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デートをしてから二日経ち、しばらくその余韻に浸っていた僕だったが、今日は少し憂鬱だった。社交の場に参加しなければいけなかったからだ。
社交の場は、昔から苦手だった。
自分のバース性が十歳の頃にオメガと発覚してからというもの、好奇と偏見の目に晒されてきたからだろう。
そういった悪意には慣れている。でも、心に何も響かない訳ではない。
普段も必要以上には舞踏会やお茶会に参加していないが、王家が主催するとなれば王太子妃である僕も必ず参加しないといけなかった。
そして、今日も王家主催で貴族を招待したガーデンパーティが行われていた。ジークベルトの横に立ち、招待した貴族と目まぐるしく挨拶をし続ける。
貴族の当主はほとんどがアルファで、まれにベータ、オメガは居ない。人口は少なくても能力的に優れているアルファが当主として選ばれるのがごく一般的だ。ただ、平均的な能力を持つベータの中でも、商才や武才があれば当主に選ばれることもある。
最も人口の少ないオメガはヒートによって安定した立場を保つのが難しく、当主として選ばれることはない。大抵は僕のように妻として迎えられるか、愛人のみだ。オメガに生まれた時点で、立場を制限されてしまうという、不遇な性である。
オメガの僕は王太子妃であろうが、所詮はオメガ。次期国王であるジークベルトにしか貴族の関心は向いていない。しかも、ルータパ出身の僕は余計に『異物』だ。
「………………………ふう、疲れた」
一通り挨拶をし終えた僕は、休息がてらに一人で会場を抜け出した。お手洗いを済ませて、会場に戻る途中の廊下でため息をつく。
すると、廊下の先から見覚えのある顔の若い青年が歩いてきた。
「アルル妃殿下、ご機嫌うるわしゅう。相変わらず社交の場でも馴染めていないのですね」
いきなり不躾な言葉を投げつけてきたのは、エリオット公爵家の次男であるイーサンだ。彼はオメガで、ジークベルトの元婚約者候補だった。そのせいか初対面の頃からこうして敵意を向けてくる。
おそらくジークベルトの事が好きだったのだろう。と言っても、イーサンは数多く居た候補の中の一人でしかない。僕に恨みを持つのは不相応だ。
「…………………」
「はっ、無視ですか? 図星だから言い返すことも出来ないんですね」
「僕はジークベルトと違って、無礼な人間を相手するほど優しくはありませんから」
イーサンが事あるごとにジークベルトの元に近寄り、媚を売っていることを知っている。ジークベルトは過度なスキンシップは避けつつも、貴族の令息を邪険に扱うことはしない。
僕も少し悪意を向けられたなら平然を装うが、イーサンのような人間に下手に出たら、ただつけ上がるだけだ。
「…………っ、お飾りの王太子妃のくせに。そんな偉そうな態度だから、いつまでも殿下との子を授かれないんですよ」
イーサンは苦虫を潰したような顔で言った。
オメガの僕自身に期待されるのは、子を成すこと。ジークベルトに抱いてすらもらえていない僕はイーサンの言う通り、お飾りの王太子妃だ。
「だから何ですか? 公爵家の令息が僕にそのような態度を取ってもいい理由にはならないはずですが……………稚拙に振る舞うのがエリオット家の教育方針ですか?」
悪意には慣れている。慣れているだけで、一切傷付かないほど鈍感でもない。
胸の奥が、ずきずきと痛む。
こんな些細なことで傷付いたらだめなのに。僕は王太子妃なんだから、この場から逃げ出すなんてしてはいけないのに。
心の声が聞こえるようになってからも、ジークベルトの気持ちに確証がまだ持てていないからだろう。綱の上を渡っているみたいに、ちょっとしたことで、僕の心は簡単に揺れ動いてしまう。
だから、これ以上イーサンの言葉を聞きたくなかった。逃げたい、と思ってしまった。
「ふんっ、僕は『側妃』になるんだ。殿下との子供を産んだら、もうそんな態度を取れなくなるだろうね? 本当に愛されているのは僕なんだから」
