舞う。
私が口を開いたのはおじさんが地面に叩きつけられてからで、一瞬で勝負がつくなんてきいてない。
「……武器使ってないですよあの人」
「そうだな」
「呪いの装備って普通今宵も血を欲しておる~みたいなやつじゃないんですか」
「そうだな」
「そんな気配全くしないんですけど」
「装備してる人間のマインド値が軽くねじ伏せた結果だろうな」
「そんなことあっていいんですか」
「良かろうと悪かろうと実例がそこにあるだろ」
そう言われてしまってはどうする事も出来ない。私はそっと唇をかみ締めた。呪いの装備、敗れたり。
唇をかみ締めながらリングの方を見ていたら、先程おじさんをワンパンKOにした少年と目が合った。オリーブ色の瞳の好青年だ。
「よお!彼方!リングに上がれよ!」
こちらを向いて手を振る少年に彼方さんがうわ、というような顔をする。
「面倒な時に見つかったなぁ……」
そう言いつつもリングへと歩を進める。人々は彼女の前の道をあけ、その様子はさながらモーセの様だ。私はと言うとそんな彼女の後ろをこそこそとついて行く。そしてリングの上に立つ彼女を見守るために最前列を陣取った。
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