神を辞めさせられた男は魔物にでも八つ当たりすることに決めました

佐島 紡

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現世到達と早速の魔物(1)

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「ということでグリム到着っと……?」

 そういうことで神の世界から転移の陣でグリムに飛ばされたゲンシは、地上に颯爽と、それまたもの凄く格好いいポーズで舞い降りようとしていたのだが。

「うわああああああ!?」

 なぜか。今雲の上から落ちている。
 体の制御が利かない。耳には風を切る音と、自分の叫び声。バタバタと体を動かして地面に対してうつ伏せになったり、仰向けになったりしてみるが、かといってパラシュートがあるわけでもない。どんどん地面に近づいていく。このまま何もしなかったらゲンシは地面に真っ逆さまに突っ込んでいき、地上の世界から楽々おさらばというわけだ。やったね。

「……って、んなわけあるか-い!」

 どうこうしているうちにも高度は勢いよく下がっていき、位置エネルギーは運動エネルギーに変換されていく。ゲンシの体は重力に逆らわずに落下していった。
 雲が切れ始めゲンシの視界にうっすらと地面が映される。

「ちょまって!死ぬって!俺死んじゃうって!」

 仕方がない。こうなったら最終手段だ。
 ゲンシは首にかけている鏡を手に取った。そして、鏡・に・向・か・っ・て・命令する。

「アイシャ!風を噴射させてくれ!」

 アイシャとはゲンシの持つ鏡の名である。そしてゲンシを守る天使でもあるのだ。
 神に昇格されたら創造神が従者、つまり天使を授けてくれる。命令すればどんな無理難題でもこなそうとする神の忠実なる部下だ。身体能力などもかなり高く、地上に生きる生物には出来ない芸当もやってのける。天使には感情がない。生まれた時の赤ん坊のような純粋無垢な存在で、頼まれたら命を張ることもためらわないその姿は、神の間で守り手や守護者などと呼ばれている。
 アイシャもその中に含まれていた。地球の世界を管理している神の天使だったのだ。
 だから、多少常識破りなこともやってのける事ができる。
 アイシャの鏡面から暴風が吹き荒れる。その風をゲンシは地面に向け、勢いを相殺させる。
 土が削れる。岩が削れる。大地から削れた石などが上へ舞い上がってくる。上がってくる間に超高速になった石ころや砂がかまいたちのようにゲンシの皮膚を切り裂いていく。

「ぐ、ぐおっ……」

 少しばかり強すぎたようだ。そういえば、体は逆にだんだんと上に向かって言っている気がしないでもない。

「ア、アイシャ!もういい!ありがとう!」

 すると、今までの現象がまるでなかったかのようにぷっつりと暴風が消える。

「え?」

 ゲンシは引きつった笑みを浮かべながら、不調の機械のようにギギギと下を覗く。
 勢いは弱くなり、地面との距離は確かに短くなった。
 が、それでもこの高さはまずい。しかも暴風の影響で土が飛ばされ、見えている面には石が見えている。
 ということは結局。
 手を振り回してみても掴むものは虚空のみ。

「なんでだああああ!!」

 そんな感じで結局叫びながらゲンシは地面に落とされていった。

「っつ……」

 死ぬ覚悟をして目をつぶったゲンシが第一に感じた感触、冷たい。第二に感じた感触、なんかべとべと。
 第三に感じた感触。体全体が柔らかいベッドに沈んでいくような心地よい感触……。
 生き残れたのか。と、ゲンシは目を開ける。真っ赤なジェル状の液体が視界の先を見えなくする。寝ぼけているのだろうか。
 ふうと息をつきゲンシは辺りを見渡そうとする。何かが頭を上がらせないように押さえつけている。

「ぐっぬぬぬぬ……ぷはあ」

 やっと息ができる。変なジェルから抜け出し、ゲンシは辺りを見渡す。
 グリムの世界は基本的に土で構成されている平原が主だ。雨も、場所によってはばらつきがあるがだいたいどこでも降る。そのためか動物の種類はどこも似たり寄ったりになっている。
 土を少し掘るとすぐさま石が見えてくる。グリムは他の世界と比べて鉱石がよく取れる。そのため、独自の鍛冶産業が発展していた。そうやって作られたものは機械ファクトと呼ばれていて、その中でも一部の物が人口遺物アーティファクトとされていた。
 辺りの光景は例に逆らわず、草原が広がっていた。風によって雑草が一斉になびく。
 グリムは鏡を手に取った。その取り方はとても丁寧なものであり、誰かを慈しむかのようにも見えた。
 ゲンシは大きな飴色の鏡に向かって話しかける。

「アイシャ。このあたりの地図を表示してくれ。できるか?」

 鏡は答えない。答えないが、ゲンシの命令に反応したのか淡い光を放ちながら鏡の中に地図を表示させる。一般的な地形図だった。リアルで時間差なしの写真を表示させることも命令すればできるだろうが、ゲンシにとってはこっちのほうが簡潔で分かりやすかった。
 スマートフォンを思わせる手つきで、鏡に表示されている地図を操作する。

「ふむ。近くにはナラクという都市があるのか。そこでひとまずは情報でも集めてみるか」

 願わくば他に武器がほしい。さすがに鉄の剣だけでは心もとない。

「ありがとなアイシャ。もういいぞ」

 親友にでも話しかけるような口調だった。鏡も鏡で答えるかのように一瞬瞬き、普通の鏡に戻る。
 さて、とゲンシはもう一度周りを見渡す。近くに人の気配はない。あるといえば、目の前にある意味不明な物体だけだ。
 一体何なのか見当すらつかない。

「アイシャ、これ何かわかるか?」

 ゲンシの言葉に反応して鏡面に情報が示される。

「ふむふむ、スライムか……」

 名はスライム。一騎当百の二つ名を持つ一番ありふれた魔物の一つ。
 全体が球体。粘り気のある液体で構築されていて、薄いピンク色をしている。

「へえ……え?」

 思わず固まってしまった。もしかして自分の目の前にある物体は、スライムなのか。
 だとすると、先ほど起き上がることが出来なかったのは……。
 ゲンシはその先のことを想像して青くなる。あと少し、気が付くのが遅かったら死んでしまっていたかもしれないという事に気が付いたのだ。

「げえ……」

 ゲンシは低く呻いた。無意識にため息が漏れる。

「やる気が削がれるぜ……」

 だけどまあ、やるしかないか。ゲンシは剣を手に取った。
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