無口な夫の心を読めるようになったら、溺愛されていたことに気付きました

ななな

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 自棄になって泥酔した僕はジークベルトの部屋に入ったあと、ソファへと座らされた。

 頭の片隅では他に好きな相手が居る彼の元に来るべきではない、と考えがあった。それでも来てしまった。何をしに来たのか、自分でもよくわからない。

 ただどうしようもない感情が、僕の中で黒く渦巻いていた。

「とりあえず、水を…………」

 そう言って離れようとした、ジークベルトの服の裾を掴む。

「行かないで……………」
「…………アルル?」
「そばに、いてください………」

 相手に縋るような言葉は、普段の僕なら絶対に口には出さないだろう。けど、そんな余裕もないほど精神的に追い詰められていた。

「…………本当に、何があったんだ?」

 様子がおかしい僕に困惑しつつも、ジークベルトが隣へと座ってくれる。その拍子に、甘くていい匂いが鼻腔を掠めた。

(……………すごく、いい匂いがする)

 もっとその匂いが嗅ぎたくて、ジークベルトの首筋に顔を近づけて、すりすりと鼻を擦った。

「…………っ、アルル…………急に何を………」

 ジークベルトはくすぐったそうにしながらも、僕を遠ざけようとはしない。心の声もはっきりしないが、嫌だとは聞こえてこなかった。

 ああ、落ち着く。僕の好きな匂い。僕の番の匂い。本当はずっとこうしたかった。

「…………嫌なことでもあったのか?」

 嫌なこと。そう、イーサンとのことだ。
 思い出した。

 番の匂いを嗅いで落ち着いた気分が一気に下降する。酔っているせいか、情緒が安定しない。

 僕は顔を離して、今度はジークベルトの服の胸元をぎゅうっと掴んだ。

「…………なんで、ぼくじゃだめなんですか」
「…………?」
「ぼくだけじゃ、だめなんですか」
「どういう意味だ………?」

 目の前にある、形の良い唇に意識が向く。後ろめたさを感じつつも、自分の欲求を抑えられなかった。

「………………っん、」
「……ッ?」

 ふに、と唇を押し付けた。キスの仕方なんてよくわからない。けど、拒否されないことを良いことに二度三度とキスを繰り返した。

"このままだと………頭がおかしくなりそうだ"

 けど、最中で脳内に流れてきた心の声に、動きが止まる。

「そんなにっ、………ぼくとするの、嫌ですか?」
「………? そうじゃない、が………いったん落ち着いてくれないか………」
「っ、落ち着けるわけないじゃないですかっ」

 好きな人に、たった一人の番に、別の相手が居ると聞いて落ち着けるはずもない。

 アルファは複数の番が持てたとしても、オメガの僕には一人しか居ない。別のアルファに触れられたら拒絶反応が出るからだ。

 それで何度、つらいヒートを一人で過ごしただろう。『予定がある』と見捨てられた、みじめで、途方もない気持ちはきっと理解してくれないだろう。

「僕には…………あなたしか、居ないのに…………」

 怒り。悲しみ。寂しさ、いろんな感情がぐちゃぐちゃになって定まらない。抑えていた感情が溢れ出すように、涙で視界が滲む。

 こんな姿は見せたくなかった。
 情けなく縋るなんてしたくなかった。

 どんどんなりたくない自分になっていく。
 その感覚が怖い。

 ただ僕は愛されたかっただけのはずなのに。誰かから奪い取ってまで、愛されたくはなかった。
 
「………………俺にだって、アルルしか居ない」

 罪悪感で押しつぶされそうな僕に、ジークベルトがそうはっきりと言った。
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