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第1章 監獄の住人17-30
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しおりを挟むふと店の隅に目をやると、真っ黒な服を着た紳士が立っていた。
ハーブのマスクでも消しきれない、地面に落ちた肉の破片の腐敗臭や
風呂に入らない汗まみれの労働者の臭いゆえか、
苦しそうな顔をして立っている。
パトリシアはこの男が嫌いなので、意図的に気が着かない振りをして
緩慢に作業をしていた。
「よろしいですかな。」
我慢できなくなったのか、その紳士は、
パトリシアに、慇懃丁寧に話しかけてきた。
「すまないね。臭いだろう。もうすぐ終わるから、奥に行きな。」
黒服の紳士は走り出さんばかりに奥の部屋に飛び込んだ。
この黒服紳士、苗字は ハーシー れっきとした貴族である。
ハイルドギース騎士団の団長の ハンドルフ公の片腕である。
ハイルドギース騎士団は、ケルト人の貴族や騎士の集団であり、
国と国民を棄てたとはいえ、それなりの勢力を維持できているのは
ハーシー家がハンタギューやハワードとそれなりに繋がっているからだ。
しかし、騎士団のメンバーの大半が名誉や誇りを重視するのに対し、
ハーシーは、
「国を失ってまで、高潔に生きる必要は無い。」
と言う思想であり、同胞が殺されている。
どのような手段を用いても、祖国奪還を!
と言う考えで、パトリシアとはウマが合わない。
パトリシアは、幼いころ貧乏ではあったが、育ての親に
「どんなことがあっても、弱きを助け、正義を貫け。」
と教えられた。
カヴァネスをしていた彼女は教養も高かった。
騎士団のボス ハンドルフ公もそれに近い。
このハーシーは違う。騎士団にとって異物なのだ。
こいつのボスは、トーリー党の清教徒のハンタギュー公爵家
なのではないかと思えるほどだ。
この男も パトリシアに邸宅に部屋を用意するから住みませんか。
とか、働く必要も、戦う必要もありませんと言うのだが。
仲間に汚れ仕事を押し付けて、貴族のように暮らすのは
パトリシアは絶対にいやだった。それはクズのすることだ。
しかも、この男はパトリシアが一喝すると、黙り込む腰抜けだ。
それは、団長ハンドルフも同じなのだが。彼は紳士だ。臆病なのだろう。
ハーシーはおどおどした様子で、申し訳なさそうに口を開いた。
「あのーそのー、騎士団の一員が例のものを、持ち逃げしまして、
探してはいるのですが、あなたの元に何か情報が入っていないかと
おもいまして、あと報告のために、うかがわせていた、いただきました。」
「ああ、裏の仕事かい。」
パトリシアは一般市民ながら、その知性と腕力、足の速さを見込まれて
治安判事ヘンリーフィールディングの作った自治組織
ボウストリートランナーにスカウトされた。ハンドルフやハーシーは
肉屋も辞めるべきだが、自治組織で殺人鬼を追いかけるのは危険だと
猛反対していた。
しかし、ストリートランナーの仲間からは、尊敬されていた。
もはや崇拝と言っていいレベルで。
自治組織の人間は、捕まえると金がもらえると言う理由で
濡れ衣を着せたり、ちょっとした犯罪でもすぐ捕まえる。
しかし、パトリシアは女子供はわざと見過ごし、自分のお金で立て替えていた。
しかし、どんな凶悪な犯罪者にも一番先に突っ込んで行く。仲間思いで
性格が真面目で暗いが、その姿勢は評価され、自治組織で彼女ほど
人望のあるものはいなかった。立て替えた金はハーシーの財産から出ているが。
そのため、あらゆる情報が彼女には集まってくる。
その知性も認められており、信用できる情報はまず彼女に相談が来る。
「知らん、それに知っててもお前に教えると思うか?」
パトリシアは不愉快さを隠そうともせず、足を机にのせた。
「それでは困るのです。そうおっしゃられるなら、私の差し上げた金銭を
かえしていただだだききた・・・。」
ハーシーはパトリシアの鬼のような形相に黙るしかなかった。
「せっかく、整った顔立ちをしていらっしゃるのに、
社交界にきていただだだけけれ・・・。」
ハーシーはまたも黙った。
パトリシアとしても、マキャベリストな部分が好きにはなれないが
ハーシーも 敵には冷酷だが、仲間思いで、騎士団やケルト民族を
守ると言う覚悟と想いは本物で。その点は評価していた。
WASPの王家ハノーヴァ朝と奸臣ハッペンハイムはともかく
一般大衆のアングロサクソンにも 優しさが少しでもあればいいのだが。
これ以上ここにいると憂鬱なので情報を渡す事は約束してやった。
「はぁ、疲れた。」
肉屋と言っても自営業なので、営業時間も自由だ。
人間を解体して、売るか捨てるのが仕事なので
働いているのはハイルドギースの騎士だ。
しかも、パトリシアの
「高貴なるものの義務」
に共感しているのか
ハイルドギースの若くも無い幹部が、額に汗して、
鼻が馬鹿になりながら、働いている。
ボウストリートランナーはパトリシアには寛容で、こちらも
自由勤務、まとめ役になっていた。
「さて、店じまいすっかな。おい、野郎ども、店じまいだ。」
パトリシアがいうと。
「あいまむ」と言う返事が返ってきた。
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