8 / 16
8
しおりを挟む
自棄になって泥酔した僕はジークベルトの部屋に入ったあと、ソファへと座らされた。
頭の片隅では他に好きな相手が居る彼の元に来るべきではない、と考えがあった。それでも来てしまった。何をしに来たのか、自分でもよくわからない。
ただどうしようもない感情が、僕の中で黒く渦巻いていた。
「とりあえず、水を…………」
そう言って離れようとした、ジークベルトの服の裾を掴む。
「行かないで……………」
「…………アルル?」
「そばに、いてください………」
相手に縋るような言葉は、普段の僕なら絶対に口には出さないだろう。けど、そんな余裕もないほど精神的に追い詰められていた。
「…………本当に、何があったんだ?」
様子がおかしい僕に困惑しつつも、ジークベルトが隣へと座ってくれる。その拍子に、甘くていい匂いが鼻腔を掠めた。
(……………すごく、いい匂いがする)
もっとその匂いが嗅ぎたくて、ジークベルトの首筋に顔を近づけて、すりすりと鼻を擦った。
「…………っ、アルル…………急に何を………」
ジークベルトはくすぐったそうにしながらも、僕を遠ざけようとはしない。心の声もはっきりしないが、嫌だとは聞こえてこなかった。
ああ、落ち着く。僕の好きな匂い。僕の番の匂い。本当はずっとこうしたかった。
「…………嫌なことでもあったのか?」
嫌なこと。そう、イーサンとのことだ。
思い出した。
番の匂いを嗅いで落ち着いた気分が一気に下降する。酔っているせいか、情緒が安定しない。
僕は顔を離して、今度はジークベルトの服の胸元をぎゅうっと掴んだ。
「…………なんで、ぼくじゃだめなんですか」
「…………?」
「ぼくだけじゃ、だめなんですか」
「どういう意味だ………?」
目の前にある、形の良い唇に意識が向く。後ろめたさを感じつつも、自分の欲求を抑えられなかった。
「………………っん、」
「……ッ?」
ふに、と唇を押し付けた。キスの仕方なんてよくわからない。けど、拒否されないことを良いことに二度三度とキスを繰り返した。
"このままだと………頭がおかしくなりそうだ"
けど、最中で脳内に流れてきた心の声に、動きが止まる。
「そんなにっ、………ぼくとするの、嫌ですか?」
「………? そうじゃない、が………いったん落ち着いてくれないか………」
「っ、落ち着けるわけないじゃないですかっ」
好きな人に、たった一人の番に、別の相手が居ると聞いて落ち着けるはずもない。
アルファは複数の番が持てたとしても、オメガの僕には一人しか居ない。別のアルファに触れられたら拒絶反応が出るからだ。
それで何度、つらいヒートを一人で過ごしただろう。『予定がある』と見捨てられた、みじめで、途方もない気持ちはきっと理解してくれないだろう。
「僕には…………あなたしか、居ないのに…………」
怒り。悲しみ。寂しさ、いろんな感情がぐちゃぐちゃになって定まらない。抑えていた感情が溢れ出すように、涙で視界が滲む。
こんな姿は見せたくなかった。
情けなく縋るなんてしたくなかった。
どんどんなりたくない自分になっていく。
その感覚が怖い。
ただ僕は愛されたかっただけのはずなのに。誰かから奪い取ってまで、愛されたくはなかった。
「………………俺にだって、アルルしか居ない」
罪悪感で押しつぶされそうな僕に、ジークベルトがそうはっきりと言った。
頭の片隅では他に好きな相手が居る彼の元に来るべきではない、と考えがあった。それでも来てしまった。何をしに来たのか、自分でもよくわからない。
ただどうしようもない感情が、僕の中で黒く渦巻いていた。
「とりあえず、水を…………」
そう言って離れようとした、ジークベルトの服の裾を掴む。
「行かないで……………」
「…………アルル?」
「そばに、いてください………」
相手に縋るような言葉は、普段の僕なら絶対に口には出さないだろう。けど、そんな余裕もないほど精神的に追い詰められていた。
「…………本当に、何があったんだ?」
様子がおかしい僕に困惑しつつも、ジークベルトが隣へと座ってくれる。その拍子に、甘くていい匂いが鼻腔を掠めた。
(……………すごく、いい匂いがする)
もっとその匂いが嗅ぎたくて、ジークベルトの首筋に顔を近づけて、すりすりと鼻を擦った。
「…………っ、アルル…………急に何を………」
