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後編
しおりを挟むだが、ある日、彼女は言った。
「なぜ、昔の話ばかりするの?」
夏休みに実乃梨がホームステイするんでしょ。
ニュージーランドは冬だし、
冬に着るもの出さないとね。
そう言うと彼女は生まれてくる息子の帽子と手袋を
編んでいた。
彼女の余命は1年、それが息子の命の代償だ。
医者にある相談をされた。
子供を生んだ場合、それからの命は
1ヶ月単位あるかないか。
ご自宅で過ごされては?
ある意味医者が、産婦人科の医者だからかもしれない。
医者は彼女に自宅で出産するように勧め、
彼女もそれに納得し応じた。
別に子宮がんだから、出産が危険になるわけでもない。
医者が特別に家まで来てくれるらしい。
小さなクリニックの産婦人科医だ、
余命1年の妊婦など生涯に2度は見ないだろう。
彼女は、クリニックを退院し、3ヶ月ぶりに家に戻ってきた。
冷蔵庫を見て、何が入っているかチェックして、
食生活が乱れていないか、とか
洗濯や風呂掃除ができているかを見ているようだ。
だが、夫婦の寝室に入ると彼女は怪訝な表情を見せた。
元々2個あった、枕が一個しかないのだ
サユの服はすべてクリーニングに出され
綺麗に整頓してあった。
もう戻ることがない、そう告げているようだった。
サユは突然、大声を上げると、絶叫した。
彼女は大粒の涙を流しながら、
「なんで、なんで
私生きてるよ。まだ生きてるよ。」
そう呟くと崩れ落ちた。
もうこの家に彼女の居場所はないのだ。
喚き散らす彼女に、おれも応じてしまった。
「俺達には将来があるんだ。未来のことを考えるのは当然だろ。」
言ってしまった。もう止められない。
「お前はその生まれてくる子供と引き換えに、
俺と実乃梨を見捨てたんだ。俺は働きながら一人で子供を
育てるんだぞ。お前を殺したその子を育てて、いける自信が・・
ない。」
言ってしまった、人間として最低だ。
「再婚すればいいじゃない。一人で育てる自信がないなら
再婚すればいい。私は死んでまであなたを縛ろうとは思わない。」
「ねぇ、私の戒名は何にする?」
そう言うと彼女は寝室のドアを固く閉め、
俺は廊下で、何も考えられずに
泣き止んだ子供のように喪失感に襲われていた。
ドア越しに俺は言った。
「俺はお前をあきらめたわけじゃない。」
「自分のためかもしれない、いい訳かもしれない。
でも俺は弱いんだ。いつもお前が居た。
小学2年のあのときから、俺は一人では立てないんだ。」
彼女からの反応は無かった。
俺は、家を出ると夜の街を彷徨った。
「おとーさん、今、オークランドだよ。」
ニュージーランドから電話がかかってきた。
サユはあの後パスポートを持って、NZに来たらしい。
本当は学校の規則ではダメなのだが、
余命のわずかなサユを慮って、ホームステイ先に頼み込んで
2人でホームステイしているらしい。
サユは俺とは口を訊きたくないらしく、
実乃梨は元気そうに電話を切った。
それから2週間ほどは、何も考えることもなく、
ただ勤務先の塾に行き、子供達に受験勉強を教えていた。
「お母さん帰った~?」
そんな実乃梨からの電話がかかってきた。
「えっ、いつ?」
「昨日の昼だから、もう家についてるんじゃないの?」
実乃梨の言葉に俺は耳を疑った。
娘に心配はかけられないので、仕事が遅くなってるけど
急いで帰ると、伝えると ニュージーランドからの電話を切った。
もしかしたら病院に居るかも、そう思い電話をかけた俺は、
クリニックの医師が、心の底から軽蔑の言葉を浴びせるのを聞いた。
「奥さん、死産でした。」
医師はあなたは、もうこないでください。
もはや人間として扱っていないレベルで拒絶した。
俺は小学校5年のときのことを思い出していた。
彼女の故郷は 京都の宮津、しばらく山道を登ったところだ。
列車の走っている時間ではないし、
自動車を運転すれば、今の精神状態だと危険だと
そのくらいの判断が出来るくらいには冷静だった。
紫式部だったか清少納言だったかは忘れたが、
タクシーの運転手に宮津まで行ってもらい。
そこで別のタクシーに乗ると、
俺は急いで、イチローの墓に走っていった。
彼女、サユはそこにいた。
イチロ、彼女は息子にそう名前をつける気だったらしい。
医者からへその緒をもらって、犬の墓があった場所に埋めていた。
普通なら正気を疑うところだが、俺は叫んでいた。
「俺はもう一人で立てる。一人で歩いていける。
もう、お前と2人じゃないと何も出来ない子供じゃない。」
ふふ、そう言うとサユは笑った。
「そうね、私も子供を2人残して、あの世に行けないわ。」
「イチローと私は行くけど、ちゃんと実乃梨を育て上げて。」
自宅に実乃梨を呼び戻し、弟、イチローの死産を伝えた。
何のためにお母さんは死ぬの、そう泣き叫ぶ娘を抱きかかえると
サユは
「よさの海のあまのしわざとみしものをさもわがやくと潮たるるかな」
なぜこんな唄を読んだのかは、古文に詳しくない俺にはわからない。
だが、10日も経たないうちに、彼女は天の橋を渡っていった。
終
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