女子校教師俺、S級美少女の教え子に弱みを握られダメ教師にされる

紅ワイン

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第1章 凪音ちゃんと能登先生

第5話 女子校生「かっこよかったよ」

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 月曜日の三限。この時間、俺は担任する二年A組で数学の授業を行っていた。

「虚数単位iアイというのは二乗すると-1になる。中学で平方根は必ず正の数になると教わったと思うけど――」

 今日の授業コマは複素数。『現実には存在しない数』という抽象的なテーマなため、開始早々船を漕ぐ生徒がちらほら。眠くなる時間だけど、起きなきゃダメだぞー。

 居眠りする生徒を注意しつつ授業は進行する。
 愛宕幼稚園――もとい愛宕女学院の生徒は基本的には良い子ばかりだ。四十名の生徒達は退屈そうだが、どうにか授業の内容を理解しようと俺に注目し、声に耳を傾けてくれる。

 こんな大人数の女の子から視線を注がれるという経験は普通できないことだ。
 会社に勤めていればプレゼンで人前に出る機会もあるだろうが、衆目は同じ大人で基本は少人数。
 しかし教師は一回り以上年下の、たくさんの子供を相手に授業する。これは学校という、社会から隔離された子供の世界で働く教師ならではの経験だろう。

 加えてここにいるのは全員女の子。異性ばかりの空間に迷い込む気まずさを想像すればやりづらさは分かるはずだ。

 しかし女子校教師歴五年、男ばかりの環境で育った俺だが、どうにかこうにかこの職場で教えられている。
 結婚が自信にコミットしたというのはもっともらしい理由だが、結局のところ毎日この子達とコミュニケーションを取っているのが大きい。
 要するに何事も慣れだ。

 難しい年頃だが、教師として言うべきことを言い、聞くべきことを聞く。
 教師と生徒らしいコミュニケーションを取ればよいだけの話なのだ。

 だからちょっとやそっとのことでは驚かない。

 一瞬授業を止め、生徒達の様子を観察する。話した内容をきちんと理解しているか、反応を確かめながら進めるのは授業のコツだ。
 こういう時、大抵の生徒は板書を取るのに必死なので目を黒板とノートの間で往復させている。

 じー。

 しかしそこに一人、視線を俺に固定している生徒がいる。五十嵐だ。
 五十嵐は板書を写すよりも教師の話に集中する傾向がある。そのためよく目が合う気がする。授業に集中していて良い傾向だ。

 にこっ。

 と、なぜか五十嵐が目が合った途端に微笑んだ。『花笑む』という、百合の花が咲く様子を女性の笑顔に例えた言葉があるが、それがぴったりの楚々とした清らかな笑みである。

 うーん、可愛い。
 先生も思わず照れちゃいそうになるくらい可愛い。

 でも可愛いけど何がそんなに面白いのかな?
 虚数ってそんな笑う話じゃないよ?

「それでは練習問題を解いてみましょう」

 危うく照れて笑いそうになってしまった。教壇で鼻の下伸ばすとか間抜けすぎる。

 進行もちょうどいいので練習問題でクールダウンの時間を稼ぐことに。

 生徒達がペンを走らせる中、俺はチラリと五十嵐の姿を盗み見た。五十嵐はペンのお尻で顎を押さえながら教科書と睨めっこしている。

 そんな五十嵐凪音という生徒を一言で表せば『The 愛宕生』。

 え、分かりづらい?
 よし、先生が五十嵐凪音についてしっかり授業してあげます!

 五十嵐凪音は中学から入学した生粋の愛宕生だ。
 つやつやの黒髪と瀬戸物のように美しい肌、ぱっちりした瞳に瑞々しい唇。
 アイドル級の眉目秀麗な容姿と幽玄で清楚なオーラ。
 すれ違った男のことごとくが思わず振り返るのも過言じゃなく、それこそ勢いでナンパするのもうなづける。
 まさに世間一般が抱く愛宕女学院の生徒のイメージの体現である。

 しかしそこは元気一杯の愛宕生。
 笑えば華やかで、しゃべればかしましい。
 家庭は裕福なので所作や言葉に育ちの良さを感じさせるが、気を抜くとすぐおてんばなところが現れてしまうのが玉にきず
 とはいえ、思春期特有の擦れたところはなく、毎日元気に挨拶をしてくれるとても素直な女の子だ。

 放課後と休日はダンス部の活動とカフェのアルバイトに打ち込むなど課外活動にも熱心で、教師の心象はとても良い。
 ただし、高等部に進学してからは成績が降下気味なので要注意である。

 以上、五十嵐奈緒の解説でした。テストに出るのでよく覚えておくように。
 質問や感想は応援メッセージで受け付けるので遠慮なく書き込みなさい。

「先生、質問ありまーす」

 と、その五十嵐が挙手している。恥ずかしがらず質問するのは五十嵐の良いところだぞ。

「最後の問題なんですが……」

「うん、この問題はまず……」

 練習問題の解き方を指導してやると五十嵐は「ふむふむ」と風に揺れる草花のように頷く。その拍子にいい香りがふわりと運ばれる。

 女子校あるある、『いい匂い』。
 皆、いい匂いのシャンプーとかコスメとか使ってるから花や果物っぽい香りが教室に漂ってる。
 五十嵐からは柑橘っぽい繊細で爽やかな香りがする。正直、ずっと嗅いでたいくらい癒される。

「わかったかな?」

「はい、あとは自分で解いてみます。ありがとうございました」

 にっこり愛想のよいお礼。
 こちらを見上げる端正な顔立ちと澄んだ瞳は風光明媚な湖沼の風景に似ており、足を滑らせて落っこちてしまいそうになる。
 あまり見つめるのも変だし、冷静さが崩れないうちに意識を逸らそう。

 そう思った矢先。

 コツコツ――。

 五十嵐の手元で注意を引く打鍵音が。
 無意識に視線を戻すと五十嵐と再び目が合う。が、すぐに逸らされ、彼女は手元に目を戻した。

 変だな。

 そう思うのと同時に彼女の左の指先に意識が向く。
 すじ雲のような白く透き通った指が指し示す先にはこんなことが書かれていた。

『せんせいありがとう。すごくかっこよかった♡』

「――っ!?」

「センセイ、どうかされました?」

 不意なことなため顔が緩んでしまった。ドクンドクンと心臓が激しく鼓動し、頬が熱くなるのがすぐに分かった。

 いやいや、ダメダメ。
 慌てて取り繕い、真面目な能登先生に戻る。

 五十嵐はというと、流し目でこちらを見上げながらクスリと不敵に微笑んでいた。

 その笑顔はいつもの清廉な白百合ではない。
 どこか妖しげで甘露な香りを漂わせる黒百合。

「いや、なんでも……。五十嵐、最後の問題、解き終わったら解答を板書してくれ」

「はーい」

 指示に応じる五十嵐はすでに真っ白に戻っていた。

『ありがとう』というのはおそらく土曜日の夜、ナンパから助けてやったことについてだ。

 日を跨いで改めてお礼を言うとこらは五十嵐らしい律儀さだ。

 しかし先ほど垣間見た顔は、俺の知らない五十嵐だ。
 活発な女子校生とも、品行方正な少女ともつかない、妖しいカオ。

 それは、五十嵐凪音の知られざる本性なのか。
 あるいは揶揄われた俺のリアクションを楽しんでいるだけだったのか。

 俺はなぜか五十嵐のあの表情が忘れられず、澄ました顔の彼女の顔を視界に捉えるたびに悶々とした。
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