無口な夫の心を読めるようになったら、溺愛されていたことに気付きました

ななな

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 翌日の昼過ぎ、ジークベルトと王都の中心街に向かって馬車で移動していた。王族だと悟られないように平服とローブで身を包み、馬車も王家の紋章がないものに偽装している。

 身の安全のために少し離れて護衛もついてるから、完全に二人きりではないけど………これは、まぎれもなくデート。そう、デートだ。

(平服でもかっこいいな……………)

 昨日よりも顔色が少し良くなっているジークベルトは、馬車の窓の外を黙って眺めている。その姿さえも絵になるくらい、かっこいい。

 流石アルファ………いや、アルファだからってこんなにかっこいいとは限らないだろう。王子様って感じだ。実際に王子様なんだけど。

「……………何だ?」
「え、いや、な、何でもないです」

 つい見すぎてしまったら、ジークベルトと目が合ってしまい、慌てて目を逸らした。

 いけない、ニヤけてしまう。しっかりしないと。完全に浮かれてしまっている。

 何で誘ってくれたかはわからないけど………せっかくデートに誘ってもらえたんだから、余計なことは考えずに楽しみたい。



 中心街へと着くと、先に馬車からジークベルトが降りた。続けて僕が降りようとすると、手を差し出される。エスコートは一般的なマナーだけど、僕はいつもより緊張した。

(この手に触れたら…………ジークベルトの心の声が聞けるんだ)

 少し怖い………だからと言って、遠慮するのも失礼だ。僕は意を決して、手を伸ばした。

"このまま繋いでおきたいが、流石に嫌がるか"

 触れた途端に、脳内に流れてくる声。
 一瞬で顔がブワッと熱くなる。

(今、僕と手を繋ぎたいって思ってくれたの?)

 馬車から降りたあと、そのまま手が離れていく。手のひらに残った熱が名残惜しく感じた。

「……………あ、ありがとうございます」
「……ああ、行こうか」

 手を繋ぐのが嫌なわけない。もう一度あの手に触れたい。そう言いたい。そうしたいのに…………。

 どうして僕は、肝心な時にかぎって臆病になってしまうのか。



 結局、何も出来ないまま歌劇場へと辿り着いた。仕事で疲れていそうなジークベルトでも落ち着いて楽しめる場所がいいと思って、僕が提案した。

 サングリフの歌劇場は質が良く、人気の演目が上演される場合は、他国からわざわざ足を運ぶ人も大勢居る。

 演目は時期によって違うのだが、今回は恋愛劇のようだった。ジークベルトにはあまり興味がなさそうなテーマだと思ったけど…………特に気にしている様子はなかったから安心する。

 身分を装っているため、王族や貴族専用の特別席ではなく、端っこの、残っていた一般席へと座った。

「久しぶりに観るから楽しみです。以前は英雄譚だったので、今回は演出も全然違うんでしょうね」
「………そうだろうな、俺もこれは初めて観る」

 そんな他愛もない会話をしているうちに、劇がはじまった。内容は、悲劇の愛だった。愛し合っていた男女が政略結婚によって引き裂かれてしまうという、昔から人気のあるストーリーだ。

 舞台俳優の表情や動き、背景の移り変わり、そのどれもが素晴らしくて目が離せない。

 中でも、合間で出てくる、人間が黒子で演じる馬や犬の動きがリアルで驚いた。僕が動物好きなせいもあると思うが………つい舞台に出てくると目で追ってしまう。

「凄く良かったですね、特にあの犬の動きが愛らしくて………」
「…………犬?」
「ええ、とっても可愛かったです」

 劇が終わって僕が満足げに言ったら、ジークベルトは全然ピンときてないようだった。

 その様子を見て、僕の着眼点がおかしいってことに気付く。

「えっ、あっ、内容や演出も素晴らしかったですよね…………」
「………………ふ、君は本当に動物が好きだな」

 慌てて取り繕った僕を見て、ジークベルトが目を細めて笑った。そして、頭を軽く撫でられる。

"アルルの方がよっぽど可愛いのに"

 さらに追い込むように、脳内へと流れてくる声。

「……………っ!!」

 同時に起きた全てのことに、頭が爆発しそうになる。すぐに処理が追いつかない。完全に思考停止した僕は身体が硬直した。

(い、いま、可愛いって……………!)

 笑って撫でてくれただけでも嬉しいのに……………これは夢か?



 その後も夢心地のまま中心街を歩いていると、綿菓子のようにフワフワした小さい犬が目に止まった。思わずじっと見つめてしまったら、ベンチに座ってる老齢の女性と目が合う。

「とても可愛い子ですね。少し撫でても大丈夫ですか?」
「うん、構わないよ。人懐っこい子だから喜ぶよ」

 優しい飼い主の言葉に甘えて、しゃがんでフワフワした犬の顎の下や背中を撫でた。

「ジークベルト様もいかがですか?」
「…………いや、俺は…………」

 黙って立ち尽くしているジークベルトに声を掛けると、そう言って遠慮した。犬が苦手なんだろうか。

 しばらく撫でてから、飼い主の女性にお礼を言ってその場を離れる。

「犬は苦手でしたか? お時間を取らせてしまって申し訳ないです」
「…………苦手というか…………」
「?」
「…………動物って、何を考えてるかよくわからないだろう。だから、そんなに………」

 まさかの理由に目が丸くなる。

 僕からしたら、ジークベルトの方がよっぽど何を考えてるかわからない。それがおかしくて、つい笑いが込み上げてきてしまう。

「………ふ、ふふっ………あはは………っ」
「な、なぜ笑うんだ」
「だって、おかしくて…………ふふっ、」

 変なツボに入ってしまって、目からも涙がうっすら滲む。こんなに笑うのも久しぶりかもしれない。

「笑いすぎだろう」

 笑いが止まらない僕の頬をむにっと掴んでくる。ジークベルトの心の声からは、恥ずかしいとか、そういう羞恥の感情が聞こえてきた。

 恥ずかしいんだ。可愛い。可愛いなあ。
 動物が苦手だなんて知らなかった。完璧なアルファだと思っていた彼にこんな弱点があるなんて。

 ああ、やっぱり僕、この人のことが好きだなあ…………。



 楽しいデートだった。
 王宮に戻り、自室の机の上でジークベルトにプレゼントしてもらったピアスを眺める。彼の瞳の色に似た、きれいな青色の宝石が埋め込まれていた。それを耳につけてから、ベッドの中へと潜り込む。

(いつもは一人だと寂しくてたまらないのに………今日はぐっすり眠れそうだ)

 僕の中でずっとあった、わだかまりのようなものが、少しだけ消えた気がする。根本的な解決はしていないけど…………それが気にならないくらいは楽しかった。



 幸せな気持ちで眠りについた僕だったが、この二日後、衝撃的な事実を聞かされるのだった。
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