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第1章 監獄の住人17-30
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しおりを挟む産業革命期に入り、マンチェスターの炭鉱は盛況である。
石炭は、薪を使った暖房よりも暖かいし長持ちだ。
マンチェスターで肉屋として店を構えている、
彼女、パトリシア・シャムロックは
ひたすら石炭の火で、肉を焼いていた。
毎日何頭かの牛を解体している。
これを聞けば、この店がどれだけ大きいかわかるだろう。
だが、この店は、ある一点において特殊であった。
故オックスフォード卿ロバート・ハリーが
フランスへの亡命。
女王メアリーの系譜ステュアート朝の後継であり、
ケルト人の希望であった僭王ボニープリンスチャーリーの敗北。
それらの事実に絶望してしまった彼らは、
フランス西部に本拠地を移した。
ブリテン側の海岸沿いの各地に拠点を持つ彼らは、
自らの国家を持たず、なんら支援を受けていない。
しかし、弱きもののために命を賭けて戦い、
しかし、持たぬものからの見返りは受けない。
流浪の騎士団フローティングナイツ、ハイルドギースと言う。
日本語では「暴れ鵞鳥」を意味する。
綺麗事で飾られた彼らではあるが、その仕事は
単純に言えば、「人殺し」だ。
軍隊である以上当然だろう。
戦場であれば、殺した相手の死体は放置すれば、
野犬やオオカミが食べるだろうし、腐って土に返るだろう。
むろんこの時代、月に数人程度ならば放置しても問題ない。
浮浪者の死体など見向きもされないからだ。
人の死体などゴミと同じである。
しかし、彼らは騎士団であり、仕事の相手は
貴族や大商人、スパイや騎士、傭兵などだ。
大騒ぎになるので、到底、死体を放置など出来ない。
ゆえに、牛の肉に混ぜてミンチにして、
肉屋で販売している。
人間の死体は人間の胃袋が始末してくれる
と言うことだ。
食べる側からすれば、たまった物ではないが。
薄汚れた継ぎ接ぎだらけの服を着た、男が2人,
店にやってきた。
朝方から煮込んだ、牛肉のミンチ肉を団子状にしたものは、
食欲をそそる匂いをしている。
パトリシアの店は金儲けを目的としているわけではないので
香辛料もたっぷり、燃料費もケチらず、よく煮込んである。
にもかかわらず、どの店よりも安いのだ。
当然、毎日長蛇の列が出来ている。
昼飯時の最初の客である2人の男は朝方から仕事もせずに
並んでいたところを見ると、この店に並ぶのが彼らの役割なのだろう。
仲間の昼飯確保の仕事だろう。人件費は安く、
仕事より人のほうが多いのだ当然である。
男の一人は、パトリシアに向かって大きなバケツのようなものを
差し出すと、2人では到底食えない量を注文してきた。
「おいブッチャー、ミンチ 20パウンド。」
広いとはいえ、薄汚い店舗に、薄汚い客。
それでもパトリシアは笑顔で黙々と、
男のバケツに肉の団子を入れていく。
熱々の温度だ。
「ちょっと、オマケしておいたよ。」
本来は笑顔などめったに見せないパトリシアだが
さすがに接客業になれてきた。
満面の笑顔だ。
流行っていない店の店主ほど無愛想だ。
この店は繁盛している、仏頂面で数百人の客の
相手をするのは大変だ。
パトリシアも半年働いたところで、
笑顔で接客するほうが、疲労を感じにくいときがついた。
「あんがとよ。つけでたのむぜ。」
そういうと、その客は次の客が睨みつけるので、
そそくさと去っていった。
正直、付けといわれてもいつ払われるのかは
一向にわからない。むろん、店員の一人が帳簿にはつけているのだが
客の人数が多すぎて把握し切れていない。
公的な身分証明書で会員証を作るわけでもないので、
無料で手に入れることも可能だろう。
この時代、圧倒的に通貨が不足しており、金貨を持っている
市民などおらず、銀貨も銅貨も不足していた。
それゆえ、付けで買うのが当たり前であった。
レストランで暴れた挙句、その場で付けを払えと言われた客が
借金で監獄船に送られることも少なくない。
たいていは債権者が許してくれるのだが、
そのまま奴隷として売られたり、奴隷として閉じ込められて、
強制労働。運が悪いと、いや運がとても良くないと生き残れない。
大小便垂れ流しで、寿司詰めの監獄潜で半数は1年以内に死ぬ。
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