真実味のない言葉でも、僕のもろい心を深く抉るには十分だった。
社交の場は、昔から苦手だった。
自分のバース性が十歳の頃にオメガと発覚してからというもの、好奇と偏見の目に晒されてきたからだろう。
そういった悪意には慣れている。でも、心に何も響かない訳ではない。
普段も必要以上には舞踏会やお茶会に参加していないが、王家が主催するとなれば王太子妃である僕も必ず参加しないといけなかった。
そして、今日も王家主催で貴族を招待したガーデンパーティが行われていた。ジークベルトの横に立ち、招待した貴族と目まぐるしく挨拶をし続ける。
貴族の当主はほとんどがアルファで、まれにベータ、オメガは居ない。人口は少なくても能力的に優れているアルファが当主として選ばれるのがごく一般的だ。ただ、平均的な能力を持つベータの中でも、商才や武才があれば当主に選ばれることもある。
最も人口の少ないオメガはヒートによって安定した立場を保つのが難しく、当主として選ばれることはない。大抵は僕のように妻として迎えられるか、愛人のみだ。オメガに生まれた時点で、立場を制限されてしまうという、不遇な性である。
オメガの僕は王太子妃であろうが、所詮はオメガ。次期国王であるジークベルトにしか貴族の関心は向いていない。しかも、ルータパ出身の僕は余計に『異物』だ。
「………………………ふう、疲れた」
一通り挨拶をし終えた僕は、休息がてらに一人で会場を抜け出した。お手洗いを済ませて、会場に戻る途中の廊下でため息をつく。
すると、廊下の先から見覚えのある顔の若い青年が歩いてきた。
「アルル妃殿下、ご機嫌うるわしゅう。相変わらず社交の場でも馴染めていないのですね」
いきなり不躾な言葉を投げつけてきたのは、エリオット公爵家の次男であるイーサンだ。彼はオメガで、ジークベルトの元婚約者候補だった。そのせいか初対面の頃からこうして敵意を向けてくる。
おそらくジークベルトの事が好きだったのだろう。と言っても、イーサンは数多く居た候補の中の一人でしかない。僕に恨みを持つのは不相応だ。
「…………………」
「はっ、無視ですか? 図星だから言い返すことも出来ないんですね」
「僕はジークベルトと違って、無礼な人間を相手するほど優しくはありませんから」
イーサンが事あるごとにジークベルトの元に近寄り、媚を売っていることを知っている。ジークベルトは過度なスキンシップは避けつつも、貴族の令息を邪険に扱うことはしない。
僕も少し悪意を向けられたなら平然を装うが、イーサンのような人間に下手に出たら、ただつけ上がるだけだ。
「…………っ、お飾りの王太子妃のくせに。そんな偉そうな態度だから、いつまでも殿下との子を授かれないんですよ」
イーサンは苦虫を潰したような顔で言った。
オメガの僕自身に期待されるのは、子を成すこと。ジークベルトに抱いてすらもらえていない僕はイーサンの言う通り、お飾りの王太子妃だ。
「だから何ですか? 公爵家の令息が僕にそのような態度を取ってもいい理由にはならないはずですが……………稚拙に振る舞うのがエリオット家の教育方針ですか?」
悪意には慣れている。慣れているだけで、一切傷付かないほど鈍感でもない。
胸の奥が、ずきずきと痛む。
こんな些細なことで傷付いたらだめなのに。僕は王太子妃なんだから、この場から逃げ出すなんてしてはいけないのに。
心の声が聞こえるようになってからも、ジークベルトの気持ちに確証がまだ持てていないからだろう。綱の上を渡っているみたいに、ちょっとしたことで、僕の心は簡単に揺れ動いてしまう。
だから、これ以上イーサンの言葉を聞きたくなかった。逃げたい、と思ってしまった。
「ふんっ、僕は『側妃』になるんだ。殿下との子供を産んだら、もうそんな態度を取れなくなるだろうね? 本当に愛されているのは僕なんだから」
真実味のない言葉でも、僕のもろい心を深く抉るには十分だった。
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