ジークベルトはくすぐったそうにしながらも、僕を遠ざけようとはしない。心の声もはっきりしないが、嫌だとは聞こえてこなかった。
ああ、落ち着く。僕の好きな匂い。僕の番の匂い。本当はずっとこうしたかった。
「…………嫌なことでもあったのか?」
嫌なこと。そう、イーサンとのことだ。
思い出した。
番の匂いを嗅いで落ち着いた気分が一気に下降する。酔っているせいか、情緒が安定しない。
僕は顔を離して、今度はジークベルトの服の胸元をぎゅうっと掴んだ。
「…………なんで、ぼくじゃだめなんですか」
「…………?」
「ぼくだけじゃ、だめなんですか」
「どういう意味だ………?」
目の前にある、形の良い唇に意識が向く。後ろめたさを感じつつも、自分の欲求を抑えられなかった。
「………………っん、」
「……ッ?」
ふに、と唇を押し付けた。キスの仕方なんてよくわからない。けど、拒否されないことを良いことに二度三度とキスを繰り返した。
"このままだと………頭がおかしくなりそうだ"
けど、最中で脳内に流れてきた心の声に、動きが止まる。
「そんなにっ、………ぼくとするの、嫌ですか?」
「………? そうじゃない、が………いったん落ち着いてくれないか………」
「っ、落ち着けるわけないじゃないですかっ」
好きな人に、たった一人の番に、別の相手が居ると聞いて落ち着けるはずもない。
アルファは複数の番が持てたとしても、オメガの僕には一人しか居ない。別のアルファに触れられたら拒絶反応が出るからだ。
それで何度、つらいヒートを一人で過ごしただろう。『予定がある』と見捨てられた、みじめで、途方もない気持ちはきっと理解してくれないだろう。
「僕には…………あなたしか、居ないのに…………」
怒り。悲しみ。寂しさ、いろんな感情がぐちゃぐちゃになって定まらない。抑えていた感情が溢れ出すように、涙で視界が滲む。
こんな姿は見せたくなかった。
情けなく縋るなんてしたくなかった。
どんどんなりたくない自分になっていく。
その感覚が怖い。
ただ僕は愛されたかっただけのはずなのに。誰かから奪い取ってまで、愛されたくはなかった。
「………………俺にだって、アルルしか居ない」
罪悪感で押しつぶされそうな僕に、ジークベルトがそうはっきりと言った。
78
あなたにおすすめの小説
遊び人殿下に嫌われている僕は、幼馴染が羨ましい。
月湖
BL
「心配だから一緒に行く!」
幼馴染の侯爵子息アディニーが遊び人と噂のある大公殿下の家に呼ばれたと知った僕はそう言ったのだが、悪い噂のある一方でとても優秀で方々に伝手を持つ彼の方の下に侍れれば将来は安泰だとも言われている大公の屋敷に初めて行くのに、招待されていない者を連れて行くのは心象が悪いとド正論で断られてしまう。
「あのね、デュオニーソスは連れて行けないの」
何度目かの呼び出しの時、アディニーは僕にそう言った。
「殿下は、今はデュオニーソスに会いたくないって」
そんな・・・昔はあんなに優しかったのに・・・。
僕、殿下に嫌われちゃったの?
実は粘着系殿下×健気系貴族子息のファンタジーBLです。
流れる星、どうかお願い
ハル
BL
羽水 結弦(うすい ゆずる)
オメガで高校中退の彼は国内の財閥の一つ、羽水本家の次男、羽水要と番になって約8年
高層マンションに住み、気兼ねなくスーパーで買い物をして好きな料理を食べられる。同じ性の人からすれば恵まれた生活をしている彼
そんな彼が夜、空を眺めて流れ星に祈る願いはただ一つ
”要が幸せになりますように”
オメガバースの世界を舞台にしたアルファ×オメガ
王道な関係の二人が織りなすラブストーリーをお楽しみに!
一応、更新していきますが、修正が入ることは多いので
ちょっと読みづらくなったら申し訳ないですが
お付き合いください!
こわがりオメガは溺愛アルファ様と毎日おいかけっこ♡
なお
BL
政略結婚(?)したアルファの旦那様をこわがってるオメガ。
あまり近付かないようにしようと逃げ回っている。発情期も結婚してから来ないし、番になってない。このままじゃ離婚になるかもしれない…。
♡♡♡
恐いけど、きっと旦那様のことは好いてるのかな?なオメガ受けちゃん。ちゃんとアルファ旦那攻め様に甘々どろどろに溺愛されて、たまに垣間見えるアルファの執着も楽しめるように書きたいところだけ書くみたいになるかもしれないのでストーリーは面白くないかもです!!!ごめんなさい!!!
