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4章

3話 先生と僕

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天井を見上げながら,一年以上前のことを思い出してしまった。怖くて怖くてたまらなかった日々のことを。どこか今の状況があの時と似通っていたから。
確か,あの時は…。
「レオくん,そんな顔しないでね。前のことも今回のこともレオくんが悪いわけじゃないんだから」
「そ,それは…わかってます。けど…」
今回は,坊ちゃんにとってトラウマを植え付けるものになっているかもしれない。それに,自分が,こんなこと…。
これは,思っちゃいけないって知っているのにこんなことが起こるたびに思ってしまう。
「…あっ…っ」
頬を涙が伝う。
(あぁ,まだ成長できてない。こんなこと慣れないといけないのに…)
「大丈夫だから。落ち着いて…」
先生が優しく,僕の身体に触れようとした。
「…っ…いやっ」
条件反射のように先生の手を振り払う。
「…ぁ,あ…ごめんなさい…」
「いいんだよ。気にしないで。それより,無理になったらいつでも僕を呼ぶんだよ。君は,無理することがあるから」 
もう一度,僕の手に触れて落ち着かせる。
「…そんなの…わかってます。わかっているけど…」
今自分が動揺していることがすごくわかる。どうにか落ち着かないとと思うのに,どうしようもない恐怖がすぐそこにあるみたいに落ち着くことなんてできなかった。
「大丈夫…」
頭を撫でられて,先生の手からの体温を感じる。そうして少しずつ心が落ち着いていくことがわかる。
「…うっ…先生…ごめんなさい」
「いいんだよ。怖かったよね?」
「ま,まあ…怖かったです…でも,坊ちゃんには…そんなそぶり見せることなんて…できないので…」
坊ちゃんが怖いわけではなかった。ただほんの少し,びっくりしたというか驚いている。
「うん。そうだね。では,一旦君が家に戻るのはどうかな?」
先生の言っていることが最初理解できなくて,僕の頭はこんがらがってしまった。
「……?」
「君が,お兄さんがいる家に戻るということだよ。そうすれば,少しは落ち着く可能性があるから。どうかな?」
「…あ,あの,それは絶対ですか?」
「別に,絶対ではないけれど,ここだと君の気持ちも休まらないこともあるからね。だから,そっちの方がいいと思ってね。どうかな?」
「……それは…いやです。いやです」
僕はそう口に出していた。
「いや…なのかい?」
「…なんか,それだけはしたくないって思って…」
理由なんてそこにはなくてただ,坊ちゃんのそばをこんなことで離れたくないそう思った。
「…うん。なら,その方がいいね。でも,無理は良くないからね。いつでも,自分がしたいように楽なようにだけを今は考えるんだよ」
「はい…それで,僕は,どのくらい…寝ていたんですか?」
怖くなる。
「…君は1ヶ月ほど眠っていた」
聞いた瞬間,どこか納得すると同時に坊ちゃんの顔を思い浮かべた。
(だから,あんなに辛そうかな顔していたんだ…)
そう思うと,すぐにでも坊ちゃんに会いたいと思った。
「あの…」
「驚くのも無理はない。でも,君の周りはきっと助けてくれるから,そんなに気負う必要はないよ」
僕の顔が不安に染まっていたように見えたのか先生はそんなことを言った。
「そうではなくて…坊ちゃんに申し訳ないことしたなと思って…それで…すぐにでも会いたいなと…」
「…うん。少し話しすぎてしまったね…ごめんね。でも,もう少し僕とお話をして欲しい」
「お話…?」
もう十分,お話はしたように感じていた。
「君に,何が起きたのかとか君がその時に何を感じていたのかとか教えて欲しいと思っていてね。もし嫌だったら,話さなくていい。ただ,思い出したくないことかもしれないけれど,話してくれるとありがたい。君をどう支えればいいかわかるから」
先生の話を聞いて,1ヶ月前のこと,僕にとっては昨日のようなことを思い出す。
「…あの時は,ただ嫌で嫌でたまらなかった…記憶があります。それ以外は…」
思い出そうとしても,思い出せる気配はなかった。むしろ,思い出したくもないそんなふうに思った。
(なんで,そんなこと聞かれないといけないんだろう…?)
「やっぱり,いやかな?」
僕の考えが,顔に出ていたらしい。
「…いやです。思い出したくないですし…」
「それでも,少しずつでもいいから話して欲しい。君のために」
「僕のため…?」
先生の言いたいことが,よくわからず固まってしまう。それに,僕のためというより,先生のためのように聞こえた。
「うん,君が生きやすくするためだよ。いろいろ知っていると,気をつけることができるからね」
「気をつけても…何にも,何にもできなかった…と思うし…人に心配させたし…そんな…」
「ごめんね。もう少し落ち着いたらまた聞くことにするね」
先生はもう一度,僕の手を握り直す。
「…わかりました」
どこか落ち着かない気持ちでそう答えた。
「では,僕はもう今日は帰るね。何かあったら必ず言うんだよ」
「はい」
「じゃあね」
先生はそう言って部屋を出て行った。
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