異世界に行ったら「現実見ろ」って言われました。

浅木宗太

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女子高生、異世界へ行く。

お客さんとお店3

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石に魔力を込めるだけ。
これが案外難しいもので、全くもって上手くいかない。
今の今まであったとしてもないものだと思ってた生きてきたわけだし、使う使わない以前に魔力とはなんぞや状態なのである。理屈はわかっても、そこにあるのだというそれが分からない。
異世界からやってきた人間が一番最初に躓くのはここなのだと常連のお客さんも言っていた。
こちらの世界の人達は正確に魔力量がわかるなんてことはないにせよ、大体どのくらいなのかは把握できるのだという。認識を狂わされたりした場合は割と困難になるのだが、それでも何となくは分かるらしい。
私はと言うと全く分からない。とあるお客さんが言うには魔力は水であり、身体はそれを貯めておく器なのだとか。そこから蛇口を捻って中身を出す感覚だと言われたが、いまいちぱっとしなかった。
石を受け取って一日目、割とサクッと出来ちゃったりなんかしたりして。等と淡い期待を抱いたりもした。
全く反応しなかった。
そこから毎日、開店前、休憩時間、閉店後、寝る前……ずっと石を握りしめている。
お客さん達に関しては「まだ?」と毎日野菜の種まきしたあとの幼児のように見に来ては「まだかー」と食事をして帰る。いい加減できてもいいと思うんですよね、私も。
石を片手に一週間が経とうとしている。日替わりメニューもそろそろ一周しそうだなぁ等と思う程に私はこの手の感覚を掴むのが下手くそらしい。
今日も今日とて、常連のうさぎのお姉さん、リネリアさんがカウンターでホットサンドを食べながら私が石を手に気張っているのを眺めている。
彼女はケモノビトという種族でその中でもケモノ成分とヒト成分が三対七くらいの人だ。人によってはほぼケモノのもふもふした人から、彼女のような耳やしっぽのみのような人まで多種多様なのだ。
「今日も変わり無しね」
「うーん……なんかこう……いまいちイメージが掴めないんですよねぇ……」
「まぁ、今の今まで使ったことないものを急に使い方も分からないまま使えって言われてるようなものだからね。でもこればかりはどうしようも無いのよね」
流石にこればかりは自力でどうにかしないといけない様だ。
「魔力、使えるよう頑張ってね」
リネリアさんはそう言い残して去っていった。時間は二時過ぎ。お客さんがだいぶ減って、静かになってきた頃合いだ。
キッチンも一段落したのか、コーヒーを片手に彼方さんが姿を現す。
「そろそろ一旦休憩にしよう。客もほぼいないし」
休憩時間、彼方さんは必ずと言っていいほどブラックコーヒーを飲む。
他に何かあるのかと言われると特に思いつかないくらいにはよく飲んでいる。
この世界には地球にいた頃と同じメニューが多々存在している。理由を彼方さんに聞いてみたところ、二千年以上前から存在しているので一概に異邦人達のもたらした物ではないのだとか。同じようなメニューが存在して、似たような野菜や生き物も存在している。文字で書くと違う呼び方なのだが、どうやら我々のような異邦人には変換機能でも備わっているのか、知っている生き物や植物、もっと言うと地球に存在すると思われる物は地球上の言語で聞こえている。聞こえているというか、理解していると言うべきか。
この話はそのうちするとして、私はコーヒーと共に持ってきてくれたホットサンドを口に運ぶ。
サクッと熱々の食パンの中からとろりとしたチーズが顔を出す。一緒に入っているハムとキュウリもとても美味しい。
「で、石は?」
「ぜんっぜんですね」
もぐもぐしながらそう言えば彼女は少し考えた後に「まぁ、どうにかなるさ。そのために人を呼んだからね」と言った。
「人を呼んだ?」
「うん」
「えっ誰呼んだんですか」
そう言おうとした瞬間だった。店のドアに付けられたベルが何者かの入店を告げる。
「あんたにしては遅かったね」
「魔術学会のアホ共の相手をさせられとった。最近のは保守派ばかりで面白みがないこと極まりない」
お高そうなローブがヒラヒラと揺れる度にその下からは動きやすそうな、店の常連達と似通った服を着たご老人だった。髪はさっぱりと切りそろえ、髭も不潔にならない程度に整えてある。
「唯一の楽しみのランチにすらここ一ヶ月来られんし、あいつらの阿呆みたいな質問ばかり聞いておったわ。あー疲れた疲れた!」
ご老人はそう言いながらカウンター席に軽々とした動きで座る。
「で?言っとったのはこれか?」
私を指さして言うご老人と肯定の意を見せる彼方さん。
「そう。こいつ」
ご老人はというとしげしげと私を見た後にふむと綺麗に切りそろえられた自身の顎髭を撫でた。
「まぁ、できないことはないだろうなぁ。要領が掴めとらんが。魔石は持っとるか?練習用のだ」
「これ、ですか?」
ここ暫く毎日のように握りしめていた石をポケットから取り出すとそのままもう片方の手をその石の上に置くように指示される。
「良いか?その両手にはお互い交わらない水が流れておる。まぁ血液でもいい。その石は橋の代わりになる。右から左の手へ流していくイメージでゆっくりと流してみろ」
川が何となくわかりにくいなら回転寿司のレーンを繋げたと思うといいと言われてなんか妙にわかりやすいのがまた釈然としない。というかあるのか、回転寿司。この世界に。
なんかもうここまできたら回転寿司どころか回転寿司にある新幹線のお寿司乗せてくるレーンもありそうだな……と思ってしまった。
気を取り直して流れをイメージする。回転寿司の寿司レーンがすごく分かりやすくて複雑な気持ちだが、要は右手のレーンと左手のレーンを石のところで繋げるという話。ゆっくりと流れる寿司レーン……意外とあのレーン速いんだよなぁ。
最終的にホタテの寿司は貝柱の部分なのかそれならどれだけでかいホタテなのかという所まで思考が飛びそうになったが何となく流れているというイメージだけは持ち続け、
遂にパキ、と手の中で音が鳴った。
そっと手を開くと、毎日のように握りしめていた石の上の方に小さなコブのような塊ができていた。形的に冷やして切って作るタイプの丸型クッキーに近いのは確実にホタテに思いを馳せたせいなのだろうが、それはそっと喉の奥にしまい込んだ。
「やっと、できた……!」
「初めてにしては良かろう」
きっと鉱石の上に出来たホタテ似の石のコブを見てこんなに感極まる事はこれから先無いだろう。
私がホタテもとい、手のひらの石に集中している間にどうやら料理を注文していたらしく、ご老人はハンバーグを食べながら褒めてくれた。
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