あなたと過ごせた日々は幸せでした
蒸しケーキ
BL
結婚から五年後、幸せな日々を過ごしていたシューン・トアは、突然義父に「息子と別れてやってくれ」と冷酷に告げられる。そんな言葉にシューンは、何一つ言い返せず、飲み込むしかなかった。そして、夫であるアインス・キールに離婚を切り出すが、アインスがそう簡単にシューンを手離す訳もなく......。
アプリで都合のいい男になろうとした結果、彼氏がバグりました
あと
BL
「目指せ!都合のいい男!」
穏やか完璧モテ男(理性で執着を押さえつけてる)×親しみやすい人たらし可愛い系イケメン
攻めの両親からの別れろと圧力をかけられた受け。関係は秘密なので、友達に相談もできない。悩んでいる中、どうしても別れたくないため、愛人として、「都合のいい男」になることを決意。人生相談アプリを手に入れ、努力することにする。しかし、攻めに約束を破ったと言われ……?
攻め:深海霧矢
受け:清水奏
前にアンケート取ったら、すれ違い・勘違いものが1位だったのでそれ系です。
ハピエンです。
ひよったら消します。
誤字脱字はサイレント修正します。
また、内容もサイレント修正する時もあります。
定期的にタグも整理します。
批判・中傷コメントはお控えください。
見つけ次第削除いたします。
自己判断で消しますので、悪しからず。
運命じゃない人
万里
BL
旭は、7年間連れ添った相手から突然別れを告げられる。「運命の番に出会ったんだ」と語る彼の言葉は、旭の心を深く傷つけた。積み重ねた日々も未来の約束も、その一言で崩れ去り、番を解消される。残された部屋には彼の痕跡はなく、孤独と喪失感だけが残った。
理解しようと努めるも、涙は止まらず、食事も眠りもままならない。やがて「番に捨てられたΩは死ぬ」という言葉が頭を支配し、旭は絶望の中で自らの手首を切る。意識が遠のき、次に目覚めたのは病院のベッドの上だった。
僕を振った奴がストーカー気味に口説いてきて面倒臭いので早く追い返したい。執着されても城に戻りたくなんてないんです!
迷路を跳ぶ狐
BL
社交界での立ち回りが苦手で、よく夜会でも失敗ばかりの僕は、いつも一族から罵倒され、軽んじられて生きてきた。このまま誰からも愛されたりしないと思っていたのに、突然、ろくに顔も合わせてくれない公爵家の男と、婚約することになってしまう。
だけど、婚約なんて名ばかりで、会話を交わすことはなく、同じ王城にいるはずなのに、顔も合わせない。
それでも、公爵家の役に立ちたくて、頑張ったつもりだった。夜遅くまで魔法のことを学び、必要な魔法も身につけ、僕は、正式に婚約が発表される日を、楽しみにしていた。
けれど、ある日僕は、公爵家と王家を害そうとしているのではないかと疑われてしまう。
一体なんの話だよ!!
否定しても誰も聞いてくれない。それが原因で、婚約するという話もなくなり、僕は幽閉されることが決まる。
ほとんど話したことすらない、僕の婚約者になるはずだった宰相様は、これまでどおり、ろくに言葉も交わさないまま、「婚約は考え直すことになった」とだけ、僕に告げて去って行った。
寂しいと言えば寂しかった。これまで、彼に相応しくなりたくて、頑張ってきたつもりだったから。だけど、仕方ないんだ……
全てを諦めて、王都から遠い、幽閉の砦に連れてこられた僕は、そこで新たな生活を始める。
食事を用意したり、荒れ果てた砦を修復したりして、結構楽しく暮らせていると思っていた矢先、森の中で王都の魔法使いが襲われているのを見つけてしまう。
*残酷な描写があり、たまに攻めが受け以外に非道なことをしたりしますが、受けには優しいです。
断られるのが確定してるのに、ずっと好きだった相手と見合いすることになったΩの話。
叶崎みお
BL
ΩらしくないΩは、Ωが苦手なハイスペックαに恋をした。初めて恋をした相手と見合いをすることになり浮かれるΩだったが、αは見合いを断りたい様子で──。
オメガバース設定の話ですが、作中ではヒートしてません。両片想いのハピエンです。
他サイト様にも投稿しております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる